July 09, 2013

打者を追い込んだ。

ならば、次はどうするか。
ボール球を振らせるのか。
あくまでストライクを投げ抜くのか。

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追い込んだ場面に限らず、バッターをうちとるために、「ボール球で釣る」のか、そうではなく、「ストライクでねじふせるのか」という手法の差には、その投手の投球哲学のあり方が如実に反映される。

実は、好投手といわれる投手でも、そのほとんどは常識の域を出ない。ほどほどのストライク。そして、ほどほどの釣り球。

なぜなら、なにも哲学なんてもの持たなくてもバッターはうちとれるからだ。彼らを平凡な投手から隔てる差は、たいていの場合、追い込んだ後に投げるボール球をどれほど打者が振ってくれるか、にかかっている。カウントを整えて、釣り球。ファウルさせて、釣り球。その繰り返し。常識から完全に抜け出して固有の哲学をもとうとする投手は、ほんのわずかしかいない。

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だが、野球の歴史に名前を残すのが誰か、
となると、話は違ってくる。

歴史に名前を残すのはいつも、哲学、投球フォームなど、「他の投手に無い独自のスタイル」を追求し、なおかつ、並外れた結果も残すことに成功したピッチャーのほうだ。

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バッターを追い込んだあと、誰がみても最初からボールとわかる軌道のアウトローの変化球ばかり投げて、カウントを自分から悪くしてしまい、自滅していくピッチャーは、それこそ掃いて捨てるほどいる。そういうワンパターンなサインばかり出したがるキャッチャーも数かぎりなくいる。
そういう選手たちが観客に見せられるのは、結局のところ、平凡すぎる打たれることへの恐怖心だけで、天賦の才や常識を超えた哲学を追求するどころか、配球常識すら欠けている。無駄に増える球数。無駄に長い野手の守備時間。見ているファンの欠伸。何もいいことはない。

ヤンキースでいえば、悪いときのフィル・ヒューズもそうだ。
彼本来の能力には非凡な才能の片鱗がみられる。常識にとらわれない稀有なピッチャーを目指せる可能性もある。なんせ、ア・リーグで最も初球にストライクを投げられるようなピッチャーだ。才能がないわけがない。
だが、どうしたものか、彼の投球数はけして少なくならない。

ヒューズには、打者を追い込んだあとに彼が世界にアピールすべき「自分だけの哲学」がどういう形なのかが、まだ見えていないからだ。彼が自分だけの哲学を見つけてキャリアを終えることができるかどうかは、まだ誰にもわからない。
参考記事:Damejima's HARDBALL:2013年6月15日、本当に「初球はストライクがいい」のか。打者を追い込むだけで決めきれないフィル・ヒューズの例で知る「初球ストライク率が高いからといって、 必ずしも防御率は下がらず、好投手にはなれない」という事実。

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そのピッチャーが、どのくらい非凡なピッチャーなのか、それを知るのに何をしたらいいだろう。
登板そのものを見てわかる人は、それでいい。だが、目で見てわかる才能の無い人は、「数字」を見る必要がある。

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以下に、「マリアーノ・リベラクリフ・リーの投球哲学が、いかに特別なものか」を示すグラフを作ってみた。

このグラフは、「ボール球を振らせている率」の高い投手が、いったい「どれくらいの割合でストライクゾーンに投げているか」を示している。
ア・リーグで「ボール球を振らせている率」の高い20人の投手、マリアーノ・リベラとクリフ・リー、ついでにヤンキースの投手数人をマッピングしてある。(© damejima)

O-Swing%とZone%

X軸:O-Swing%(ボール球を振らせる率)
Y軸:Zone%(ストライクゾーンに投げる率)
青い点:O-Swing率の高いア・リーグ先発投手ベスト20
ソース:Fangraph(データ採集日:2013年7月5日)

なかなか面白い。こんなことがわかる。
青い点、すなわち、2013ア・リーグで「ボール球を振らせる率の高い投手ベスト20」のほとんど全員は、「非常に狭いエリア」に固まって存在している。そして、その大半は「ア・リーグ奪三振ランキングベスト20」とダブっている。

一部例外を除き、大半の投手の数値は似たり寄ったりであり、全投球に占めるストライクは42〜46%、「32〜35%前後のボール球」をバッターに振らせている。
つまり「ボール球を振らせることのできる率の高い優秀な投手」のほとんどは、「奪三振数の多い投手」でもあり、しかも彼らの投げるストライクとボールの比率はかなり共通した数値になる。

