
しめやかな川井留美の密葬が、春の陽光に包まれた静かな朝、身内だけで執り行われた。幸い、留美の事件は会社を辞めてから発覚したため、関係者以外には知られることはなかった。首を吊ったという悲惨な最期は、首周りに痛々しい青痣となって残されていた。愛欲のすべてを狂人の如く露わにし、激しい炎のように燃え盛り、そして昇華していった彼女の人生は、あまりにも儚く、そして劇的だった。
遠く九州の地にいる研修生の木村には、留美の自殺事件は伏せられていた。しかし、いずれにせよ木村は、この悲劇をきっかけに、人生において重い十字架を背負わされることになった。
棺の中で眠る母親の顔を見つめ、「お母さん、どうして私を置いて死んでしまったの?」と慟哭する11歳の一人娘の姿は、参列者の涙を誘った。留美の位牌を持った夫は、魂が抜け落ちた空蝉のように、ただ茫然と立ち尽くしていた。
愛する対象を失ったが故の留美の死への選択は、母親である前に一人の女として生きたかったという彼女の切実な願いの表れでもあった。しかし、その願いはあまりにも残酷な形で終わりを迎え、関係者一同に癒しようのない深い傷跡を残した。
そんな悲しい出来事も、時の流れとともに人々の記憶から薄れていくのは世の常である。
レッドヒルズゴルフ倶楽部の乗用カート道路は、着々と工事が進められ、今春4月には最新式の電磁誘導乗用カート50台が導入される予定となった。
合わせて練習場の整備やアプローチ・バンカー練習場も増設され、設備的にはバージョンアップされた再生後のゴルフ場として、近隣のゴルフ場からも注目を集めていた。
純平は、キャディマスターの職を新人の大木プロに譲り、自身は白鳥支配人の後継者として副支配人に就任することが、3月中旬に内定した。
ゴルフクラブを握る仕事から離れることには一抹の不安を覚えたが、ゴルフ場の仕事であればゴルフとの縁が切れるわけでもなく、プロの道に限界を感じていた純平にとっては、千載一遇のチャンスだった。
事務所の中央には、副支配人職の新しいデスクが置かれている。経理部、営業部合わせて10人足らずの事務所ではあるが、その傘下にはキャディマスター室、コース管理、施設管理、レストランなどが含まれており、総勢85人の大所帯のナンバー2となるのは紛れもない事実だった。
6月には、支配人の白鳥が女社長美和の会社に営業本部の統括部長として本社にカムバックすることが内定している。いずれにせよ、数ヶ月後には純平がこのゴルフ場のトップとして君臨することになる。失敗は許されないというプレッシャーを感じながらも、純平は武者震いを覚え、支配人の白鳥に帝王学を学び始めた。弱冠33歳の春の息吹は、そこかしこに小さな蕾を膨らませ始めていた。
