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鉾田のラーメン屋は、相変わらずの賑わいを見せていた。純平と春奈が到着したのは、ちょうどカウンターに二つ席が空いた時で、まるで導かれたかのようにスムーズに座ることができた。

「この店、評判通りに美味いから、いつもこうなんだよな。待たずに入れてラッキーだった。」カウンターに腰を下ろすと、純平は得意げに言った。

「本当に。平日なのに凄い人。もう外にも並んでる人がいるわ。」春奈は嬉しそうにメニューを開きながら、周囲を見渡した。

「だろ?四十分も車を飛ばしてくる価値、十分あるだろ?」純平は胸を張った。

メニューを眺めていた春奈が、楽しそうに尋ねる。「ねえ、何が美味しいの?」

「そうだな……激辛ネギ味噌ラーメンとか、どうだ?」

「えー、私、辛いの苦手なのに……。」春奈は顔をしかめた。

「ハハッ、冗談だよ。ここは激旨チャーシューメンがおすすめだな。」純平は笑いながら訂正した。

「わざと辛いラーメン勧めたでしょ?」春奈が頬を膨らませると、純平は得意げに笑った。

「図星、梅干し、物干し。春奈の選択、間違いない!」

「それ、ダジャレ……?」春奈は呆れたように首を傾げた。

「いや、これはオシャレなジョークだ。」純平は真顔で答える。

「もー、意味分かんない!じゃあ、純平さんが激辛ネギラーメン食べてみてよ。」

「おっ、そうきたか。辛いのは大好物だからな、いってみるか。」純平はニヤリと笑った。

「面白そう、食べてみて。」春奈が目を輝かせると、純平は安請け合いをして、チャーシューメン、激辛ネギラーメン、餃子を二人前注文した。

やがて、二人の前に注文の品が並んだ。激辛ネギラーメンは、見たこともないほどの赤さで、白いネギが唐辛子と豆板醤で真っ赤に染まっている。

春奈は、純平が辛いラーメンと格闘する様子を、まるでショーでも見るかのように楽しみにしていた。

「よし、いくぞ!」純平は意気込んでレンゲを手に取り、スープを口にした。しかし、その瞬間、あまりの辛さに顔を歪めた。

「うわっ……なんだ、この辛さは……!?」純平は思わず水を煽った。隣で春奈が楽しそうに笑っていた。

「あら、意気地なし。辛いの好きだって言ったじゃない。もっと食べてよ。」

純平は、ここで引くわけにはいかないと、意地で箸を手に取り、ラーメンを啜り始めた。額にはみるみるうちに汗が浮かび、辛さを和らげるために何度も水を飲んだ。

そんな純平の姿を見て、春奈はますます彼に親近感を抱いた。「純平さん、無理しなくてもいいのに……。」

「ああ、やっと慣れてきた。ちょうどいい辛さになったよ。」純平は強がって見せた。「それより、春奈ちゃん、ここの餃子、大きくて美味しいだろ?」

「うん、具がたくさん入っててジューシー。」

「チャーシューメンも美味しいかい?」

「さすが純平さんのおすすめ。また連れてきてね。」

「可愛い春奈ちゃんのためなら、いつでもラーメン奢るよ。」

「嬉しい!だから純平さん、大好き!」

結局、純平は激辛ネギラーメンをスープまで飲み干した。一体何杯の水を飲んだのか、もはや分からない。腹の中はガバガバになり、顔には汗が滲んでいた。春奈はバッグからハンカチを取り出し、優しく彼の顔を拭いてあげた。

純平は、そんな春奈の優しさに心を奪われた。

店を出ると、外は冷たい空気が漂っていた。見上げると、澄み切った冬空に、やや欠けた上弦の月が輝いている。

「綺麗なお月様ね。」春奈が呟いた。

「ああ、本当に綺麗だな。」純平も同意する。

「ねえ、月の下にあるあの大きな星、なんて名前なの?」

「それは春奈の星だよ。」純平はロマンチックに言った。

「えっ、私の星?」

「月が俺で、その光を浴びて輝いているのが、春奈の金星だ。」

「へえ、純平さんもロマンチックなこと言うんだ。」

「俺はロマンチストだよ。」

「でも、嬉しい。純平さんの月の下で輝ける星なんて、最高に素敵。」春奈は無邪気に喜んだ。

車に乗り、帰路につく。この辺りは信号のない田舎道が続き、ラブホテルの看板が否が応でも目に飛び込んでくる。

「純平さん、友達が言ってたんだけど、シルクロードってラブホ、最近できたばかりで部屋がすごくロマンチックだって。」

「春奈、そこに行ってみたいのか?」

「うーん……純平さんと一緒なら、いいかなって……。」

「元彼と会えなくなって寂しいのか?」

「少しね……。」

「俺は代わりか?」

「違うよ。だって、前から好きだもん。」

「好きなら、そういうこともするのか?」

「そうじゃなくて、一緒にいたいだけ。」

「今も一緒にいるだろ?」

「そうだけど……もっと近くにいたい。」

意味深な言葉を投げかけられ、純平はドキリとした。

「春奈!」

「渋谷のフィンガーアベニューって知ってる?」

「ああ、ラブホ通りね。」

「田舎にいても都会のこと知ってるんだな。」

「常識でしょ。」

「なるほど。じゃあ、元彼と行ったことあるんだ。」

「一度だけ。どうして?」

「これから通る道で、もし行ってみたいところがあったら、指差してみる?フィンガーアベニューごっこってのはどうかな?」

春奈は一瞬恥じらいを見せ、黙り込んだ。

行き交う車も少なく、林道を純平の車がゆっくりと走る。ラブホテルの看板が、「おいで、おいで」と二人を誘っているようだ。

「ホテル桜川」「チャップリン」「スターライト」「ぶりっこ倶楽部」、そして、「シルクロード」のラクダのマークの青い看板が見えた時、春奈がその看板を指差した。

純平は何も言わずに左折し、ラブホ「シルクロード」へと車を走らせた。春奈は相変わらず無言だった。二人の胸は、高鳴り始めていた。

これから始まるラブストーリーに緊張しながら、二人はカーオーディオから流れるコブクロの「蕾」の歌詞に聴き入っていた。


絶やすことなく 僕の心に灯されていた 優しい灯りは あなたがくれた理由なき愛の灯 柔らかな日だまりが包む背中に ぽつり話しかけながら いつかこんな日が来る事も きっと きっと きっと わかっていたはずなのに……