朝の6時に目覚ましがけたたましい音を立てて鳴った。
寝過ごしたらたいへんなことになるので、純平は特別大きな音の鳴る目覚ましを置いてある。
佳奈は、純平が起きる30分前にはいつも起きて朝食の用意をするのだが、純平は朝が苦手で食事をする時間を惜しんで少しでも多く寝ることにしている。
そんな訳で佳奈は純平のためにいつも大きなおにぎりを二つ用意する。
味噌汁は飲んでいる暇が無いので、ペットボトルのお茶を用意する。そのペットボトルを冬は湯煎して暖めてやるのが佳奈の優しさだった。
「佳奈行って来るよ。今日は早いからね」
「いってらっしゃい。気をつけてね」と佳奈は笑顔で送り出す。
平凡だが二人の新婚生活は平和に満ち溢れていた。
月の給与も研修生時代と違って、手取りで30万円ぐらい運んで来るようになった。
佳奈は、純平と結婚したので、大手自動車会社の営業事務を辞めて専業主婦になっていた。
炊事・洗濯は、きちんとやり料理も上手ないい女房になっていた。
女性関係には秘密を作る純平だったが、それ以外では佳奈にとってはいい夫の部類だった。
いつ神様の悪戯で純平の不倫が暴かれるか問題であったが、純平なら例えバレたとしても上手く誤魔化すだろう。
男の不倫や浮気が甲斐性とは言わないが、男にとって女性の存在はある意味でのステータスであると純平は常に思っていた。
また、一穴主義で人生を送ったとしても、それは妻に対する忠誠以外の何物でもなく、男としては味の無い不味い料理を食べるが如しとなる。
そんな味気の無い人生なら大きな男に成れないというのが純平流のポリシーだった。
ゴルフ場に着くと二人の研修生がポーターに立っていた。
7時になるとキャディが来てお客様を出迎える。
キャディはたいへんだが、迎えられる側のお客は気分がいい。
純平がキャディマスターで赴任してからは、このポーター業務を習慣づけた。
あっちこっちにコンビニみたいにゴルフ場がある中で、お客が来なかったらゴルフ場のキャディはアフレで飯が喰えなくなる。
一度来たお客が、また来たくなるようなゴルフ場じゃなければゴルフ場じゃないと思っていた。
「お客は、ゴルフに金を使う。そのお客に気遣い・心遣いをするのは当たり前で、ついでにサービスに笑顔をつけてあげても金が掛かる訳じゃない。それでチップの2千円も貰えれば、こんないいことは無いだろう」と言うのが純平の持論だった。
ゴルフ場で働くキャディは、月に25~30万円は手取りで持って行く。
まさに雨の日も風の日も寒さや暑さに耐え、きつくてたいへんな仕事だからパートをやるよりも収入がある。
旦那がいなくても子供を立派に育てているキャディもたくさんいる。
夜の酒場で嫌な客に色香を売る商売も嫌いだからキャディの仕事で踏ん張っている。こんな女性たちを純平は心底から守ってやりたいと常々思っていた。
客が入らなければ、ゴルフ場は人件費に歯止めをかける。
一番先に淘汰されるのはキャディだ。
セルフ化にして低料金でお客をわんさか入れてステータスもない場末のゴルフ場にするのが最近のゴルフ場の傾向だ。
全組数キャディ付きのゴルフ場がこれからは価格競争に巻き込まれず、接待や競技志向のお客には価値を生み出すと信じていた。
だからこの大切なキャディ達には、純平は必ずあったら先に挨拶するようにしている。
「おはよう!風邪治ったか?」
「腰が痛いの大丈夫か?」などと、ねぎらいの言葉を忘れずに掛けて気遣いをしていた。
古参のキャディには、若いキャディより多めに声を掛ける。
若いキャディに声ばかり掛けていると古参のキャディは、僻んで若いキャディいじめをするようになる。賞味期限の過ぎたキャディを上手にヨイショするのも女所帯の大奥のキャディたちを統率するには大事な仕事になる。
この間、新人のキャディの早紀を食事に誘ったところを古参のキャディに見られ早紀がいじめられるのを気遣い、この煩い古参のキャディたちのグループを今月の休場日に、他所のゴルフ場に連れて行く手はずも整えてあった。
そんな古参のキャディの虐めに負けるような早紀ではなかったが、とにかく職場の中には蟠りを残さないように努めていた。
早番のキャディの早紀が「支配人、この間はご馳走様でした」と古参のキャディが混じる中で挨拶をしてきても平気な雰囲気をいつの間にか作っていた。
もし、そんなくだらないことで早紀を妬むキャディがいた場合は、トコトン説教をして、相手に理解させるまで話をしたに違いなかった。イケメンキャディマスター、純平は今年で32歳になるこのゴルフ場の若手のホープだった。
<続く>

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