黒川集落でランチ( ̄▽ ̄) のつづき
・・・・・・・・・・・・・・いつの話や(´゚ω゚):;*.:;ブッ
長らく封印してましたが、続きがずっと下書き保存だったので日の目を見ます
も〜ブログ作成が快適すぎて( ´Д`)
今までなんだったの・・・あの苦労は。。(-_-;)
って感じだけど。。これからもドシドシ記事出していきます( ̄ ^ ̄)ノ
去年の冬の記事ですよ(・o・)
加茂川を上がって行き、河口の小町(犬)のいる方へ行く
左へ行くと石鎚ロープウェイ
横峰寺の奥の院を過ぎ、虎杖の石鎚登山道から黒川集落へ行く。
もちろん車道はない。
学校マークもあり、石鎚さんの季節宿で栄えていたところだ。
黒川集落でランチ したあと、集落を散策する。
二階建ての家、壁というか障子、窓が全部なくなってて
中が丸見えだった!
しかしずいぶんと物が残っている(・ω・)
大きなやかん。ここも宿をしてたのだろうか?
右の木箱、よく見るなぁ・・・家ではお餅入れてたりしたけど
何に使ってたんだろう?
カラフルな陶器だ・・・( ゚□゚)
ってゆーかコーヒーカップ?
もうコーヒーも普及してたのか。
2階への階段・・・・
ばあちゃんちと同じ階段だ。
足置くとこが狭いので、滑りそうになる。
家の向こうは壁がなくなってるが石垣。
「教師の技術」という本があった。
1956年ってことは50年以上前だ( ゚□゚)
学校の先生だったんだろうか・・・
五右衛門風呂もあった!
大正?年?
何の木箱だろう??
現在地まだまだそこーーーーーーー(-_-;)
右のほうから登って来た。
ここはまだ下黒川地区だ。。。
学校は上黒川っぽい。
神社もあるなー
ここはまさに旅館って感じ!
とてもきれいな状態で残っている。
石鎚への登山道
長年使われたというのがわかる、しっかりした道が続いている。
ここはよく本で見る季節宿みたい。
いまでもきれいに残ってるなぁ・・・
たまに倒木もあり、今はほとんど使われてない道
これはツタの色が鮮やかで撮ったのだ(゜▽゜)
ここもお風呂だろう
停まり客が順番に入ってたのかな?
あまり水場は見なかったが・・・・お風呂に入れるなんて贅沢だったんだろうなぁ〜
立派に石の土台の上に鎮守社があった。
やはり地図で見るより簡単でない、
昔の人はよく歩いたなぁ〜
わたしらも結構歩いた。。。帰りましょう。
ここは昔石鎚登山道のであって、お山開きの時はたくさんの人が訪れた。
季節宿もたくさんあり、お隣今宮とともに、とても栄えていた集落だ。
まだ交通が発達してなかった時代、横峰寺を通りモエ坂を下り
この黒川で一泊するのが普通だった。
のちに下谷まで県道ができて、さらに昭和42年には石鎚ロープウェイまでできて
この登山道は廃れていった・・・
かつては学校もあり、大きな集落として栄えていたここ黒河も
季節宿が必要となくなれば衰退するのは当然のことだった。
でもこの集落が確かに栄えてた証拠は今もまだ充分に残っていた。
寒風山あたりかなぁ・・・・霧氷かな(・∀・)!
このあと兎之山隧道 へ
























6
まーきみさん












は、「もろぶた」ですね。
御餅を入れるのに良く使いましたが、昔は炊き出しのおにぎりを入れて運んだりしたそうです。
これがたくさんあるほど「裕福な家庭」の象徴らしく、お袋が嫁に来たときに少なかったので少しずつ増やそうと決心したと語っていました。