2006年02月28日 05:00 [Edit]

Why Value 2.0?

実は私がValue 2.0などと、妄想の段階でのたまっている理由には、正三郎さんの存在もある。

なんか、いっぱいコメントやトラックバックついてました^^;: ホットコーナーの舞台裏
科学の定義というと人文系の科学もあるから広いけれど、ぼくの中では、「飽くなき真理の探究」が一番広い意味の科学ですね。

私にとって、正三郎さんと月一回のみに行く機会があるだとか、Larry Wallさん(ここではあえて「さん」付き)と萌えとPerl6の話しを同時進行させるだとか、Matzさんとblogで言葉を交わすだとか、面白かった本の書評にその本の著者ご本人たちからtrackbackを頂くだとといった、「交遊」(communication)というのは、私が持っている金融資産以上の価値がある。

だけど、そこでpricelessという言葉を持ち出して思考停止したくないのだ。こういったことは現時点で"unpriceable"なのは確かなのだけれども、それならばきちんと「測定」できるようにしたい。だからわざわざValue 2.0なんて言葉を持ち出したのだ。

私には、まだそれがヴェクトルなのか高次テンソルなのかすらわからない。単位系すらわからない、いや、ひょっとしたら新しい数学理論が必要なのかも知れないのだけれども、それが「ある」ということだけは「確信」している。

Ring Server Projectに加わった時にも、オン・ザ・エッヂが上場した時にも、Perl 5.8がリリースされたときにも、私はものすごい「報酬」を受け取っている。しかし、曲がりなりにも「定量的」に「観測」できるのは、現時点では2番目のそれだけ。

これってすごい違和感があるのだ。まるで可視光線でしか宇宙を観ていないような。

で、「見えない部分はpriceless」では、科学ではないのだ。詩人はそれで納得するかも知れないけど私には無理だ。

「プロ」の科学者でなくても、一度でも科学と「きちんと交わって」その快楽を知った人というのはそうなのではないだろうか?

もちろん今の科学で「計れない」ことがあるのは、「科学と寝たことがある者」であれば皆知っている。それどころか、どこまで言っても科学は「真理」に到達できないのだということも、数学的にも物理的にも知っている。不完全性定理は、証明も反証も不可能な命題があり、それどころかそういった証明不能問題の方が証明可能問題より多いことを数学そのもので証明してしまったし、不確定性定理は、この宇宙が厳密には観測できない、いや観測という行為そのものが宇宙を変えてしまうということを物理そのもので証明してしまった。

私自身、それを知った時は、一週間飯が喉を通らなかった。自分がやっていること、いや自分がそこにいることそのものが空しくなってしまったのだ。

しかし、この「真理には決してたどりつけない」ということは、「どれほど新しい定理を発見し、どれほど観測を続けたとしても、真理に近づく余地はいつでも残ってる」ということでもある。そう、科学者に失業はありえないのだ。「ヒルベルト・ホテル」に空室がありえないのと同じぐらい。

だから、私は「国家の品格」を読んだ時、藤原氏に対して少なからず憤ったのだ。「貴様、それでも数学者か!」、と(あ、これは心の声です藤原教授を「貴様」よばわりするタマはないヘタレでございます)。「惻隠」という名で思考停止を迫るのは、数学者として卑怯ではないかと。

だから、正三郎さんの経済学に対する幻滅は「わかる」と通り越して痛みすら「感じる」。

正三郎さんの幻滅は、経済学、というよりいわゆる「文系」に対する期待の裏返しだからだ。

確かに、我々が今持っている数学や電脳は、やっと「単純系」な自然科学を扱える程度なのかも知れない。より「複雑系」な経済学とかましてや文学というものを「扱う」には、道具が未熟なのかも知れない。TeXだってGrapeだって、「あの時代」だから出来たというのは確かで、Knuth杉本バベッジよりも時代運がよかったというのは確かだ。

しかし、それを言い訳にすることすらしていないではないか、というのがその痛みの根源なのだ。それどころか、「わからない」のをいいことに「科学」を食い物にしているのではないか、と。それが、正三郎さんの言うところの「立派感」の欠如なのではないか。

だから、本当はValue 2.0みたいな議論は、経済学者のみなさんにやっていただきたいのである。しかし、誰もやっていないことに手をつけずにいられないのが科学者であるのなら、私もそうなりつつあるのかも知れない。その意味で、Websphereというのは私程度の拙い科学おたくの手に届く観測装置にして議論の場でもある。

なんといっても、議論が生煮えのうちから放り込むのが許されるところがよい。これはプロの科学者には許されない贅沢である。これだからblogはやめられない。

Dan the Unpriceable Man


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2006/2/28 ゲーム紹介【提督の野望 海軍広報】at 2006年02月28日 11:52
やはり一人で読むのと輪読会するのとは違いますね。なかなか充実した夕べでありました
べき乗の法則とネット信頼通貨 輪読会の夕べ【HPO:個人的な意見 ココログ版】at 2006年02月28日 11:42
この記事へのコメント
value1.0が光だとすると
value2.0は重力みたいなものかなぁ
と妄想したりして
興味深くromしております
Posted by ほっさん at 2006年02月28日 18:58
複雑系経済学のいま
http://ramsey.econ.osaka-cu.ac.jp/~Shiozawa/fukuzatu/fukuzatukinyuu.html
経済学だって頑張ってますが。
Posted by 提督 at 2006年02月28日 09:36
> 私には、まだそれがヴェクトルなのか高次テンソルなのかすらわか
> らない。単位系すらわからない、いや、ひょっとしたら新しい数学
> 理論が必要なのかも知れないのだけれども、それが「ある」という
> ことだけは「確信」している。

ベルトランの逆説にこだわった経験からすると「自分で決めるしかない」場合もあるように思います。
http://d.hatena.ne.jp/hokuto-hei/20041210
Posted by 北斗柄 at 2006年02月28日 09:09