この数字と事実は覚えておいて損はないと思う。投球術を考える上でたいへん興味深い。MLBにおける先発投手のストライクとボールの模範的な比率は「2:1」だが、それは「ストライクゾーンに投げている球が66パーセントを占める」という意味ではないのである。

ただし、これが役に立つのはごく常識的な投球術の模範回答を知る、という意味においてだ。これが達成できたとしても、天才にはなれない。

このグラフは、とりわけ「打者から多くの三振をとる」という行為を目指すピッチャーにとって、「ボール球を振らせること」がいかに重要かを示している可能性があるわけだが、それだけでなく、もしかすると、彼らのような奪三振系ピッチャーの投球術には、実は思ったほど相互に差異はなく、似たり寄ったりであることを示唆している可能性がある。
つまり、好投手になれるかどうかは、単に「ボールになる変化球を振らせる」というような「常識的な投球術」を実際に実行できる能力だけで決まってしまうかもしれない、ということだ。(もちろん、「模範解答が実行できる」ことだけでも十分に「秀才」だ。だがそれだけでは「天才」と呼ぶことはできない)

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ところが、まるで常識にあてはまらないピッチャーが
MLBには常に存在する。


例えば、マリアーノ・リベラというと、登板時の天衣無縫なイメージから「他の投手に真似のできない特別な変化をする独特のカットボールで、どんどんストライクをとっていく真っ正直なピッチャー」であるかのように思われやすいが、実際には違う。

いくら一流の奪三振王といわれる投手たちでも、ボール球を振らせる率はほぼ「33%前後」と、一定の数字に収まることがほとんどだ。しかし、リベラだけはこれが「44%」もあって、他のどんなピッチャーより高い。
なのに、どういうわけか、ストライクゾーンに投げる率は、データ上、わずか「41.3%」しかないのである。(他の投手は44%前後)
つまり、「数字で見るマリアーノ・リベラ」は、「どんな一流投手より多くの『ボール球』を投げ、しかも、誰よりも多く『ボール球』を振らせているピッチャー」なのだ。


また、グラフのはるか上のほうに名前があるクリフ・リーだが、彼はボールを振らせる率こそ人並みだが、ストライクゾーンに投げる率が、なんと「56.6%」にも達している。キャリア通算でみても、「58.3%」とずば抜けている。これは凄い。
つまり、クリフ・リーは、リベラとは180度正反対の方向性のピッチャーで、「鬼のようにストライクばかり投げこむピッチングを信条としているピッチャーであり、打者がボール球を振って凡退してくれることなど、最初からまるで期待していない投手だ」ということだ。
実際にマウンドに立つクリフ・リーは「心臓に毛のはえたような強気の投手」というイメージだが、これは彼のデータに見事に合致する。数字からみた彼は「3球に2球はストライクゾーンに投げる」ほど、ストライクに固執している。

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ボール球を振らせて凡退させるマリアーノ・リベラ。
ストライクで強引にねじふせるクリフ・リー。

平凡な選手が嫌いなブログ主としては、どちらも好みのピッチャーだが、では、このところ好投をみせつつあるフィル・ヒューズデビッド・ロバートソンといったヤンキースの若手投手は、いったい何を目指しているのだろう。


2人に共通の特徴がある。
ボール球をスイングさせる率の低さ」だ。

これは、一流投手になるための条件として、致命的だ。奪三振数ランキング・ベスト20の投手たちに比べ、数ポイントは低い。どうりで彼らのピッチングがいつも苦しいわけだ。
つまり、ヒューズとロバートソンの投げるボール球は、「バッターが振ってくれないボール球」なわけだ。

同じボール球でも、ボールを振らせる魔王マリアーノ・リベラや、奪三振率の高いピッチャーたちが投げるボール球は、「バッターが振ってくれるボール球」であり、当然ながら両者のピッチングには非常に大きな差が出る。

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フィル・ヒューズは、一度書いたように、「ア・リーグで最も初球にストライクを投げてくるピッチャーだが、今回作成したグラフ上でみると、実はサイヤング賞投手バートロ・コロンにかなり特性が近い。
バートロ・コロンは、クリフ・リー型の「ストライクにこだわる投球哲学を持った投手」で、だからこそ、コロンとクリフ・リーの2人が、サイ・ヤング賞投手になれたわけだが、データでコロンに近い数値をたたきだしているヒューズが、「常識にそわない自分だけのストライクを多投するピッチングスタイルを追求しつつ、日々マウンドに上がり続けていること」は明白だ。

