2005年11月30日 20:50 [Edit]

空気は読み捨てるに限る

そう、読んで、捨てる。

ひろのきまぐれ日記
こちらにもあるように、たしかに日本では、和を尊しとする文化があって、 空気や場の雰囲気を読めとか、いうことが言われますが、自己表現を 公にするということは、それとは真っ向勝負していることだと思います。

ただ捨てるのではない。読んだ上で捨てるのだ。

「和をもって尊し」という言葉からは、主語と述語が抜けている。あれは「君にとって臣は和をもって尊し」と読むのだ。そう。支配者の視点から見た被支配者の尊い性質が「和」なのだ。だから、臣に満足できないのであれば、和を知った上で和を破らなければならない。

三田典玄の電網解説「だからそれは、さ」: 静かなる人々
だから、表現者はその孤独に立ち向かわなければならない。日本というこの「気分」を壊し、「なにかいいこと」を人に示し、新しい秩序を古い秩序にとって変えなくてはならない。世の中を変えられない表現、人を変えることのできない表現に、何の意味があるだろう?人を変えることのできない表現活動は、既に表現としての意味をなさない。たとえどんなにゆるやかであっても、人や社会を変える種を作るしごと。それが表現であり、芸術だ。

そのためには、「類似商品チェック」が必要だ。それが「空気を読む」ということであると私は勝手に解釈している。知らぬ間に車輪を再発明したところで、誰も評価などしてくれないのだから。大陸がいくつあるのかも知らなかった昔ならとにかく、現代において表現を成すものは、空気を読まないとやってられないのだ。

とはいえ、昔に比べてその「空気」というのはずっと複雑怪奇だ。空気を読むのに忙しくて表現どころでない人々のなんと多い事か。断言しよう。空気を読み切ることは不可能だ。それは読んでいる間にも刻々と変化する。だからどこかで見切りをつけ、思いっきり捨てなければならない。

もちろん、そこにはコストが発生する。おそらくその最大のものは誤解であろう。

三田典玄の電網解説「だからそれは、さ」: 株の堅調なのは
いずれにしても、この「朝まで生テレビ」で話している「小飼弾」氏というプログラマーくんは、世間知らずの典型。単なるひっかき回し役になってるね。番組がこの人のために面白くなくなってるだけじゃなく、「プログラマってこういう人種かい」と、周りに認識されてしまう、という意味で、彼はこんなところに出てこないほうがよかった。日本のすべてのまともなプログラマのために。やっぱり板倉氏のほうがよっぽどまともだ。

この程度のことは、必要経費ぐらいに思っておいた方が良い。いや、安く値踏みされるというのは、それだけで優位に立てるのだ。「空気が読めない奴」と相手が思った時点で、もう八割がた勝負はついているのだから。

言いたい奴には言わせておくに限る。空気は読み捨てるに限る。

え、なんでこんな「種明かし」をするかって?

だってあまりに世の中あまりに甘いのだもの。もうすこししゃんとしてくれなきゃ張り合いってもんがないでしょ。

Dan the Happy Fool


この記事へのトラックバックURL

この記事へのトラックバック
「和をもって尊しとする」こと。それは日本では最上の美徳と言われている。芥川龍之介は「なにかいいことないか?というのは不吉なことばだ」と言った。「なにかいいこと」というのは新しいことだ。つまり、新しいものは「和」を乱す。日本のこの社会の「窮屈さ」「閉塞」を...
静かなる人々【三田典玄の電網解説「だからそれは、さ」】at 2005年12月19日 10:29
入った事の無い人には分からないでしょうが、とてもではないが人の居れる空気では無い。 (こっちの空気とは違う) で、そんな長居できるような肺を持ち合わせていない私には、こういう話しが信じられないのですが…。 まぁ、同じ灰皿を囲むだけでも親近感はあるし、昨...
喫煙ルーム【滑稽本】at 2005年12月07日 08:58
 空気は読み捨てるに限る  ご返事ありがとうございました(^^  たしかに、空気を読んで敢えて違うことをする、ときも僕にはあります。  一方で空気を読めずに、場を無意味に乱すときもあります。  その辺をうまいこと使っていくんでしょうね。
空気を読み捨てる【ひろのきまぐれ日記】at 2005年11月30日 21:19
昔先輩に本を読むなと言われたことがあります、これは当然ですが逆説で、漫然と読むな
本を読むな?【時事を考える】at 2005年11月30日 21:15
この記事へのコメント
トラックバックをありがとうございます。
ちょっと遅いレスですがご勘弁ください。

最近特に気になるのは「空気が読めない」という言葉に象徴される「排外律」なんですよね。自分と違う意見を受け付けないために、自分と違う意見を「意見ではなく、変人の戯言である」という片付け方をする。そのために、このことばが使われている。

もちろん、ネットがこんなに広まる以前にも、同じようなことはありましたけど、ネットがこれだけ広まると、言論でのやりとりで意識的にしなければならないことや、気をつけなければならないことを知らずに、けっこう無意識にこういうことをみんなが始めたように見えるんですよね。
Posted by nori-m at 2005年12月19日 10:27
>「君にとって臣は和をもって尊し」
なるほど、納得です。って僕には教養がかけてますね(^^;
Posted by ひろ at 2005年11月30日 21:15