2006年02月04日 01:55 [Edit]

遠くの創造性より近くの表現力

「何をすべきか」に関しては禿同。

内田樹の研究室: まず日本語を
日本の知的未来に投資するなら、まず日本語を。
英語はそのあとだ。

しかし「なぜすべきか」という点において、私は「母国語優先論」とは意を異にする。


私が母国語を他に優先して教えるべきだと考えている理由は、「創造性を高めるから」というのとは違う。

母国語を話していながら、「次の単語」が出てこない人間、階層構造をもった複文が作れない人間はどのような知的創造ともついに無縁である他ない。

ということを、すでに発達した言語を獲得した現代社会の我々は当然のごとくうなずいてしまうが、言語がまだ発達していない時代においても、人類は創造活動をしてきているのである。

黒曜石の鏃、洞窟の絵、縄文土器....これらが創造的でないという人はいないだろう。しかしそこに言語がどれだけ介在していたかというのは疑問だ。少なくとも彼らには「ロジカルで音韻の美しい母国語の名文」どころか母国語といえるものを持っていたかすら疑問だ。

言語が発達した現在においてさえ、非言語由来の創造性は至る所に見られる。音楽、絵画といった芸術だけではない。ケクレがベンゼン環を見いだすのにドイツ語の名文は必要だったのだろうか?

創造性の観点から行けば、言語はほんの一部を担っているに過ぎない。「人は言葉が1割」と言ったところだろう。

しかし、母国語は他の表現法と比べればずっと習得が容易なのだ。誰でもピアノを弾けるわけではない。誰でも絵を描けるわけではない。しかし、母国語は99%の人が使えるようになる。私が母国語を他に優先して教えるべきだと考える理由は、母国語が表現の手段としては最も獲得が容易だからだ。

表現が容易だということは、創造することで得られる快感を得やすいというでもある。その結果創造性が高まることにある程度寄与するだろう。しかし、それはあくまでも副次的利益であって目的ではないのだ。

母国語を真っ先に教えるべき理由は、それが現時点では最も簡単だからだ。それが創造的であるからではない。それ以上でもそれ以下でもない。ましてや、母国語の能力不足をもってその人を「非創造的」と判断するのは言語道断である。

そのはずなのであるが、母国語という表現手段があまりに入手容易のため、他の表現手段に長けた人を非創造的と誤解する愚を我々は犯してはいないか?エディソンやアインシュタインが幼少時教師にどう見られたかを思い起こすまでもないだろう。いや、日本であれば山下清という格好の例があるか。

この文章の中で私がいちばん重要だと思うのは、「創造というのは自分が入力した覚えのない情報が出力されてくる経験のことである。それは言語的には自分が何を言っているのかわからないときに自分が語る言葉を聴くというしかたで経験される」というところである。

実は私が一番違和感を持ったのはこの箇所である。「自分が入力した覚えのない情報が出力されてくる」ところまではわかるのだが、私はそれを言語的にやっているように思えないのだ。私は何かを言葉にするのに「言葉で考える」のではなく、それを言葉に「翻訳」している。もしかしたら「それ」は「マイ言語」なのかも知れないが、言葉のようにシークェンシャルなものではなく、もっと並列度が高い、多次元の動画のような感じなのである。「ディアスポラ」に出てくる多次元の描写の方が、一般によく言われる「言葉を通して思索する」より私の思考過程に近いと思った。とにかく、私の思考過程は「言葉にできない」。

私が常に言葉に対して「ぎこちない」のはそのためだろうか。どれほどぎこちないかは、TVで私をご覧になった方はご存知だろうと思う。英語にしろ日本語にしろ、私はいつも「翻訳」というか「写生」している。なんとか「近似」を見つけようと必死なのだけどなかなかうまく「言葉」にならない。

これは単に私が非創造的であることの証拠に過ぎないのだろうか?

そんな私だが、百人一首は全部覚えている。確かに母国語を覚えるのは簡単だ。使いこなせるかは別にして。

Dan the Nullingual


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<私の思考過程は「言葉にできない」。 英語にしろ日本語にしろ、私はいつも「翻訳」というか「写生」している。なんとか「近似」を見つけようと必死なのだけどなかなかうまく「言葉」にならない。> (小飼弾ブログ 2006年02月04日 遠くの創造性より近くの表現力)  ...
1.言葉のぎこちなさ【fragmentalism】at 2006年02月21日 00:44
前半には同意する。 あえて英語公用語論 船橋 洋一 Rauru Blog ? Blog Archive ? 確かに、まず日本語ではあるがしかしその私でさえ、まともな文章を書けるという自信がついたのは、会社で英作文の研修を受けてからだった。英文を書くようになって初めて文章の...
No Language Is an Island【404 Blog Not Found】at 2006年02月06日 12:00
内田樹(たつる)先生のブログ「内田 樹の研究室」は愛読しているブログのひとつです。以前お奨めブログで内田先生のブログを取り上げたところ、マーケティングというビジネスまっただ中の人間が、なぜ内田先生なのかと不思議に感じる方がいらっしゃいました。 これでも一応...
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この記事へのコメント
小飼さんはものを考えるときに言語で考えますか?
多くの人はそうでしょう。私も普段はそうです。しかし、必要なら映像で考えることもできます。きっと、音楽で考えることができる人もいると思います。
創造力と言語を結びつけるのは、言語でしか考えられない人なんだと思います。
Posted by 半日庵 at 2006年02月06日 14:44
このエントリーを引用して書かせて頂いたのですが、そのなかで小飼さまの名前をミスタイプしていました。失礼しました。申し訳ありませんでした。
Posted by 大西 宏 at 2006年02月05日 18:56
また、トラックバック先の内田という人の文章では、
国語教育を重視するのは、「論理的思考も、美的感動も、対話も、独創的なアイディアも、この震えるような言語感覚ぬきには存立しえない」からとされており、4つの理由が少なくとも示されているようです。
(そのうち、特に周囲から意外に思われると推測される「独創性」については説明がなされている)
他の3つについてはどのようにお考えになっているのでしょうか?
Posted by 良き読者 at 2006年02月04日 13:54
ちょっとした疑問があるのですが(ただし、非常に重要な点で)
母国語というのは、本当にピアノや絵に比べて習得がずっと容易なのでしょうか?
我々が言語を習得するのは生まれた直後から絶え間なく言語に触れることを強制される結果にすぎないのではないでしょうか。
中年になってピアノを始めるという人がたまにいるようですが、中年になって初めて言語に触れる場合を考えるとどちらが習得が容易でしょうか。
Posted by 良き読者 at 2006年02月04日 13:53
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Posted by ■オンナノコの為のブログランキング at 2006年02月04日 12:59
「まず母国語」なのは、今の日本において、習得が容易である筈の日本語を使いこなせない若者が増えているからってだけだと思うんですが(苦笑)
まぁもう一つ理由があるとすれば、表現手段の習得ばかりに時間割いても「中身」が伴わなければ一体何のために習っているの?ってことになるので、母国語を満足に使いこなせない人間が増えている現状では「まず母国語」にならざるを得ない、ってことでしょう。

>英語にしろ日本語にしろ、私はいつも「翻訳」というか「写生」している。
弾さんのお話される言葉がぎこちないのはTVで私も拝見しておりますが、なるほど、そういうことでしたか。おそらく、弾さんは頭の回転が速過ぎるために、ブローカー中枢が疎かになっているか、もしかしたらブローカー中枢まで計算・思考の方に使われてしまっているのかもしれませんね(笑)

Posted by ncd108 at 2006年02月04日 05:26