4月までに50名のキャディを確保することは、非常に危ぶまれていた。
バブル期のように、キャディを基本給のある正社員として雇用できるゴルフ場は、どこも給与を支払えなくなり、廃止していたからだ。
海外旅行もボーナスもなくなり、出来高制のキャディという職業は、昔のような旨味がなくなっていた。雨風に耐え、冬の寒さに震えながら、夏は炎天下の猛暑の中でハードな労働をするキャディという職業に、若者が見向きもしなくなっていた。
昔は、正社員としてボーナスも年間2~4か月分が支給された。
現在では、盆暮れに10万円程度の氷代や餅代が支給されれば、まだ優良なゴルフ場とされている。
ゴルフ場の経営破綻のそもそもの原因は、高額な会員権の返還請求による償還資金の逼迫だけではない。プレー料金の客単価の落ち込みが酷く、バブル期に比べ客単価が半分以下に目減りしている。
バブル期の平日の客単価は、30,000円前後、土日にあっては、50,000円近くなった。
考えてみたら、よくこのような高い遊びが出来たものだと感心させられる。
当時はベンツに別荘、そしてゴルフ会員権を所有することが、バブル期の金持ちのステータスにもなっていた。土地や株で儲けた企業や個人事業主が、こぞって会員権を買い漁った時代がまるで嘘のようである。客単価が半分以下にまで落ち込んだ状況で、経営を維持するには、従業員のリストラや人件費の削減、そして、会員の年会費の値上げと悪循環が重なり、首都圏や大都市から80km以上遠くに離れたゴルフ場は、来場者の低迷に苦難の道を歩むことを余儀なくされている。
ゴルフ場は、75万平方メートル前後の敷地があり、それを維持管理するには相当な資金が必要となる。施設の老朽化だけではなく。コースの芝は生き物である。肥料をやり、芝を刈り、その他の樹木の養生もしなければならない。台風が来れば樹木がなぎ倒され、バンカーの砂も流される。おまけに練習場のネットも破れ、柱もへし折れることもある。大型台風が来れば、400万円程度の損害が常に出る。
ましてや、借地の多いゴルフ場は地代の捻出にしのぎを削る。
消費税やゴルフ利用税は、まったなしに徴収される。以前は、消費税などは外税なので別会計になるが、現在では消費税も内税になり客単価の低下に拍車を掛けている。
バブル期は、会員募集で潤沢な資金を確保できたが、現在では安い客単価のプレー収入で運転資金を賄わなければならない状況である。かつては、どんなゴルフ場のオーナーだって、プレー収入で利益を生もうなどと思ってはいなかったはずだ。売れば巨額の金が入ってくる会員権に濡れ手に粟のぼろ儲けを期待していたはずだ。
一日、60組も入れたら朝のハーフが3時間、休憩が1時間半、おまけに残りのハーフも3時間、ティーグランドに何台もカートが詰まり、ストレスの溜まるゴルフプレーを余儀なくされる。
ゴルフ場の単価が下がり、一般大衆にはリーズナブルなゴルフが楽しめるようになったが、ティーグランドは芝が剥げ、バンカーは足跡だらけ、アプローチ周りはターフ跡がぎっしりと、グリーン上はボールマークだらけでは本来のゴルフの醍醐味は堪能できるはずも無い。
元々、イギリスの貴族が始めたゴルフは、本来から言えば金持ちの遊びだった。だからキャディさんにチップを払う習慣もあるのだと思う。ところが、最近のお客は1,000円違えば他のゴルフ場に行ってしまう大衆層が多いので、キャディにチップを渡すお客は少なくなったようだ。
オーナーがクラブステータスを目指す以上、キャディの確保は絶対条件だと支配人の白鳥は考えていた。どんなに施設が豪華でもキャディがいなければ、大衆割烹の居酒屋になってしまう。
それにクラブ競技にはキャディ付けが必要にもなる。
キャディの人件費は、ゴルフ場にとってかなりのウェートを占めるが、薄利多売の外資系のゴルフ場と格差をつけるには、メンバーシップで会員相場の高値安定を図りたいと目論んでいた。
乗用カートの導入に難色を示していたコース設計士の加藤幸太郎も、乗用カートが時流になった昨今、キャディ不足の日は乗用カートのセルフで対応をするという支配人のプレゼンに妥協をしなければならなかった。トレンディとブームは言葉の意味合いが違う。
一時的な反響はブームだろうが、今後のゴルフ場運営にはキャディ不足も考慮して乗用カートの導入無しでは、集客を限定しなければならなくなるので運営資金が足らなくなる。
まさに将来を見越したトレンディな経営が乗用カートにあると支配人の白鳥は考えていた。
オーナーの許可も出て、乗用カートの工事が今月の15日から開始される。工事期間は、約4ヶ月を要し、4月のトップシーズンまで掛かるが、冬場の来場者の少ない期間を利用しての突貫工事に拍車を掛ける以外方法がないと支配人の白鳥は計画を練った。
6月には、社長の美和は本社に赴く、それまでに32歳のアウトロー純平を支配人職まで出来るように仕上げるという社長命令は無謀に近いものがあった。
唯一、救われることはキャディマスターの純平には、人を惹きつける才能があった。
短気で武闘派なところはあるが、物怖じしない気迫とリーダーシップを発揮できる能力には、支配人の白鳥も一目を置いていた。

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