バルタザールどこへ行く

リネージュ1・イシルロテ(旧ベガ)サーバーに棲む、ルクーおじさんことPikaizenの彷徨う記録。

情熱の赤

6月中に更新すれば、一年のブランクを誤魔化せると気づいたおじさんです、こんばんは。
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たぶん過去にもアップした下北沢・珉亭の赤いチャーハン。
またホイホイ食べに行ける距離に住むことになるとは夢にも思ってませんでしたよ。
余談ですが、「孤独のグルメ」の松重豊とブルーハーツの甲本ヒロトはこの店で一緒にバイトした縁で長年の友人。松重豊がDJに挑戦したFM横浜「深夜の音楽食堂」初回&2回目ゲストはもちろん甲本ヒロト。珉亭時代の濃ゆい話もしてましたね。

で、前の更新から1年過ぎたわけですが…
・レベル85になった
・装備が少しマシになった(アクセサリ強化/AC&MR装備が全部2OE品に)
・MDがナイトバルドになった
・ヘイストがなくなった
・葉っぱOEができなくなった…
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が、こんなことは相変わらずやってます。
幸運G剣って両手剣では少ない非損傷、銀武器のオプション付なんですがね。
ガチャでボロボロ出るのでお手頃価格でOEできますが、DAIが高くて…
11目指したい誘惑と戦う今日この頃。


話せる島とリザ砂漠の時代

ショートカットのPOTが切れると…
LinC0008
ホラー映画のように赤字がザーッっと出てきて毎回ドキッとするおじさんです、こんにちは。

第2章 はじめてのウィズの時代 その3

当時はレベル15になると歌う島は強制的に追い出され、話せる島(TI)で狩りをする流れだった。
ただ、不思議と最初のTI時代は全くと言っていいほど記憶がない。いずれ話すことになるが、2度目のSIとTIは結構長居をした記憶がある。

はっきり覚えていることは、はじめて船に乗ってグルーディオへ向かった時のことぐらいだ。
ゲーム内で数分間じっとして移動するなんてシステムは、不便ながら新鮮だった。

グルに行ったのは、おそらく、マナに「15になったらリザ砂漠ですよ。」なんて言われていたからだろう。だが、前にも書いたがマナは優秀なプレイヤーだったので15になったばかりのウィズでもリザ砂漠で難なく狩りできたのだろうが、私はそうはいかなかった。

リザ砂漠で狩りするために、まずペットを調達しなければならなかった。

そう、今思えばここが彼との分かれ目だった。
ペットを連れているとペットと経験値を分け合う。
当時の私はそれを知らなかったのだ。

つづく

歌う島の時代

第2章 はじめてのウィズの時代 その2

2002年の秋、リネは「オーレン」(EP11)が実装されていた。
私が選んだウィズのスタート(初心者ゾーン)は、今はなき「歌う島」(SI)である。

今とは違い、リネは非常に初心者に厳しかった。
カカシを殴ってレベル5まで上げるのは変わりがないが、そのあとはもう何もサポートはない。
SIのモンスを初期装備のダガーで殴り、アデナを一から集めていかなければならない。
当時のウィズの攻撃魔法は火力が低く、非力なウィズでも殴った方が倒すのが早かった。
そのため、ウィズの狩スタイルは殴り&ヒールが定番だった。

しかし、初期装備では初心者ゾーンのモンスでも大苦戦。ヒールの回復量はたかが知れているし、回復POTを買うにもアデナがない。さらに高いGPにいたっては、SI時代は使っていなかったと思う。
回復や加速POTをジャブジャブ支給してくれるサポートが実装されるのはそれから10年近く後の話だ。
何匹か倒したら休憩の繰り返しでまさに苦行だった。

そうしているうちに、ダメージを抑えるために弓で狩りすることを覚えた。
さらに当時は崖や障害物の先にいるモンスにダメージを与えられた。つまり、地形で回り込まれないところから一方的にモンスを攻撃することができるのでアデナの消費を抑えられて良いと思って狩りをしていたのだが…

「崖撃ちしてんじゃねー、バカヤロー!」

おそらく知り合い以外のプレイヤーから話をされたのはこれが初めてだった気がする。
モンスターは攻撃されたPCに向かっていくのだが、崖などでそのPCへのルートがない場合は他のPCに流れて行ってしまう。自分のモンスの相手で精いっぱいなのに、勝手にモンスが流れてきたら迷惑以外の何物でもない。そのため、私のやっていた狩り方は「崖撃ち」としてマナー違反の迷惑行為とされていたのだ。