ならば、これから彼の選ぶべき道は、「2つ」。

ヒューズがもし将来コロンになりたいのなら、ストライクを増やすことよりも、もう少し「ボール球を振ってもらえるようにする工夫」をすべきだし、彼がもしクリフ・リーになりたいのなら、「なにがなんでもストライクだけを投げぬける強いハートを持て」という話になる。
彼の課題は「彼自身が今後、誰を目指したいか」によって、かなり変わってくる。


他方、ロバートソン。
彼には2つ、特徴がある。第一に「あまりストライクを投げない」。そして第二に、奪三振数の多い先発ピッチャーたちに比べ、「ボール球を振ってもらえてない」。彼はピッチングのとき、いつも眉間に皺が寄っているが、原因はこんなところにある。ストライクは投げないわ、ボール球を振ってもらえないわでは、なんだか気の毒にさえなる。

彼は2012年にはカットボールばかり投げたがっていた。たぶん当時の彼は、コロンにタイプが似ている「ストライク・マニア」フィル・ヒューズが目指しているものとは全く違い、「カットボールでボール球を振らせて凡退させるマリアーノ・リベラ」を目指していたのだろう。だから、あえて彼はストライクを投げないで、カットボールを多投するピッチングスタイルをとってきたのではないか、そう思うわけだ。

だが、どうだろう。
ロバートソンがリベラになれるだろうか?

つい最近の彼が、カーブを多投するようになって大変身を遂げつつあることは、誰の人生にも必要な、素晴らしい「あきらめ」だと思う。マリアーノ・リベラのような、あれだけボール球を振らせることができるピッチャーは、彼の背番号と同じで、たぶんもう現れない。
ロバートソンはリベラにはなれない。もっとストライクを積極的にとっていき、球種も増やしていくほうが、彼のためだ。

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こうやって考えていくと、野球というのは本当に興味が尽きない。

「ボール球を振らせることのできる投手」と簡単にいうが、その多くは「ゾーンにストライクを数多く投げ、ゾーン内で勝負する投手」なのだろうか。それともストライク率とは無関係なのか。そして、ストライクゾーンで勝負してくる投手のストライクは、どれくらい打たれているのか。

ついでだから、「ストライクゾーンに投げる率であるZone率」と、「ストライクゾーンに投げた球をバットに当てられる率であるZ-Contact率」の関係をちょっと調べてみた。(青い点が、ストライク率の高いア・リーグ投手ベスト20)

ZONE%とZ-Contact%


このグラフでも、いろいろな投手たちのピッチングスタイルの違いがわかる。

例えば、マックス・シャーザーと、ジェレミー・ガスリーの2人は、ストライク率が似た投手だが、ガスリーのほうがはるかにコンタクト率が高い。つまり、同じストライクでも、シャーザーのストライクはバットに非常に当てにくく、他方、ガスリーのストライクは当てやすい、ということだ。
これは、かつてボルチモア時代のガスリーの被ホームラン率がア・リーグで3本指に入るほど高かった事実にピタリと一致する。かつての彼の欠点は、ストライクを投げることではなく、「ストライクにキレがないことだった」ということがわかる仕組みになっている。

このガスリーと同じ「ストライクを多投し、同時にストライクのコンタクト率が異常に高い」という特徴をもつのが、ミネソタのスコット・ダイアモンドだ。
2012年に防御率3.54で12勝9敗と、飛躍が期待されたが、2013年は防御率5.52、5勝8敗と低迷。2013年のHR/9は1.5で、リーグ平均の1.1よりずっと高い。つまり、ただほどほどのストライクを投げる常識的な投球術を続けているだけで活躍し続けられるほど、MLBは甘くない、ということだ。


2つ目のグラフにおいても、クリフ・リーのストライク率の異常な高さと、マリアーノ・リベラのストライク率の異様な低さは、群を抜いている。
いかに彼らが、他の投手とはまったく違うピッチング哲学を持った投手であることかが、このグラフからもよくわかる。
リベラのZ-Contact%、つまり、ストライクのコンタクト率は、マックス・シャーザー並みに低い。上で「リベラは、たくさんのボール球を投げ、そのボール球を振らせている特殊な投手だ」と書いたが、ストライクにしても、打者にやすやすとコンタクトされる安っぽいストライクではない、ということだ。
クリフ・リーのストライクにしても、あれだけ数多くのストライクばかり投げているのに、このコンタクト率で済んでいることは、彼のストライクが並みのレベルではない質の高いストライクであることを示している。


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