プロジェクトの出張で先週から一週間福岡県久留米市に行ってきました。週末を挟んで打合せの予定があったため、週末は久留米に留まって周辺を観光などしていました。まずは正しい観光客よろしく、西鉄久留米駅の観光案内所でレンタサイクルを借り、自転車で回るオススメのコースを聞いて地図をもらってから出発します(笑)。
まず訪れたのは久留米市の石橋美術館です(写真一枚目)。この一体は美術館だけでなく劇場に公民館、中央図書館が庭園の中に配置されていて、一種のテーマパークになっています。久留米市はブリヂストンの創業地で今でもブリヂストンの工場がありますが、これらの施設もブリヂストンが建設して久留米市に寄贈したものです。実にのどかで良い庭園でした。収蔵している作品も、青木繁の《わだつみのいろこの宮》を始めとして、日本近代洋画の質の高いものが揃っていて大変見応えがありましたよ。
久留米では街を歩くとところどころに『石橋』の文字を見かけますから、さながら日立や豊田のような企業城下町の趣がありますね。
続いて訪れたのは、「焼き鳥フェスタ」。B級グルメの街、久留米ならではのイベントです。ちなみに「くるめ」ですから、「゛」をつけると「グルメ」になります。(笑)焼き鳥屋さんのテントが10軒ほど並び、どれも10分くらい並ばないと買えないほどの行列。真ん中に座って食べるテントエリアとステージがあり、その周りをお酒など飲み物を売るお店が囲んでいます。自分もお昼ごはんに焼き鳥4本を購入したものの、凄い混みようで食べる場所を見つけるのに苦労しました。
焼き鳥屋さんが直線的に並んでいるのは、お客さんとは反対側に煙を排出しているからです。煙は一生懸命扇風機で反対側に飛ばしているのですが、この日は気温も32度。いくら焼き鳥の煙でも相対的に温度が高くないと浮力が働かず、上昇しないため、地上付近を漂うことがよく分かります。焼き鳥職人さんはテントの中に食材を置いて、テントの外側で焼き鳥を焼いているのですが、例えばこれを逆にしてテントの下で焼き、テント上部に強力な換気扇をつけてテントをレンジフードのように機能させることはできないものだろうか。。。むぅなぜこんなふうに焼き鳥そっちのけで必死に煙の分析をしてしまったのかというと、いま設計している建物の広場にこの「焼き鳥フェスタ」が来る予定があり、そのときにこの煙を何とかしないといけないという課題をもらっているからなのですが、大変困難な課題であることがよく分かりました(笑)。※こんな感じで一人だと観光中でも半分仕事をしてしまうのは完全に職業病です。 (´▽`)
さてさて。焼き鳥フェスタを後にして、次は筑後川流域のサイクリングロードへ。のどかな風景が広がっています。河川の増水時のために確保してあるこのような土地は全国共通らしく、東京でも荒川や多摩川沿いなどはサッカー場や野球場が並ぶこんな風景ですが、久留米は割と釣りをしている人が多かったかな。こうした河川が全国的に同じ風景だというのは、実は河川事務所が国交省管轄なのと大いに関連があるのだろうか。。。
久留米の中には水天宮の本宮があって、ここも欠かさずお参りしてきました。東京の水天宮もここの分社だそうですね。夜は「武ちゃん」という地元では有名な屋台のお店でちゃんぽんを頂きました。屋台なんて東京ではほとんど入らないですから、結構勇気を振り絞ってのれんをくぐったのですが、、、ここで偶然、プロジェクトでJVを組んでいる地元設計事務所の北島さんと会いました。全く申し合わせたわけでもないのに、久々の再開。これは本当びっくりしました。
どうやら彼も近所の焼鳥屋さんとか、これまた偶然ここに来た知り合い仲間と自然発生的に飲んでいたようで、僕もその輪に入れてもらいました(thanks 北島さん)。東京では偶然知り合いに会うシーンなんてほとんどないわけですが、久留米ではそれは日常茶飯事で、オープンで緩やかなコミュニティが発生しています。これは大変楽しい時間でした。そういえば屋台の写真撮り忘れましたね。。。
久留米には一週間滞在していて、個人的にこうした飲食店の集積が本当におもしろいナァと思って観察していたのですが、
この久留米という街はどうも小規模の個人事業主が多く、意外なことに同業者でも仲が大変良いようですね。例えば自分のお店が終わった後にも他の同業者の店に寄って情報交換しに行ったりして、お互い方向性が被らないように上手く棲み分けたりしているようです。時間帯も微妙にずれていて、2軒目3軒目とはしごしやすい(笑)。店員さんが他のお店をフツウに薦めてくれます。東京とはエライ違いです。
ただ逆にその根強い地元ネットワークのためか、街の中心部にはチェーン店が根付かない、ということがあるようです。市の中心はネットワークで守れても、車社会のため郊外のチェーン店に静かにお客が取られていきます。これはどこの地方でも事情は似てますでしょうか。
