女社長、柳沢美和のトレードということもあって、羽鳥純平はゴルフ場の従業員からも一目置かれていた。しかし、純平はそのような背景にあっても奢ることなく、クラブ従業員に分け隔てなく接していたので人気も高かった。おまけに持って生まれたジャニーズ系の甘いマスクは、事務所の女子社員や古参のキャディにまでも色目を使われて困るほどのモテようだった。そのような状況の中で、キャディマスターに赴任早々、女社長の美和と関係があることが知れたら大スクープになる。
純平は、社長の美和と職場で接する態度には一線を踏み込まないように十分に注意を払った。
勤務について、1ヶ月も過ぎると職場の人間関係が、否が応でも目に付いてくる。
社長派は、支配人の白鳥誠一郎が筆頭で、営業部係長の伊達政男が手足となって動いていた。対する開発部長の黒岩修三には、経理部長の木崎澄夫がついていた。
この木崎は優秀な経理マンとして手腕を発揮していたが、頭がいいだけに不正経理の疑惑があった。
営業部長の新井耕介は、なかなか優柔不断でどちらの派閥にも所属しないでいたが、ただの風見鶏に過ぎなかった。
両部長とも旧オーナー会社の生き残りで、取締役職ではなかったことが幸いして、新オーナー会社のレオンリゾート開発になってからも運営上の問題から継続して雇用された。
男子社員は、支配人の白鳥を除いては事務所の中には3人しかいなかった。
その配下に営業部に4人の女子社員、経理部に2人の女子社員がいた。
純平のマスター室には、元、ゴルフ研修生の城井健太と女性社員の高山直子がいる。この高山直子は、伊達係長と職場恋愛による恋仲で、部署替えで今年の1月からマスター室に配属されていた。
そして、このゴルフ場きっての美人女子社員、片山美咲が経理部にいた。
利害関係に亀裂が入れば、人間関係は悪化するのは世の常である。
共存共栄の利益があってこそ、人間関係は平和的で友好的なバランスが保たれる。この法則を理解できない社員は、どんなに優秀な仕事のスキルを持っていてもいずれは企業から淘汰されてしまう結果となる。
純平は、マスター室に入ってパソコンのスタート表を開いた。
スタートのトップ、アウトコースに南條貞夫が入っていた。
クラブの理事でもあり、心療内科のドクターでもある。
元々医師というのは、気儘・我儘のオンパレードをしがちになる。
その典型がこの南條だ。「キャディ教育がなっていない。レストランの食事がまずい」などと、とにかく屁理屈をこねて毒舌を吐いて従業員に悪態をつく悪徳メンバーだった。
元来、心療内科のドクターと言うものは、心身症の患者をカウンセリングして心のケアをするのが仕事である。
にもかかわらず、言いたい放題の毒舌を吐き、従業員にとっては迷惑千万な厄介なメンバーだった。
プライドが強く、自分の発言は絶対だと言う驕りがある。
仕事柄、自殺したいなどと無気力になった心身症の患者をケアすることは、相当なストレスが溜まるらしい。
「死にたい」「生きていても価値が無い」「どうせ、私なんか誰も相手にしてくれない」などの鬱状態の患者と向き合って、心を開いて話しあうことなど並みの人間ではお手上げ状態になる。
それが故に、鬱状態の人間ばかりを相手にしていると、ドクターでさえも鬱状態に陥ることもありがちになることはよくある話だった。
そのストレスの解消法がゴルフ場に来て、憂さ晴らしに従業員に悪態をつき、コースメンテナンスなどにも異常なほどの批判をした。
44歳独身、趣味はゴルフに風俗通いとメンバー間では悪い噂の人物だった。
フロント女性にも可愛い子が何人もいるので、支配人も気を利かして彼のお嫁さんに候補に薦めるが、「ドクターと言う職業に魅力は感じますが、男としての魅力が南條さんにはまったくありません」と若い女子社員が皆口を揃えて嫌った。
前かがみで両手を背後に下げ、歩く姿は、腰痛持ちのペンギンのようだ。そんな訳で、彼の仇名は「ペンギンオジサン」である。
代々、医師の家系で育ちは悪くない。人間性も温情はあるのだが、突如として、狂ったような毒舌を吐くのが玉に瑕だった。
<続く>

コメント