2006年07月31日 18:00 [Edit]

Homo Ikiataribattus - 書評 - 人体 失敗の進化史

志村さんに先を越されてしまった。

志村建世のブログ: 「人体 失敗の進化史」と女性の生理
「人体 失敗の進化史」(遠藤秀紀・光文社新書)という、とびきり面白い本を読みました。筆者は遺体解剖を天職とする獣医学者でが、人間とはどのような生物であるのかを、進化の歴史を踏まえて、じつに興味深く説明してくれています。

私は遠藤節の大ファンで、すでに

と二度も書評していることもあるのだけど、本書も一entryを書評に割くだけの価値がある。

今まで独自の視点で動物、特にほ乳類の解剖に取り組んできた筆者が、ヒトそのものにメスを入れる。これだけで面白くないはずがない。ヒトもまた行き当たりばったりな進化の産物に過ぎない。そのことを遠藤先生はあの遠藤節を駆使してヴィヴィッドに説明してくれる。

強いて難点を言えば、進化のイキアタリバッタリズムの紹介が遠藤先生の得意分野の解剖学に限定されていることか。生理学、遺伝学の行き当たりばったりぶりも勝るとも劣らないので、こちらの方も専門家でないなりに紹介しておいて欲しかった。

しかし、ヒトが進化の失敗作、というのは少し言い過ぎだと思う。ヒトの進化そのものに特別なところがないとしたら、ヒトと同じぐらい他だって「できそこない」ということになるからだ。

確かに直立二足歩行は、我々に大きな脳と器用な手を与える一方、腰痛や痔やその他もろもろの欠点も与えている。特にヤヴァいのは、我々の脳が、意伝子の乗り物として機能しはじめたことだろう。我々は遺伝子(gene)の乗り物であると同時に意伝子(meme)の乗り物であり、魂と肉の間の相反に毎日のようにさいなまれる。本blogも、正確には弾の魂が書いたものであり、酷使される手と目と腰にはいい面の皮なのかも知れない。

しかし、進化の歴史はまた、行き当たりばったりでもそれが死ぬほどの欠点でなければなんとか折り合いを付けることが出来ることも示している。耳小骨が必要ならあごから捻出し、左右対称が失われてもそれが内蔵であれば外からは見えず、また本書には出てこないがアスコルビン酸(Vitamin C)を合成できなくったって果物を食えればそれで事足りる。私は月経が何であるのか、遠藤先生と同じくわからないけれど、それが「死ぬほどの欠点」でないことは、女性達が証明してくれている。

「失敗作」と悲観するより、「これだけいきあたりばったりでも40億年保ってきた」ということにこそ、私は注目したい。

とはいえ、「意伝子の挑戦」は確かに生物史では未曾有の事態でもある。ご存じのとおり、遺伝機構というのは、生物の中で最も多様性が欠如している部分だ。DNA-RNA-タンパク質ロジックは、他を駆逐してしまったのだ。それどころかコドン表は核であればどれも同じで、ミトコンドリアと葉緑素の「方言」も大差はない。

意伝子には、これを初めて覆す力--乗り物を自由に選んで乗り換える力--が秘められている。

おそらく次の人類進化は、この意伝子の乗り換えが自在になった時、意伝子によって進められるのではないか。その時に、ディアスポラの肉滅のように、遺伝子の乗り物としてのヒトは滅亡するかも知れない。その時もなお「意伝子の乗り物」が繁栄しているのであれば、ヒトはその役目を立派に果たしたと言えるのではないか。

そうそう。余生をたのしむというのもまた、ヒトの思いがけない機能だ。おまけであれなんであれ、立ってるものはヒトでも使うのが進化の産物としてのたしなみならば、そのことそのものに引け目を感じる必要はないだろう。

しかし、「死」もまた進化の大発明であれば、自分の余生と自分の子孫の「今生」とどちらを優先させるべきかは、いうまでもない。

Dan the Vehicle Thereof


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この記事へのコメント
早速のTBを、恐れ入りました。引用していただいたので、一つ脱字があったのに気がつきました。お恥ずかしいことです。この本については、人間とは何かを考える絶好の手がかりとして、今後長く考えて行きたいと思います。今後ともよろしく。ご健筆を楽しみにしております。
Posted by 志村建世 at 2006年07月31日 18:19