2006年04月15日 16:20 [Edit]

Conservative Sending and Liberal Receiving

なぜかこれを読んだ時に、Jon Postelの言葉を思い出した。

弁償するとき目が光る : 批判するのは簡単、だけど誉めるのは難しいという謎の決めつけ
「批判するのは簡単です」と簡単に言うひとがいる。 そのあとに続くのはたいてい「だけど誉めるのは難しい」という言葉だ。
Jon Postel - Wikiquote
In general, an implementation must be conservative in its sending behavior, and liberal in its receiving behavior.
[一般論として、送り手としては控えめに振る舞い、受け手としてはおおらかに振る舞うよう実装する必要がある -- 拙訳]

Jon Postelを知らない人のために解説すると、彼は「インターネットの父」として最初に名前が上がる人である。彼が亡くなった時には、多くのWebサイトが、バックグラウンドを黒にして彼に弔意を捧げた。私にはまだそれほど古い記録ではないのだが、すでにそれから7年半が経とうとしている。

上のquoteは、彼が「インターネットに接続するプログラムはどう振る舞うべきか」を述べたものである。そこで望まれるプログラムは、規格に忠実な出力をしつつも、規格から逸脱してもそれを受け入れるというもので、インターネットにおいて成功したアプリケーションはほぼすべてこの特徴を備えている。インターネットがなぜこれほど成功したかといえば、この原則があったからだろうと思う。

そしてこれはそのまま「人が人と接する際にはどう振る舞うべきか」に直訳できる。そしてこのPostel則にで「批判」と「誉める」を考察してみると、次のことが分かる。

人は誉めるべきである。人の批判は受け入れるべきである。

そして原則というのは難しいものだと皆思っている。これに沿えば確かに「批判は簡単で、誉めるのは難しい」となるようにも思える。しかし、yuki1976_2さんも指摘しているように、原則を無批判で繰り返すのは、実はLiberal Sendingとも言えることで、故に反原則的ともなりうる。

しかし、批判が実は難しいからといって、誉める事が即簡単かというとそれも違う。適切な批判は相手の反応を推し量ることが出来て始めて成立するが、この反応を推し量るという点において誉めるはさらに難しい。誉める相手のどこを誉めればいいのかというのは以外と分かりづらいからだ。例えば自分の頭脳に自身がある人の容姿を誉めたら、彼/女はむしろスネるだろう。

どちらが難しいかはさておき、誉める方が「的が小さい」のは確かだと思う。人は痛点の方が遥かに多いのだから、当然といえば当然であるし、だからこそ生きて行けるのだとも言える。稀に痛覚がない人がいるそうだが、長生き出来ないのだそうだ。快楽の追求より不快の排除の方が優先順位が高い命題なのに、不快を感知できないのだから。

弁償するとき目が光る : 批判するのは簡単、だけど誉めるのは難しいという謎の決めつけ
わたしはひとを傷つけたくはない。
傷つけようとして何かモノを書くときはない。
ひとを傷つけると自分が傷つくからだ。

これは、Postel則の前半部だが、私はPostel則に関してより重要なのは後半で、そして相互矛盾するときにどちらを優先しているかといえば後半部である。受け手としてよりLiberalであれば、送り手としてLiberalに振る舞うことが許されてしかるべきだと考えている。送り手が常にconservativeであれば、世は縮小再生産するばかりではないか。世を前に進めるのは、Liberal Sendingと、More Liberal Receivingではないのか。

私はひとを傷つけたくはない。
しかし私は人を傷つけることを恐れない。
私が傷つけた以上に人が私を傷つけることを私が受け入れるかぎり。

Dan the Liberal

追伸:最後の部分だけRephraseしました。


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... なぜかこれを読んだ時に、Jon Postelの言葉を思い出した。弁償するとき目が光る : 批判するのは簡単、だけど誉めるのは難しいという謎の決めつけ「批判するのは簡単です」と簡単に言うひとがいる。そのあとに続くのはたいてい「だけど誉める
404 Blog Not Found【人気Blogランキング[今週18位]】at 2006年04月17日 17:27
 誰かと対するとき、相手に何かを求めるのは難しい。 しかし、一般的な自分の立つ位置は決定する必要があるだろう。  悪意をもつ、と云ふ事は問題外である(対話の必要が無くなってしまう)。 善意があるときには対話が可能であるが、相手を傷つける可能性は常にある。....
2006/04/15 20:18 他人に対する自分の位置【Panics is blue.】at 2006年04月15日 20:44
この記事へのコメント
誉めることは善を判定すること。
評価の対象とした時点で「批判」したということ。
定義原理主義ではなくとも「批判」という言葉の持つ意味をあらためて考えてみるのは悪くないと思います。

それはおいたとしても、誉めるの対義語は貶すなんじゃないかと思いますが、どんなもんでしょう。
つまりこのお話って最初からねじれてないですか?
Posted by 通りすがり at 2006年04月16日 17:13
> panicsさん
> “死ぬ覚悟”がある相手の攻撃を防ぐ事は難しい
解説してもらえると嬉しい。ちょっとそうは読めない。
(ここでレスのやりとりするのが場違いなら無視してください。)
Posted by っていうか、 at 2006年04月15日 18:28
曲解、ではないのですが…。

“死ぬ覚悟”がある相手の攻撃を防ぐ事は難しい、と読むべきでは?

論理で演算すべき命題を実数で解釈するような試みは危険か、と。
Posted by panics at 2006年04月15日 18:14
死ぬ覚悟できてる奴は人殺してもいいみたいな言い草ですな
Posted by っていうか、 at 2006年04月15日 17:31