その原著が3冊まとめて来たのが昨晩。先ほどマッサージチェアで身をよじりながら眺め終わったのがこれ。

404 Blog Not Found:フェルマーのなぞなぞ
原著はまだ読んでいないのでSinghの論評は保留するが

結論から言うと、Simon Singhはただものではなかった。

まずすごいのが、表現の簡潔さ。The Road to Realityでさえ、高卒程度の英語が必要なのだけど、これ、高校の英語の教科書に使えるぐらい平易。まるでLongmanのDefining Wordsを意識して書いたのではないかと思うほど。

次に、きちんと科学的であること。天動説と地動説(英語では逆にGeocentric/Heliocentricという具合に、中心になるものが語幹。Singhはさらに"Earth-Centered Model", "Sun-Centered Model"と言い直している)の違いを、単に「天動説が間違っている」ではなくて、いろいろな事実に関して、「地動説ではこう説明している」「天動説ではこう説明している」という具合に、比較表を作りそれにチェックを入れるというやり方をとっている。この比較表がまた素晴らしい。その上、各章の終わりには、Singh自身による手書きのノートがあって、ノートの取り方まで学べてしまう。

そして何より、科学が描けている。我々は、科学者をその成果と、そしていくばくかのエピソードでしか知らないが、当然だが彼らもまた人間であるという当たり前の事実を、Singhほど生き生きと描く作家はいないのではないか。高校どころか中学の教科書といってもよい本書をNature(!)やThe Economistがレビューしている理由もそこだと思う。

しかしそれと同時に、本書は欲求不満がたまる本でもある。宇宙論を中心に扱うあまり、素粒子論があまりに端に追いやられているのである。本書には、「極小」物理学者は、「極大」物理学者を描く際の背景としてのみ登場する。PlanckやBohrのクラスですらそうである。HeisenbergやSchrödinger に至っては名前さえ出てこない。No Neutrino, No Quark, No Way!である。

しかし、最終章のしめ方は、「次は素粒子?」ということを充分以上ににおわせる終わりかたで、「これでまた一人名前買いする作家が増えたか」と思いきや、こんなショッキングな発言が巻末に!

PS.6
In an interview a few years ago you mentioned that Big Bang would be your last book. Is that still the case?
Bearing in mind the answer to my last question, this is a tough one to answer, but I do indeed think that this is likely to be my last major book.
[...]

な、なんだってーっ

これじゃ蛇の生殺しだよ。さんざんねぶってくぢってヤラせないようなもんだよ。そりゃないっすよSingh先生!私たちこれからいいところじゃないっすか。やっぱ極大の次は極小が局所ってもんでしょぉおお。

日本の読者には、日本人の物理学者がいっさい出てこないところも難点か。湯川も朝永も小柴も出てきません。Schrödingerすら出てこないことを考えれば仕方がないかなってところはあるけど、インフレーションがらみでAlan Guthが出てくるのに佐藤勝彦が出てこないのはいかがなものか。

しかし、これらの欠点が地球近傍のアインシュタイン力学とニュートン力学の誤差に見えるほどの傑作です。科学だけではなく英作文も学びたい全ての人、必携です。

Dan the Insatiable Fan Thereof

追記[2006.10.11]

[を] 「ビッグバン宇宙論」は読むべし
「宇宙論マニアからみればあたりまえのことしか書いてない!」
と某ブロガー氏が嘆いていましたが、
私も含めマニアでない人は非常に楽しめます。

こんなことを言っているからニセ科学がはびこるのだ。

「どう言うのか」は、時に「何を言うのか」以上に大切だということがわからないのだろうか。