一方で、東京は異常な都市です。物理的には果てしなく広範囲に広がっているのに、完璧な交通網や情報技術によって人々が繋がっていて、それでも皆はそれなりに「近い」と思っている。恐らく将来的にはもっと交通網が完璧になり、もっと各個人が「近い」と思えるように、情報技術が限りなく発達するのでしょう。技術的にはその方向性を追求した方が確かに進歩的ですし、ビジネスとして世界的にも可能性があると思います。
しかしそれでも、たとえこの先100年、200年その仮想的な「近さ」を追求したとしても、結局のところ久留米のような「物理的に近い」というシンプルな人間関係には敵わないのではないかと思うのです。
そういえば、もう今日で連続テレビ小説の「あまちゃん」も終わってしまいましたが、「あまちゃん」の中に対比的に描かれている世界も基本的には同じですよね。
都市のコンパクトさ、物理的な近さというものの中に豊かさを見る目を持って、地方都市はもっと見直されても良いのでは、と思います。
市川猿之助主演、蜷川幸雄演出『ヴェニスの商人』を彩の国さいたま芸術劇場に見に行きました。もともとは劇場のサポーターである事務所宛に来た招待券だったのですけれど、幸運なことに棚ボタ的に見に行くことが出来ました。
二番目のツボは、舞台セットがテアトロ・オリンピコだったことです。いや、コレハ建築の意匠関係の人が見ればすぐわかりますよ。 (´▽`)
長々と書いてしまいましたが、最後に彩の国さいたま芸術劇場について。この劇場は細かいディテールに至るまで本当に密度が高く設計されているといつ見ても感心します。建築的にも見どころは多いのですが、蜷川幸雄監督のお陰で劇場運営としても大変成功していて劇場世界の中での評価も高いので、いま僕も劇場の設計をしていますが彩の国さいたま芸術劇場に引っ張られてるな、と感じることがよくあります。場所さえもう少し良かったらナァ、とは僕でも思いますが(笑)
6/15(土)に「くるみの会」メンバーにて、穂の国とよはし芸術劇場の見学会を行いました。僕を除いて4名の方が遠路はるばる参加してくれました。ありがとうございました。
一方、フランス印象派ダンス『Trip Triptych』の方は東京ですらめったにお目にはかかれないだろう、相当に特殊な演出のバレエでした。なるほど確かに印象派なのだろうな、と思ったのですが、テーマとしては風や水といった自然物を扱っていて、音楽にのせてその表現のトライアルを繰り返しているという感じで、古典のように一貫したストーリーがあるわけではありません。しかし本当に綺麗で絵になるバレエになっていて、見たことのない不思議な世界観が繰り広げられていました。これが豊橋で見られるのですから、豊橋市民にとってはすごいことだと思います。
この演目は新国立劇場で3日間公演したあと、豊橋が唯一の地方公演でした。
文京区の施設として去年の11月に新しくできた、森鴎外記念館に行ってみました。国立国会図書館の関西館を設計された、陶器二三雄さんの事務所の作品です。
これが団子坂からのアプローチです。よく見ると三角形に上のヴォリュームがずれて前に出てきます。
大きなステンレス両面貼の自動ドアを入って正面。この正面の壁はおそらく意図的にコンクリートの下地調整を甘めにしてあって、上から降り注ぐ光に対して微妙なゆらぎが生じるようになっています。見せ場だけに迷うところですが、森鴎外の生涯を語る「正面」としては、確かに揺らぎのないパキッとした面で見せるよりも良かったのではないか、と思いました。
その壁の横にある受付です。この場所はミュージアムショップも兼ねていて、鴎外の著作などが売られています。このスペースは一見コンクリートの壁の中に木材が嵌めこまれたような不思議なスペースに見えます。見てみますと床はもちろんフローリングですが、床以外は木調の塩ビ系シート(ダイノックシート同等品)を使っています。この素材の選び方がこうした枠を消したような見え方をつくるときのポイントになっています。
横の枠は人の目に近いということでスチールか何かで細い枠を作ってシートを巻き込み、コンクリートの壁にぶつけていますが、天井は最後のコンクリートの厚さ分だけシートをコンクリートの上に直貼りして納めています。こうすると、ほとんど出隅で異素材が入れ替わるような、一見不思議で、現代的な表現になります。塩ビ系シートですので、巾木がなくてもなんとか納まりますし、ますますエレメンタルな表現になります。
これは実際に森鴎外が出入りした南側の玄関です。南側は地形的に尾根道のようになっていて、下に区立文京八中や区立汐見小学校が面する陽当たりの良い綺麗な道となっていますので、当時でも団子坂ではなく、こちらから出入りしたくなるのは良く分かります。門の前の石や大きな銀杏の木が森鴎外が実際に住んでいた「観潮楼」の時のまま残されています。
この玄関横の車椅子駐車場のマークが結構凝っています。石の舗装の中に埋め込まれているのは、御影石の水磨きでしょうか。こういうところに気がつくと自分でも呆れますが、この敷地に余裕が無い中、周囲に馴染むようにこのマークを入れるというのは結構重要な配慮だと思います。
ついに去年の5月から続いていた豊橋の生活が終わり、東京に戻って来ました。






