2006年06月25日 06:30 [Edit]

日本が将棋を指す日は来るのか?

404 Blog Not Found:若者孝行、したい時には若者はなし
長くなったので続きは次のEntryで。

の続き。

My Life Between Silicon Valley and Japan - 若い人が自由な発想で挑戦できる風土、その挑戦が称賛される社会
「若い人が自由な発想で挑戦できる風土、その挑戦が称賛される社会」に、日本がゆっくりとでも変化すればいいと思うが、まだまだ時間がかかるのだろう。そういう風通しのよい社会が実現され、若い人たちの閉塞感が少しでも払拭されるよう、できることを少しずつでも、やっていきたいと思う。

日本の将棋を独特なものにしているのは、なんといっても取った駒が使えるという点だ。これは実にユニークで、また将棋をチェスよりも一段難しいものにしている理由の一つだ(もう二つは、盤面の広さと駒の弱さ)。

もし仮に、片方がチェスのように取った駒を持ち駒に出来ない、いわば「持ち駒落ち」の状態でプレイしたら、大駒落ちよりも辛い戦いが強いられるのではないか?

なぜ合州国が戦後一人勝ちになったかといえば、大国の中ではアメリカだけが将棋ルールを適用できたということが最大の要因なのではないだろうか?

もちろん合州国以上に移民がやさしい国もあるが、合州国ほど大きな市場を持っていなかった。その国で「勝って」も、世界で勝ったことにはならなかったのだ。実際オーストラリアは今や合州国以上に移民に寛大な国で、そして移民による国力増大著しい国でもあったが、その一方でOlivia Newton JohnやMel GibsonからRupert Murdochまで、「世界の田舎」ある故にタレントを合州国に取られるという立場にも甘んじてきた。カナダもその点は少し似ている。

人の持ち駒を自分のものに出来るというのは、本当に凄いルールなのだ。なぜ将棋の国がそれをやらないのか、私には不思議でならない。

いや、大相撲を見ればやっているじゃないか、という意見もある。そう、確かに大相撲はこの国が移民に対して以外と好意的になるかも知れないという良い兆候ではある。しかし「斜陽産業に限って」というやり方では遅すぎる。なにしろ今後は全世代が秋の日のごとく斜陽化するのだから。

まずもって、出生率を上げることによって日本の国力を維持するという考えは、捨てた方がいい。欧州があれだけ手厚い保護をしても、1.8ぐらいにしかならないのだ。必要な出生率は2.1以上であり、これはもうどう見てもムリだろう。もちろん出生率を上げる、というより親になることに対する負荷を下げるという工夫は国力うんぬん以前に福祉としてなされるべきだが、それは別問題として切り離した方がよい。

「世界のあちこちに『小日本』を作って、結果として『日本』がよくなればいい」という意見もありうるし、私も賛成したいのだが、これだと折角の日本の高密度インフラが浮いてしまう。

日本のインフラのキャパシティは、ざっくり見積もって1億3500万人分ぐらいある。そう。すでに1000万人分浮いているのである。都内のマンションも、ここ10年でずいぶんと広くなった。さすがに200平米というのは稀だが、今や100平米も珍しくなく、80平米も普通だ。地下鉄に乗れば、ラッシュアワーを除けばほとんどの時間座ることが出来る。一極集中が進んだ東京ですらこうだ。他は推して知るべしなのではないか。

例えば一人当たりGDPが1000ドルの地域に、一人当たり10000ドルに見合った見合ったインフラを用意するのと、すでにインフラがあるところに一人当たりGDPが1000ドルの人々を移民させるのと、どちらがコストが安く そして「地球にやさしい」かは明らかだろう。

日本が将棋を指し始めるのは、日本だけではなく世界にとってもいいことなのである。

もちろん、山のような軋轢が出ることは間違いない。短期的に一番割を食うのは若者かも知れない。しかし長い目で見て、若者の権力(あえて政治力と言わずにこういう)を保持する唯一の方法はこれではないか。

「自由な発想で挑戦できる」には、実は同世代間競争が欠かせない。なぜシリコンバレーに世界中の才能が魅せられるかといえば、まさにそれがある--少なくともかつてはあった--からだ。

もちろんこうした「競争」は、ネットの世界でもある程度は出来るのだろう。しかし、ネットに投影できる感覚は、今のところ視覚と聴覚しかない。それも入力の方はそこそこでも出力となるとさらに貧弱だ。キーボード以降の入力装置と来たら、マウスとトラックパッドぐらいではないか(あ、十字コントローラーもそうか)。血が沸くような競争を感じるには、IT分野を除けばやはり貧弱すぎるのだ。皮肉にも、IT業界の東京一局集中がそれを如実に示している。なぜはてなは京都から「上京」せねばならなかったのだろうか?

