2006年05月16日 18:30 [Edit]

銀河英雄伝説と国家の品格

その組み合わせにのけぞってしまった。

長尾のブログ2.0: 教育者の品格
僕の好きなSF小説「銀河英雄伝説(通称、銀英伝)」(田中芳樹著 徳間書店 1982)の中の台詞に次のようなものがある。

ヤンに「国家の品格」を読ませたら、「著者はオリベイラ氏かい、ユリアン?」と言うんじゃないか。


僕は、日本の礎を築いた先人たちに感謝し、日本の品格を貶めたアメリカや日本の売国奴たちを憎んでいる。

この台詞こそ、ヤンが唾棄してやまない「国家ひとからげ」なのではないか。ヤンも同盟市民なら、トリューニヒトも同盟市民。ラインハルトも皇帝なら、ルドルフも皇帝。国家と個人を取り違えるほど、国家の品格を貶める行為はないのではないか。

日本にはMcCarthyもGeorge W.もいないかも知れないが、Martin Luther KingもErin Brokovichもいないではないか。少なくとも、1980年後半から90年前半に身の置き場所がなかった私が安心していられたのが合州国だった。厳密にはBerkeleyというところで、「合州国にあらず」などという人もいたが。

ただ、今の合州国に同盟末期を感じる人も結構いるかも知れない。私も含めて。

どうやら日本でも、愛国心なる言葉を教科書に盛り込むそうだ。起草者は当然『愛国連隊』に加入し、いざとなったら真っ先に敵に突進してくれるのだろうか。

一つだけ確かな事がある。

英雄を必要とする国や組織に品格はない、ということ。

銀英伝は、それをいやというほど教えてくれる。

伝説が終わり、歴史が始まるのはいつのことになるのだろう。

もっとも始まりもしない歴史が終わったとFukuyamaは言っていたが。

第二巻より。
もうすぐ戦いが始まる。ろくでもない戦いだが、それだけに勝たなくては意味がない。勝つための計算はしてあるから、無理をせず、気楽にやってくれ。かかっているものは、たかだか国家の存亡だ。個人の自由と権利に比べればたいした価値のあるものじゃない

存亡ですらこうである。ましてやたかが品格である。個人の自由と権利に比べればたいした価値のあるものじゃないことぐらい、ヤンに言われるまでもないことじゃないか。

銀英伝が20年以上前のおとぎ話というのであれば、こういう言葉を今blogで読む事ができるのは救いでもある。

激高老人のぶろぐ: 愛国者が威張った時代
お国のためにからだを鍛えた若者がいたとすれば、彼はその立派な体格のゆえに若死にしたのだ。一方「お国のために死ね」と煽った人たちのほとんどは無事に生き残った。彼らは結構「自分のために生き」ていたからである。

「愛国病」というのは、どうやら国というものが存在する限りなくならない病気のようだ。だから根気よく治療を続けるしかない。愛国病を侮ってはいけない。それで死んでいくものは未だに後をたたないのだから。 銀英伝は一家に一揃え常備しておく価値のある薬なのだけど、こういう症状の現れ方を見ると、やはり特効薬というのは存在しないのだなあということを改めて実感する。

Dan the Man that happens to be a Japanese Citizen


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この記事へのコメント
国家に品格があるとすれば、その功は国民に帰するものであるでしょう。あるいは、政治指導者(権力者でもいいが)が国民を決して、死地に送り出すことを断固拒否する決意を持ち、外交問題を軍事力で解決しようと考えない、そういう政治指導者こそ品格があり、あえて言うならば、そういう政治指導者を選ぶ国民にこそ品格があるのだと思う。国家の軍事力行使は政治的外交的あるいは民主主義の敗北に他ならないのだと、思う。
Posted by 片田舎の坊主 at 2006年09月21日 13:40
単純にもう一度国家共同体を作ろうということでは?

「分割(米派・ソ連派)し統治する」という他国の戦略から逃れるには、愛国心という舶来物(日本は明治に始まったので)を使わざるを得ない。国家という共同体が嫌なら会社でも良いし、さらに小さい物なら家族(宋族・一族)なんて言う物もある。ただし上から順に弱くなる。

だからある程度大きく強い共同体が必要である。アメリカがもうすぐ無くなるんだからその準備と言うことで。愛国心=沖縄を取り戻せぐらいの事にとどめておければいいのですが。ただ米軍が沖縄からいなくなったら、台湾有事に巻き込まれますけどね。

ヤンの台詞は、「俺は自分のしたいことをするだけの実力がある」としか聞こえない。要塞と軍事センスと戦力と補給と戦略上の優位な地域を全部もっているんだから言える強者の論理。日本は無いからインドシナまで資源を取りに行ったんだしね。
Posted by エルファシル at 2006年05月25日 05:38
「論理的に考えたらどうやっても勝てない戦争にどうして応じたの?」とイラク人に
「論理的に考えたら殉教したって無意味な自爆テロをどうしてするの?」と原理主義テロ組織に
聞くといいんじゃないか、「論理的に考えて絶対勝てる」と思えばやっていいものでないと思うが。
Posted by Null at 2006年05月22日 06:20
>教育者が「論理的に説明する必要なんてない」と宣言しちゃってますよ。
>こういうのみると、論理的に考えたらどうやっても勝てない戦争を、
>なぜ始めることができたのか?ってのが分かる気がします。

