2005年12月31日 00:15 [Edit]

免許?誰が出すんだそんなもん?

ここに「文系」の傲慢を透見してしまうのは私の被害妄想的錯覚なのだろうか?

踊る新聞屋-。: IT企業の非公共性が中国的ネット社会をもたらす可能性はないか、というメモ-googlezon、最良の、そして最悪の時代
 さて、すべてのネットユーザーはそろそろ、サイバー社会の公共性を考える時期に来ている。
ガ島通信 - ネットメディアは無免許運転の暴走車なのかもしれない
それはメディアのパワーと危険性をある程度理解している私には伝わりますが、果たしてネットメディアにかかわる人たちやエンジニアには伝わるのか、疑問があります。

「文系」の「理系に対する」というより、"Suits"の"Geeksに対する"と言ってもいいかも知れない。

要は「おまえらは公共の何たるかを知らないのだから、おれ達に従え」という響きである。

ガ島通信 - ネットメディアは無免許運転の暴走車なのかもしれない
グーグルの検索結果で誰かが傷つこうとも、彼らは「どうってことない」と思っている。ある種、既存メディア界に存在している「原罪感」はありません。「私たちはメディアパワーを持ちたいと思ってやっているわけではありませんから」と真顔で発言したりします。ある種「無邪気な善意」がネットの世界を覆っているのです。彼らは無免許の運転者ですが、それは善意ゆえに、その危険性を伝えることは困難が伴います。

そのかつて「メディア」に「免許を与えて来た」者達は、公を担うにふさわしい行為を行動で示して来たのだろうか?少なくともGoogleがいうところの"No Evil"のEvilが彼らのEvilとは異なることだけは確かだ。

そして「既存メディア界に存在している」「原罪感」の由来は、本来彼ら自信が確立すべきであった「公」を、「為政者」という「他」が与える「免許」にまで矮小化してしまったことにあるのではないか?

だから申し訳ないのだけれども、すでに「免許」という「手あか」がついた側からの「公共性」という言葉は、それこそ「負け犬の遠吠え」にしか聞こえない。そう。「負け」「犬」。「無免許」に「負けた」、「旧体制」の「犬」。

「リアル」に対する「ネット」側の言い分は明白だ。「文句があるなら何で自分らでやらないの?」。Geekたちの主張は単純明快だ。「文句があるならお前やれ」。実際「ネットには(現在)免許不要」という点に関して言えば、新旧の差はゼロなのだから。

しかし、現実はそうはいきません。好むと好まざるとにかかわらず、メディア化することはパワーを持つことを意味します。2006年は、ネットメディアの無邪気な善意が現実社会と本格的に衝突するのかもしれません。

そもそも彼らが「無邪気」だと思う方がおめでたい。彼らはちゃんと自分たちのパワーを自覚している。自覚しているからこそ"Do No Evil"などとのたまいつつ上場し、時価総額14兆円(Google)を得ている。Yahoo!(US)はその半分弱の6兆円ほどだが、それでも「旧メディア」を脅かすどころか飲み込むだけのパワーを持っている。だから免許を必要としない。彼らにとって免許とは「他から交付」されるものではなく、「自ら確立すべきもの」であるからだ。

「現実社会と本格的に衝突」というが、彼らは2006年を待たずして「現実」だ。彼らの時価総額も現実だ。彼らの企業買収も現実だ。いまさら「ネット」と「リアル」を分けていることが眠たい。彼らは「ネットかつリアル」なのだから。

だから、本当に怖いのは、彼らの「無邪気な善意」ではない。彼らが「免許」の力に目覚め、自ら「免許」の発行に乗り出し、それが旧来の免許と置き換わることなのだ。

すでにMicrosoftやCiscoやOracleは目覚めている。彼らの発行する資格は「公的」には紙切れだ。しかしすでにそれを持つ事による職業的優位を確立しつつある。もしYahoo!やGoogleが「免許を持つサイトのみインデックスします」と言ったらどうなるのだろう?

無邪気な無免許者の方がまだましというものではないか?

Dan the Man without the License to Blog


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だけど「ネットの発言に免許制度を」と言っている人は、そもそもヴァーリ・トゥード(何でもアリ)の悪評判上等なWeb文化は得意ではないんだろう。なんとかして自分のやり方である既存のマスコミの文化にWeb文化を従わせたい。差別関係のタブーや宗教団体関係のタブーや広告...
「ネットでの発言に免許を」という発想が出てくるのは、たぶん「ブラックジャーナリズムという飛び道具を使えば簡単に人気が取れる」とか「名誉毀損や誹謗中傷で簡単に他人の妨害が出来る」というルール無用さを嘆いて、ジュネーヴ条約みたいなものを決めようという話かも【void GraphicWizardsLair( void ); //】at 2005年12月31日 18:32
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先のエントリーに関連して「踊る新聞屋-。」さんの「IT企業の非公共性が中国的ネッ
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IT企業の非公共性が中国的ネット社会をもたらす可能性はないか、というメモ??googlezon、最良の、そして最悪の時代【踊る新聞屋??。】at 2005年12月31日 00:39
この記事へのコメント
実は、考えていることは同じだと思います。免許を出すのが政府であれgoogle、Yahooであれ、サイバー空間への強権介入が、中国のようなユーザーにとっての災禍になるんじゃないかなぁ〜ということで。政府の介入もgoogle免許のみのインデックスも、どっちもイヤだなぁ。
Posted by Dancing Newsman the Small Creature at 2005年12月31日 00:51