30)不倫の果て

次の日、支配人に呼ばれた研修生の木村は即刻解雇となった。
当然ながらクラブ所属の研修生としては脱会させられ、研修会の会長にはその旨が文書で通達された。
内容は、不祥事を起こしたぐらいに留めたが、所属のゴルフ場がなければ研修会には出られなくなるので、木村にとっては致命傷となった。

レッスンを通して小遣いを貰うプロや研修生は、金持ちの有閑マダムを相手にしてトラブルを起こすと事が面倒になる。ゴルフ以外のレッスンをして小遣いを貰うのも売れないプロや研修生に取っては生活の道だが、ジゴロのような悪徳プロや研修生がいることもこの業界には多いのも事実だ。
そして、研修生の木村のようにゴルフ場のキャディと問題を起こせば、双方がゴルフ場に居られなくなる。それが既婚者同士だったら、なお更会社が被る信用失墜は多大だ。大事なキャディにも欠員が出て迷惑を掛けることこの上もない。非情のようだが会社に迷惑を掛けるような従業員は要らないという結論には情状酌量という余地はない。

結局、研修生の木村は、バイトも出来ず収入の道を閉ざされた上に研修会にも出場できなくなった。困り果てて、駆け落ちした人妻キャディの川井留美に相談した。
留美は、うちのゴルフ場を辞めて、他のゴルフ場に働きに出たので木村に言った。
「浩ちゃん、心配しないで、あなたがプロになるまで私が面倒見るからね。その代わり私のことを見捨てないでね」
木村は、その言葉に一瞬、震えるような怖さを覚えた。
婿養子に入った木村の家にこの件がばれたら当然居られなくなる。子供も2ヶ月前に長男が生まれたばかりだ。

木村が婿養子に入った家は、土地成金の家で金も土地もアパートも持っていてかなりの財産がある。留美のゴルフ場で稼ぐ収入から比べたらベンツと軽自動車以上の差がある。
成り行きで火遊びをした木村は、内心でそろそろ留美とも縁を切った方がいいとも考えていた。
もし、このまま二人の関係が続けば、二人には双方の夫妻から慰謝料も請求される。喰えない研修生とアパート暮らしをするキャディが、そう簡単に払える慰謝料でもない。
木村の妻だって、留美には負けないほどの美人でもあり若さもある。不倫相手の留美は30歳も過ぎている。このままキャディを続ければ、紫外線で荒れた顔の皮膚にも小皺が目立つようになるのも時間の問題だ。
ましてや6歳も年上の女が、それほど魅力が持続するとも思えなくなっていた。良かったのは留美との男女の営みだけで、それを除けばすべてがマイナス要因ばかりだった。

留美は、満たされない性の不満を若い研修生に求め、木村は濃厚な人妻の性技に溺れただけの関係だった。女は死ぬ気で木村のことを愛してしまった。もし、別れ話でもしたら留美に寝首をかかれないとも限らない。一般的にB型の女は浮気性に見えるが、本当は一途に愛を求める正確なので喰らいついたら最後、スッポンのように死ぬまで離してはくれないだろう。

留美の夫は、2人の子供も居るので、帰ってくれば今までのことは水に流すと言っていた。ところが木村の妻はプライドが強いのでおそらく不倫をした木村を許さないだろう。
どうしようもない崖淵に立たされた木村は苦悩の渦中に放り込まれた。

研修生の木村は、千葉の田舎に帰り、父親に一部始終を話し、200万円を工面して貰い、留美の夫と会った。そして、これ以上の金額はどうしても払えないので、これで何とか勘弁してくれと土下座をして謝った。そして留美の夫の出した「即刻留美とは別れるという条件」でいったんは和解になった。

ところが女の体に火が点いた留美は、どんなに木村が話しをしても聞き入れなかった。
「奥さんと別れて結婚しようと言うのは嘘だったの?ボクには留美が必要なんだと言うのも嘘だったのね。あなたの欲しかったのは私の体だけなのね。死んでやるからね。一生あんたを呪ってやる!」散々喚き散らし、オイオイ泣き出すので木村は手がつけられなかった。

それと、どうしようもなく困り果てた留美の言葉は「私をこんな体にして、さんざんオモチャみたいに弄んで、別れるなんて言うなら私があんたの奥さんの所に行って全部バラすからね」と脅迫されてしまった。
留美が狂ったら平気でそのような行動を取ることを木村は分かっていた。自分の人生がすべてお釈迦になると後悔したが後の祭りとなった。留美から遠ざかろうと木村は、毎日通っていた留美のアパートに行く回数を減らした。

ところが留美のアパートに帰らなければ、毎日でも昼に晩に電話が掛かって来る。そしてついに木村の奥さんの所まで電話を頻繁に掛けるようになって、「浩ちゃんは、あんたなんかに絶対渡さないからね。第一、私のお腹には浩ちゃんの子供がいるのよ。もし、聞き入れないならあんたの近所中に私の子供がいるって言い振らすからね」と聞き分けのない狂女のようだった。