教育者があの戦争を始めたわけでは無いので、あの論理的に考えたら
勝てない戦争を始めた理由に結びつけるのは滑稽な位に的がズレてて、
開戦すると主張した人の論理では一貫性があったのではないかと。
その上で、いうなら「客観的に」とか「物量的に」とかが適当かなと。

他人を観測すれば客観的事実に立てても、自分が利害関係に巻き込まれたら
そこで何らかの自分に都合の良い思想に基づいた判断を下してしまうわけで、
愛国病を避けるという強迫観念も一種のアレルギー的病気に違いないでしょう。
愛国と言うレッテルを貼って判断する限り、論理的な判断は出来ないでしょうね。
Posted by ななし at 2006年05月22日 00:45
愛国心=国のために死ぬ,ではないでしょう.そう思ってしまうところ自体,何か刷り込まれてるものがあるんですよ.

愛国心というのは,今時の言い方をすると,年金払えってことかもしれないけど.:-)
Posted by さる at 2006年05月17日 19:11
誰かがいったように、二二六のように、国のために、政府要人を暗殺するのもありだから、愛国心だからといって、滅私奉公とはかぎりませんよ。
Posted by sima at 2006年05月17日 13:08
はじめまして。
ヤンのあの台詞は、読んだときは喝采したい台詞でしたが、今思うと違和感があります。
ヤン艦隊のメインメンバーは伊達と酔狂で生きてますので、国が無くなろうとイゼルローンに引きこもったり放浪したりして個人の自由と権利を主張し続けることができますが、普通に暮らしたい人間が求める自由や権利ってのはそんなたいそうなものではなく、圧迫されない自由と生存権程度ではないかと思います。。
国家が無くてもいいというのはやはり英雄しかできない思考なわけでして。
同盟が崩壊したときに、帝国の実権を握っているのがラインハルトで無ければ、市民は貴族による圧政に苦しんだわけですから、国家の存亡をそこまで軽視されるのはどうかと今は思っております。
ヤンが同盟の品格ではなくハイネセンの理念にこだわった点は今でも大好きなのですが。
長々と失礼致しました。
Posted by うぇあ at 2006年05月17日 10:53
個人の自由と権利が大事なのはその通り。
ただ、負けていいとも、無防備宣言をして無抵抗に殺されろとも言っていない。
日本人の自由と権利は、日本という国があるから保障されている。
もし、中国や朝鮮に占領された場合、たとえ生き残ってもこれまでのような生活が出来る保障はない。
外国への移動も制限されるだろう。現在日本人が多くの国でビザなしで入れるのは帰る国があるから。現地の人の暮らしを脅かす恐れのある難民は簡単には受け入れてもらえないから。
Posted by sora at 2006年05月17日 08:14
『国家の品格』の著者、『藤原正彦さん』て、
テレビでお話を聞く限りでは、
あんまり『品格』のある話し方ではないような。
>銀英伝みたいな作品が喜んで迎えられる時代
今でも、田中芳樹は、新刊が出れば売れる作家だと思いますが…
(新刊がちゃんと出れば…)

でも、たしかに自分の価値観が認められないと、
簡単に逆ギレする人が多いんですかね、『右の方』も『左の方』も。
Posted by naga at 2006年05月17日 01:19
ちょうど昨日、長尾さんの該当記事を読んで鬱になってたところ。銀英伝のヤンのことばを引き直してくれてありがとう。そうでしたね。そういう話でしたよね。

銀英伝みたいな作品が喜んで迎えられる時代にオタクやっててよかったです。きっと今だったら売れないんだろうな…。
Posted by Bar at 2006年05月16日 21:23
>論理的に説明する必要なんてない、本当に重要なことは親や教師が価値観を一方的に押しつけるべきだ、と言っているのである
>にも関わらず、「それは意味があるのか」などと質問してくる連中に理屈で応じる必要などないのだ。

教育者が「論理的に説明する必要なんてない」と宣言しちゃってますよ。
こういうのみると、論理的に考えたらどうやっても勝てない戦争を、なぜ始めることができたのか?ってのが分かる気がします。理屈で応じる必要などない!って言っとけば済んじゃうんだから。
Posted by    at 2006年05月16日 20:42
 リンク先の文章を読んで驚きました。銀河英雄伝説も、やはり読む人によっては大変「ユニーク」な読み方をされるのですね。なるほど、確かに特効薬は存在しないようです。とりあえず、田中芳樹氏にあの文章を読んでいただき、コメントしていただきたいです。

 しかし、初めてあの小説を読んだときには、まさか本当に小トリューニヒトみたいなのがここまででかい面する時代が来るとは思いませんでした。
Posted by 寝太郎 at 2006年05月16日 19:46