様子が変なので「どのような件ですか?」と純平が川井の夫に尋ねると、
「お恥ずかしい話ですが、妻が2ヶ月前から急に家出をして帰って来ないんです。携帯に連絡してもぜんぜん反応も無く、ついこの間は着信拒否までされたんです。ここのゴルフ場を辞めたのは先月でしたよね?」
「はい、確か先月の20日付けで辞めていますね」
「どのような理由でしたか?」と川井留美の夫が尋ねた。
「夫の転勤で土浦の方に引越しするので、もう勤められませんと言う内容でしたが・・?」
「やはり、そうでしたか・・?」
「どうかしましたか?」
「実は、この写真の男と駆け落ちしたようです」
まさかの顔写真を見て純平は驚いた。
写真の顔は、間違いなくうちの研修生の木村浩二だった。
歳は25歳で反町隆史に似た背の高いイケメンだった。
一方、この夫の妻、川井留美は30歳になる小泉今日子似の可愛い系の美人だった。
このゴルフ場でも3本の指に入る人気キャディだった。
愛想も良く可愛らしい顔立ちがお客から人気を呼んでいた。
ただし、純平は丸顔の女性は嫌いなのでそれほど気にも留めていなかった。
それゆえに川井留美から退職届けが出た時にも「旦那の転勤じゃしょうがないね」とキャディが足らない事情でも諦めざるを得なかったので詳細についてはあまり聞かなかった。
言って見れば、ごく一般的な円満退職だった。
しかし、驚いたことにこの川井留美の退職に関してはたいへんな事情があった。
川井留美の夫の話によれば、この2カ月以上も妻が蒸発してしまい、まったく連絡が取れないとのことだった。そこで川井の夫は決死の覚悟で、このゴルフ場から友人と二人で妻の後を何日も尾行したと言う。そして、何度も尾行を巻かれ途中で見失いながらも、やっとの思いで妻の住処を突き止めたと言う。
そして、妻の居場所のアパートの近くの空き地に3日間も張り込みを続け、妻のアパートに出入りする男をビデオカメラに収めたと言う。
川井留美の夫は持ってきたビデオカメラを回して、純平にその証拠となるビデオを見せた。妻の留美が朝の5時40分にアパートから出て、その一時間後に研修生の木村浩二がキャディバッグを持ってアパートのドアを開け、出て来る様子が鮮明に録画されていた。
ズームアップされた顔は紛れもなくうちの研修生の木村浩二だった。その顔をプリントアウトしたのが先ほど見た顔写真だった。
「どうですか?」と川井留美の夫が確認を迫った。
「間違いなく、うちの研修生の木村浩二です」
「今、このゴルフ場に居ますか?」
「レッスンでコースに出ていますが・・」
「呼んで貰いませんかね?」
「事情が事情だけにトラブルにはなりませんか?」
「まあ、ぶち殺したい心境ですが、妻にも非があるので逢って話がしたいのですが・・」
「暴力事件を起こさないと言う条件を守っていただけるなら逢わせましょう」と川井留美の夫に了承を得てから、純平は携帯で木村に連絡を取った。
「木村か?」
「はい」
「羽鳥だ。川井留美のご主人がおまえに逢いたいそうだ」
「えっ、留美の旦那が・・?」
電話の向こうの木村が狼狽する様子が手に取るようにわかった。
「今、レッスン中なので後にしてもらう様に言っていただけませんか?」
「木村、諦めろ!川井留美のアパートからおまえが出てくるところをビデオに収録されている。業務命令だ!すぐ、事務所に戻って来い!それと冷静になって話をしろよ」と言って純平は携帯を切った。
「川井さん、腹立つ気持ちは分りますが、会社内でトラブルは起こさないで下さいよ。あいつは、1年前に結婚して奥さんもいます。2ヶ月前に子供も産まれました。明日、支配人にこの件を報告すれば、即刻、解雇になります。会社内で問題を起こしたらこの会社にはいられません。よって会社の方はそのような対処となりますがご了承下さい」
「分りました。会社がそのような対応をしてくれればご迷惑はかけません。約束します」
「分りました。木村が来たら応接室を貸しますので話をして下さい」
顔面を蒼白にして研修生の木村がばつ悪そうに事務所に入って来た。
「木村、事情は全部聞いてある。おまえも男としてケジメだけは付けて話し合いをしろよ」と純平が念を押して言い含めた後に、二人を応接室に通した。
何も事情を知らない事務員がお茶をふたつ持って来たが、純平は「お茶は出さなくていいよ」と止めた。
「なにか、あったんですか?」と事務員が尋ねて来たが「なんでもないよ」と純平は白を切った。
時々、川井の夫が大きな声を出していたが喧嘩にはなりそうになかったので、純平はずっと二人が出て来るのを待ち続けた。
それにしても女房を寝取られた夫の気持ちは複雑で怒りに満ちていると思った。
自分なら間違いなく相手を袋叩きにしていると思った。
家出した女房を何日も追尾して、やっと突き止めた妻のアパートで若い男と乳繰り合っていることを想像したら腸が煮えくり返る思いがするだろう。
豊かな妻の乳房を弄び、夫以外の突起物が妻の体内を陵辱する。
自分以外の男に妻が激しく腰を振り、悶え喘ぐ姿を想像しただけで気が変になるだろう。
純平は、そんな勝手な想像をしながら二人が出て来るまで応接室の外で待機していた。
何も知らない事務所の中では、業務を終え社員が次々と帰って行く。
不倫はどこの会社でもご法度だ。
バレる不倫ならしない方がいい。断末魔の光景が目に浮かぶようだ。
火遊びをして夢中になるのはいつも女の方だ。旦那や家族を捨て男に夢中になって蒸発する妻など、どの道を選んだところで地獄が待っている。男は、必ずと言っていいほど、その女の火傷のとばっちりに遭う。
不倫がバレた場合の解毒方法を知らない奴は、共に奈落の底にと落ちて行く。
研修生の木村が妻のお産で性欲に飢える気持ちは分からないでもないが、よりによって相手が会社の人妻社員では、あまりに相手が悪すぎると純平は呆れるばかりだった。
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