日本語や日本文化が移民には難しすぎるというのは嘘っぱちである。現に日本最大のSNSを作ったCTOは日本人ではないではないか。ごく少数だが、移民が国会議員になるということも実現している。

このまま日本が縮小再生産していくか、それとも真に再浮上するのかは、真の意味で日本を開国できるかどうかにかかっているのではないか。そう。それもこの10年で。

それにしても日本における移民を扱った本が、依光氏の手によるものぐらいしか無いのには嘆息する。日本人が他国に移民した/する方に関してはいくらでもあるのに。

Dan the Accidental Japanese


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 チャラチャラッチャチャッチャーン♪ ●中の人がレベルアップしたっ!! ●・・・能力値を上げてください。
アンチラッキー【中村情苦の『絶対不幸進行中』】at 2006年06月26日 06:34
このエントリは小飼弾氏の「日本が将棋を指す日は来るのか?」にコメントとして一度書いたものです。長くなりましたのでTBにします。 ------------------------------------------------------------------------ こんにちは。 私も賛成なのですが、実際の人間を...
小飼弾氏の書評「日本が将棋を指す日は来るのか?」にTB【明日は明日のホラを吹く-Tomorrow, I'll give you another big talk-】at 2006年06月25日 13:18
  日本が将棋を指す日は来るのか? 日本のインフラのキャパシティは、ざっくり見積もって1億3500万人分ぐらいある。そう。すでに1000万人分浮いているのである。 そうなんですよね。せっかく国債乱発して、土建国家として作ったインフラを  有効活用しないともったい...
インフラの有効活用【ひろのきまぐれ日記】at 2006年06月25日 13:12
この記事へのコメント
ここのブログシステムショボイよね。
Posted by ここいつもそうだよ at 2006年06月25日 21:10
すみません。リロードしてもポストが反映さなかったもので2回ポストしてしまいました。
Posted by 北斗柄 at 2006年06月25日 12:35
>片方がチェスのように取った駒を持ち駒に出来ない、
>いわば「持ち駒落ち」

これは「取り捨て」というのではないでしょうか。
Posted by 北斗柄 at 2006年06月25日 12:06
>片方がチェスのように取った駒を持ち駒に出来ない、
>いわば「持ち駒落ち」の状態
これは「取り捨て」というのではなかったですか。
Posted by 北斗柄 at 2006年06月25日 12:03
>今や100平米も珍しくなく、80平米も普通だ。地下鉄に乗れば、
>ラッシュアワーを除けばほとんどの時間座ることが出来る。
弾さん、これって良いことでしょ。違う?電車にゆっくり座れて、広い部屋に住める。これ私は嬉しいんだけどな。かつてワーカホリックが兎小屋に住むと揶揄されたのを思えば、私なんか感慨ひとしおですよ。小子化は悪い面ばかりではありません。新規の労働力の供給が減れば、価格は上昇する。だから、実際、若者の雇用は新卒を中心に改善が見られつつある。「経済規模のわりには貧しい生活」に甘んじるのか、「経済規模のわりには豊かな生活」を享受するのか。何をもって「豊かな社会」とするのか。量的拡大だけが「解答」なのか。どうか。
Posted by Jeremy at 2006年06月25日 11:05
>人の持ち駒を自分のものに出来るというのは、本当に凄いルールなのだ。なぜ将棋の国がそれをやらないのか、私には不思議でならない。
元々琉球王国という「外国」だった沖縄県と、その文化や出身者を思い起こしていただければ。
Posted by okinawan at 2006年06月25日 09:52