へぇ〜、橋下さんと文楽協会が喧嘩してるんだ。
「文楽」って言われても人形浄瑠璃と何が違うのかも知らないんだけど、調べてみると

文楽」=「人形浄瑠璃文楽座の座員により演ぜられる人形浄瑠璃」=「重要無形文化財」「世界無形遺産

ってことになってる。要するに文化財保護法で手厚く保護された老舗人形劇団ってことらしい。 それ以外の人形浄瑠璃は、たとえ無形文化財であっても法的には「文楽」とは呼ばないようだ。

保護しなきゃならない。 となると「面白くない」とか「脚本が悪い」だの文句付けて大幅に予算カットしようとする橋下さんが、スポンサーじゃなくモンスター的クレーマーに見えてくる。 まさか無形文化財に新しいものを作り出す創造性が求められるなんて、それこそ想像していなかったからね。
こりゃあ簡単に仲直りできるようには見えないな。

文楽の大ヒット作は「近松門左衛門」の「世話物」という社会面ジャンルが中心らしい。 しかも当時のドキュメンタリー仕立てとなると、今どきつまらないといわれても当然かもしれない。  私も興味がない。
つまらないけど「重要無形文化財」だから、公金をもらって今の状態を維持しなきゃならない。 なるほど、そこに歌舞伎のような創造性が生まれる余地はないような気もするし、求められてこなかったのかもしれない。

文楽座が近松門左衛門の「曽根崎心中」を復活させたのは昭和30年。 実は重要無形文化財に指定されたのも昭和30年だ。 どちらが先だったのか分からないが、この後、立て続けに文楽版「蝶々夫人」や「ハムレット」を上演している。 最近は「テンペスト」らしい。 なぜか洋風の原作が多いが文楽座も進化しようとしていたように思える。
この風がなぜ橋下氏に吹かないのかとてもに気になる。 彼には、現代の文楽座は「曽根崎心中」を古典として維持することを使命としているように見えているらしい。 彼が観るべきは「曽根崎心中」ではなく「テンペスト」のような新作だったのかもしれないが、それでもクレーマーと見られることに変わりはない。 彼は「大衆芸能なんだから当たり前の意見」と語っているが、勉強もせずに意見しているとしたら、文楽座にとってあまりにも刺激的だ。 こういうときの彼の切り返しかただと 「だけどウケてないじゃない。 ウケてないのはやっていないも同然」ってことになるだろう。
だけどそれって一理ある。 大衆芸能と言っておいて、日本でハムレットやオペラを引っ張り出すことが大衆志向かと問われれば「違うだろ」と言わざるを得ない。

そこで思い出したのが「泉鏡花」と「辻村ジュサブロー」だ。

1982年 (昭和57年) だから、もう30年も前のこと。 辻村ジュサブロー氏(現 辻村寿三郎)の前進座公演を観劇したことがある。 そのときの演目が「泉鏡花」の「天守物語」だ。 映画「夜叉ヶ池」を観たあとだったので嬉しかったなぁ。 あの白雪姫も絡むはずだし。

天守に住む魔物である妖艶な姫が、命をかけて人間の男に恋をする物語。 姫の身を切るような切ない仕草。 鮮やかな変身。 緊迫の戦闘シーンや壮大なスペクタクルシーン。 人形でここまで重厚な劇が表現できることに偉く驚いたものだ。 私はNHK「新八犬伝」の「我こそは玉梓が怨霊〜」のようなシーンが観れればと楽しみにしていたんだが、玉梓より遥かに怖かった。
ジュサブロー氏は終始黒子のまま。 当然ながら最初から最後まで顔を見せることはなく、ほとんど気配すら感じることはなかった。 カーテンコールの最後の最後に顔を見せたとき、満面の笑みに歓声が沸いたことは忘れない。
無知な私は、ちょっとモダンだけど、こういうのが人形浄瑠璃なんだと思い込んでいた。

今になって調べると「泉鏡花」を人形浄瑠璃で観劇したくても、まったくといっていいほど見当たらない。
文楽から心中物が消えて停滞していた時代に、少なくとも昭和初期に「泉鏡花」の戯曲を義太夫節に取り込んで磨きをかけるべきだったんじゃないかなと思う。 文楽が伝えるべきは義太夫節であって、その中身は時代に合わせて変化すべきだったのかもしれない。 無責任な言い方だけど、その上での無形文化財なら、あと数百年は持ちこたえたかも。 
 
歌舞伎の坂東玉三郎がすべての演奏をこなしたことで有名な「阿古屋琴責の段」は素浄瑠璃でも文楽でも定番だけど、当の玉三郎は「天守物語」を始めとする近代劇も映画もプロデュースするスーパースターでもある。 先代猿之助のスーパー歌舞伎もそうだよね。 それでいて古典も磨き上げながら守りきっていることは誰もが承知している。
文楽は今、実はそこまで要求されてしまった可愛そうな状況。 やってはいるのだが、スターはいてもスーパースターがいない。 今すぐ玉三郎や猿之助を生み出せといわれても不可能だもんなぁ。 歌舞伎界は恐らく歴史的にも絶好調な時代だろうと思うが、それでも天才玉三郎が生まれてから阿古屋を引き継ぐまでに何十年かかっていることか。

ちなみに辻村ジュサブロー氏の「天守物語」は、大阪文楽劇場でも公演している。 ジュサブロー氏も文楽がなければ生まれてこなかったスーパースターのひとりだ。