December 09, 2014

例の大英博物館の「白い」ギリシア彫刻コレクション、「エルギン・マーブル(Elgin Marbles)」の一部がいま、ロシアのエルミタージュ美術館に移送され、公開されているらしい。
大英博物館はこれまで「移送の困難さ」などを理由にギリシアへの返還を断り続けてきたから、もちろんギリシアは今回の「海外移送と公開」に怒って返還を求める声明をあらためて出したが、返還されるされないにかかわらず、「剥がされた彩色」は二度とオリジナルには戻らない。

Statue of the river god Ilissos
Statue of the river god Ilissos

「エルギン・マーブル」は、かつて英国大使としてオスマントルコに赴任していた第7代エルギン伯爵トマス・ブルース(Thomas Bruce, 7th Earl of Elgin)が、当時オスマントルコ支配下にあったギリシアのパルテノン宮殿からギリシア彫刻多数を勝手に剥がしてイギリスに持ち帰り、後に大英博物館に寄贈したものだ。
もともとオリジナルな彩色が施されていたことが、現代の紫外線による解析手法によってわかっている。

だが「彩色をほどこされていたエルギン・マーブル」は、エルギン伯トマス・ブルース本人の指示によって、特殊な工具を使って「表面にあったオリジナルの彩色」を削り取り「見た目を白く変える」という卑劣きわまりない捏造作業が開始され、その後もなんと1811年から1936年までの100数十年にもわたり、大英博物館の一室で「表面を削って、白くする」行為が延々と行われ続けた。

そのため「エルギン・マーブル」は紫外線解析が行われるまでずっと「白いギリシア彫刻」だと信じられ続けてきたのである。
関連記事:2012年7月16日、『父親とベースボール』 (4)アメリカにおけるドイツ系移民の増大。18世紀ドイツの美術史家ヨハン・ヴィンケルマンが欧米文化のルーツとして捏造した「白いギリシア」。 | Damejima's HARDBALL

エルギン・マーブル(Elgin Marbles)に使われた卑劣な道具エルギン・マーブルの彩色剥ぎ取りに使われた道具群

ちなみに、大英博物館はいまだにその「恥知らずな作業」を、「クリーニング」という当たりさわりのない表現で呼んでいる。
British Museum - Cleaning the Sculptures 1811-1936

以下の写真は、紫外線解析によって科学的に再現されたオリジナル配色の例だ。

実は色つきだったギリシア彫刻
:大英博物館で表面が剥ぎ取られたあとの「白い彫刻
:紫外線解析によって推定された加工前のオリジナル配色

Trojan archer crouching in battle(often so-called
Trojan archer crouching in battle(often so-called "Paris")


「エルギンマーブル改竄事件」が明らかにしたのは、芸術の冒涜という小さな問題ではなく、むしろ「欧米文化の精神的支柱としての美学の存立基盤そのものに対する疑義と、その美学に基づいて白く上塗りされ続けてきた欧米史のあやうさ」であることを思えば、この事件が歴史的事件と呼ぶにふさわしい「大事件」であることがわかる。
というのは、「エルギン・マーブル」のような古代ギリシアの建築や彫刻群は、18世紀ドイツの美術史家ヨハン・ヴィンケルマンが欧米文化のルーツと主張した「白いギリシア」というコンセプトを支える「最も重要な支柱」のひとつになっているからだ。

近代科学が「エルギンマーブルの改竄」を暴いたことによって、もちろんヴィンケルマンの「白いギリシア」も、その根拠に巨大な疑問符がついているわけだが、その影響力は根強いものがある。
例えば自然科学的に根拠の薄いル・コルビュジエの『黄金比』の価値をいまだに信じている人たちが多数存在していることをみてもわかるように、欧米文化においては、常に、そして、非常に熱心に、『白いものこそが、美である』という価値観がくりかえし、くりかえし製造され、「白い欧米文化には『白いルーツ』として『白いギリシア文化』が存在する」という「ストーリー」がたえまなく流布され続けてきたことによって、ヴィンケルマンの「白いギリシア」というコンセプトは、それが歴史的に根拠があるとないとにかかわらず、いまなお欧米社会に強い影響力を及ぼす物語として補強され続けているからだ。

Johann Joachim WinckelmannJohann Joachim Winckelmann

『伽藍が白かったとき』 ル・コルビュジエ『伽藍が白かったとき』
ル・コルビュジエ

(キャプション)コルビュジエが「黄金比」を美の極致とみなした理由は、それが見た目に美と見えるかどうかよりもむしろ「ギリシア神殿に多くみられる黄金比は、自然界にも数多くみられる『美の究極比率』である」という「古代ギリシアにはあらゆる美のルーツが集結しているというストーリーづくり」に主眼があったと考えると、さまざまな説明がつきやすい。
ちなみに、「自然界の美には黄金比が多い」というのは単なる「先入観」に過ぎず、例えばオウムガイの螺旋の曲率は黄金比ではない。
参考:オウムガイに黄金比?


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