オフラインのRPGとは違い、現実世界のようなマナーや知らない他人がいることをさっそく思い知らされることになった。

その3へ続く

はじめてのウィズの時代

ラーメン食べるだけに博多に泊まったおじさんです、こんにちは。
FullSizeRender


第2章 はじめてのウィズの時代 その1
私をリネに誘ったのは、ゲットアンプド(GA)のトッププレーヤーだったマナ。
リネのレベル上げも非常に早く、あっという間にDKウィズ(当時はLv52)になった強者で、私がリネに来た頃にはもうLv48直前で一緒に狩することは少なかった。

彼のアドバイスは、金稼げるから最初はウィズがいいとの事だった。
そんなわけで、私もウィズを作ることにした。

だが、最初のステ振りから何に振ればいいか全くわからない。
当時すでにリネージュ攻略通信があったと思うが、MMORPG初の私は攻略情報がネットにあるとは考えもしなかった。
情報源のマナはGAに来てなくて連絡つかなかったので、ファミコン時代からやってきたドラクエやウィザードリィ、ウルティマ等のRPG経験によるイメージで振ってみた。

今でもキャラは残っているが、ロウソクで再振りしてしまったので定かではない。
たしか、INTとWISが14~16、CONは初期の12、DEXにいくつか、そしてCHAが12だった。
このときマナと連絡がついていれば、こんな独特なステで始めることはなかっただろう。
特に、今も昔もCONは非常に重要で、これが後々大きく影響することになる。

何はともあれ、私はウィズでリネでの第一歩を踏み出した。

その2へ続く

Macでリネの時代

第1章 Macでリネの時代

言うまでもないが、今も昔も「日本の」リネージュはMacに対応していない。もちろん韓国も。
だが、今はなき「アメリカの」リネージュにはMac用のクライアントが存在し、日本のクライアント内のファイルをそこに移して「日本の」リネージュをMacでプレイできるようにする方法を紹介するHPがあった。

メンテごとにファイル交換を行わないといけない煩雑さや、クライアント改変なのでアカウントが突然BANされるリスクもあったが、Macでプレイ可能なMMOがなかった当時、どうであれMacでリネができるのは朗報以外の何物でもなかった。

ただ、クライアントは日本仕様でないのでWindows版と違い、いくつかの制約があった。

1.キャラクター名の全角文字は実質使用不可。
キャラクター名が全角文字だと、登録したF5-12のショートカット内容が保存されない。
今みたいに12×3ではなかったが、毎回12個のショートカットを登録するのはさすがに面倒で、実質全角文字のキャラクターは使用できなかった。

2.便箋&掲示板の書き込み不可
読むことはできるが、便箋を送ったり書込ができなかった。
1もそうだが、アメリカ版クライアントのため全角文字に対応していない(半角アルファベット&記号しか使わないから。)によるものと思われる。

3.マウス
正確にはクライアントによる制約ではない。
クラシックなOS9からモダンなOSXになったばかりの当時、Mac用のマウスはまだ1ボタン。Mac用の2ボタンマウスもあったが、リネ用にわざわざ5,000円以上も払って2ボタンマウスを買う気はなかった。(マウスは当時高かった。)
そもそも、Macで2ボタンマウスを使うとWindowsの犬になった裏切者だ。
しかし、最初に私が選んだクラスはウィザード。ウィズは今も昔も操作は忙しいので、当然1ボタンでは不便極まりない。単騎狩りならそれでもいいが、まだNBエルフが皆無な時代でウィズは唯一の回復役。PT狩りでは操作の遅れがメンバーの生死に直結する。
タゲ合わせ大変(右クリック=コマンドキー+クリック)なので、クラハン(大所帯のクランだった)ではH-Aしか使わなかった。
だが、MP補給=SOMで殴る時代、MPRを上げるSOCやマナマントは未実装。H-A連発ではMPが当然持たない。
半年は頑張ったと思うが結局2ボタンマウスにした。
そして数年後、リネのためだけにやむなくWindowsPCまで購入しなければならなくなった。
今思うと、リネをやらなければ今もMacを使っていたかもしれない。

第二章に続く。
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