木村は、まさか妊娠なんかさせた覚えがないとたかを括っていたが、驚いたことに留美は、性行為に使うコンドームにすべて針で穴を通してあった。木村が今考えてみれば「浩ちゃん、全部中に出していいのよ」という言葉の裏には妊娠が目的だったとは気がつかなかった。そうとも知らず、木村は妊娠だけはさせまいと必ずコンドームをつけて避妊を心がけていた。
ところがどっこい、留美は、本気で木村の子供が欲しいとコンドームに針の穴を通してあったのだ。
木村は、そこまで気がつかなかった自分の愚かさを責めるよりも、留美の狂人のような無茶苦茶な行為に恐怖を覚えた。
絶体絶命の中で木村は追い詰められ苦悩する毎日が続いた。

年下の研修生と不倫の恋に落ちたキャディの川井留美の恐るべき豹変振りに驚いたのは、不倫相手の研修生木村だけではなかった。
留美の夫も自分が許せば事態は収拾すると思っていたのだが、とんでもない方向に事件が発展してしまった。
勿論、木村の奥さんは子供を出産ばかりで留美の狂人にのような暴言と執拗な電話攻勢ですっかりノイローゼになってしまった。

留美の夫は、そこまで自分の愛する留美を滅茶苦茶にした研修生の木村に言い知れようの無い憎しみを抱くようになった。
木村は収拾のつかなくなった事態に妻の実家にも戻れなくなり、師匠であるプロの北村に相談に行った。
その結果として、このままでは血生臭い事件にも発展しかねないので、留美の前から姿を消すことで取りあえず事態を収拾する方法を取った。

師匠の北村の提案で、九州の某ゴルフ場に知り合いの支配人がいるので、その人を頼って誰にも内緒で研修生として、一から出直せと言われた。藁をもすがる思いで木村は決心をして、自分の妻に書置きを残した。

木村里香 様
自分の性でこんなことになって申し訳ない。多分、おまえは俺のことを許してくれないだろうから一生恨まれてもしょうがないと思っている。
生まれたばかりの子供を置いて行く事にはとても心残りだが、今の自分にはみんなの前から姿を消すことしか方法がないと思っている。何度、詫びても謝りきれない思いを抱いて俺は一人で旅に出る。
おまえの両親にも合わせる顔も無い。バカな自分を今更ながら恥じている。どうか、こんな男と一緒になったことを事故だと思って諦めて欲しい。今まで尽くしてくれて本当にありがとう。
いつか、まっとうな人間になって遭える日が来ることを夢に抱いて去る自分を許して欲しい。
浩一

と記した置手紙を置いて、木村は小雪の舞い散る故郷を離れ、九州へと旅に出た。

木村の奥さんは置手紙を読み愕然として、その日以来、ノイローゼ気味の毎日を過ごすようになった。幸い、奥さんの両親は健在なので乳飲み子を抱えた娘を介護しながら生まれたばかりの子供を育てることにした。

一方の留美は、姿を眩ました木村の消息が掴めず毎日毎日、泣き崩れる日々が続いた。強度のノイローゼになって、夫や留美の両親が会いに行っても飲めない酒を強引に煽るほどになり手の施しようがなかった。
生きる望みがなくなったのか、キャディの仕事にも行かず。木村が消息を絶って2ヵ月後の朝、近所の小さな神社の裏山で首を吊って死んでしまった。
木村とのツーショットの写真を胸に抱き、木村のゴルフウェアーを身に纏った留美は、木村を愛した証として自らの命を絶った。
そして、留美のお腹の中には2ヶ月になる赤ちゃんを宿していた。

最悪の結末を迎えたこの不倫劇は、小さな田舎町でも大きな噂になった。九州に身を隠した木村にこの情報が耳に入ったのは、半年も後だった。
木村は、留美とお腹に宿した小さな命を奪った張本人である。言いようの無い後悔と懺悔の中で自分の過ちをひたすら詫びる以外になす術がなかった。
安易な気持ちで人を欺いた罰は、必ず自分の身に不幸となって返ってくる。木村は二度と自分の生まれた故郷に戻って来ることが出来なかった。

世の中の事件の背後には、必ず金と女が見え隠れする。
金も女も両刃の剣を持ち、扱い方如何によってはとんでも無い事件を巻き起こす。人間に108つの煩悩がある限り、日常茶飯事のように忌まわしい事件が起きていく。
そして、その事件に後悔や憤りを感じながらも数ヶ月も経つと忌まわしい事件を他人事のように忘れていく。
人間は、誰しもが同じ過ちを繰り返す。
反省なら猿でもできると言うが、心の痛みを忘れた人間の繰り返す罪は、良く考えてみれば猿以下なのかも知れない。
<続く>


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