2005年09月14日 23:08 [Edit]

通貨って何だろう

実は通貨を通貨たらしめているのは、政府ではない。

佐藤秀の徒然\{?。?`}/ワカリマシェ~ン:金にも選挙権にも国境がある
仮に1$=¥110で円を米ドルに交換したとしても、それは変えたのではなく換えただけだ。あなたが手にしたドル紙幣が日本国籍に変わったわけでもなんでもない。そのドルを金として保証しているのは日本国政府ではなく米国政府なんですよ。

米国政府も日本国政府も通貨をもはや「保証」していない。昔は究極的には金(きん)と交換できたが、1971年にそれは終わってしまった。各国政府が保証しているのは、あなたが持っている千円札10枚と、私の持っている一万円札一枚の価値を差別してはいけませんよ、ということだけである。

そう。通貨というのは今や相対的価値しか持たない共同幻想なのである。しかし通貨に慣れた、いや、味を占めた人々にとっては、物理的存在よりも実存として感じられる、そんな共同幻想なのである。

実のところ、通貨を通貨たらしめるのには、支払う者と受け取るものの間の合意だけでいい。合意の元で交換するのは、貝殻でも元素番号79の切れ端でもいいし、点棒でもチップでもパチンコ玉でもスタンプでも何でもかまわない。何なら物的実存から切り離してもかまわない。紙の上に走り書きした数字の羅列でも構わないし、ディスク上の磁気パターンでもかまわない。

結局政府がやっていることは、通貨を発行することだけだ。それに通貨としての価値を与えるのは、政府ではなく我々なのだ。通貨は共同幻想である、ということは、信じなくなった瞬間に消滅するものでもある。そこに壁があると思えば壁は存在するし、ないと思えば壁はない。佐藤さんがどう思おうと、私は市場を通して円を任意の通貨に変える事ができるし、それを使って他国のものを手に入れることが出来る。クレディットカードなどを使えば変換プロセスを意識することすらない。実際最近の海外旅行では、T/Cさえ使わないことがほとんどだ。

佐藤さんが私の100ドル紙幣を1万1000円と交換するかしないかは自由だ。佐藤さんは任意に「境」を設けることができる。しかし私が取引できる相手は佐藤さんだけではない。市場に行けば身も知らぬ誰かが1万1000円にしてくれる。佐藤さんが境を高くすればするほど取引相手は少なくなり、やがて佐藤さんの「持つ」「共同幻想」はそれゆえ価値が低くなる。それがいやだから皆市場に参加する。国境がなくなるというのはそういう意味だ。

そこまで形而上学的にならずとも、今や通貨の発行体イコール独立国政府という構図は崩れている。ユーロ(EUR)を上げるまでもないだろう。自国通貨の弱い国では、安全な貯金はUSドルなどの「強い貨幣」だ。ユーロ円債の国籍は何なのか?日本は米国債を大量に「保有」しているがこれの国籍はアメリカなのか?

通貨にあるのは名前と交換レートだけだ。国籍はない。あったとしても、「国籍が存在する」という共同幻想は、交換レートという共同幻想の前では日中の蝋燭のともしびのようなものだ。

もちろん、リンギ(マレーシア)のように、あえて国境を設定し保持しようとしている通貨もある。「全通貨に国境はない」というところまで、貨幣の交換可能共同幻想はまだ強くない。とはいうものの、こういった通貨は世界経済の端役に過ぎず、なぜ端役で終始してしまうかは先ほどの説明のとおりだ。

共同幻想は、壁が低ければ低いほど強くなるものなのだから。

Dan the Man with Too Many Currencies to Choose from


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言語為替市場【佐藤秀の徒然\{?。?}/ワカリマシェン】at 2007年12月27日 16:54
「実は通貨を通貨たらしめているのは、政府ではない」(by弾さん)のような、岩井克人の貨幣論の劣化コピーのようなことを仰る方もいるわけですが、全く逆でしょう。
マネーは国際化するほど国籍性が強くなる【佐藤秀の徒然\{?。?`}/ワカリマシェ~ン】at 2005年09月15日 11:29
この記事へのコメント
この間係わった契約書には通貨単位がJapanese Dollarとなっておりました!いよいよ日本パッシングもあまねく広がりつつあるようです。
Posted by さなえ at 2005年09月15日 06:27