2006年08月02日 15:00 [Edit]

日の丸が親方である限り

禿同なのだが、なぜそうなったのかの考察も欲しい。

池田信夫 blog:消えた国策プロジェクト
私は、政府が科学技術に資金援助することがすべて悪だとは思わない。他ならぬインターネットも、国防総省とNSFの予算でできたものだ。しかしNSFでは毎年プロジェクト評価を行い、不合格のプロジェクトには援助が打ち切られる。先日もいった政府調達手続きとともに、官民プロジェクトの事後評価も徹底的に見直すべきである。

というわけで、私なりに考えてみた。

なぜ、日本の国家プロジェクトにおいては、失敗が肥やしにならないか、を。


たどり着いた結論は、以下のとおり。

我々有権者が、政府を顧みないから。

政府の失敗を顧みるのは誰か?

民主主義国においては、「失敗の所有者」は国民である。そこにおける役人は、国民の代理人に過ぎない。政府の失敗は、国民の失敗なのである。

しかし、日本の有権者は、「国の失敗」を「自分たちの失敗」と見なしているだろうか?

明らかに、見なしていない。

我々は国の失敗を糾弾する。それに関わった役人の失敗を糾弾する。しかしその「失敗録」の開示は、それほど求めないし、また開示されてもそれは糾弾の材料にはされても反省の材料にはされない。

そういう状況で、あなたが役人になったらどうするだろうか?

失敗を公開しようとするだろうか?

なるべく失敗そのものを避けるのではないだろうか。失敗しても、なるべくそのことを知らせないようにするのではないだろうか。公開が避けられない時にも、自分の関与を低く見せるのではないだろうか。

もちろん、失敗を隠蔽しようとするのは、日本だけの特徴ではない。誰にでも見られる特徴であるし、よって個人の集団からなる組織の特徴でもある。

しかし、本能どおりに失敗の隠蔽を続けているのと、本能に逆らってでも失敗を公開するのと、どちらが長期的に利益になったかといえば、言うまでもなく後者だ。だから、組織を設計する際には、いかに上手にこの本能に逆らうのかに気を配る必要がある。

しかし日本においては、「自然」というのは「善」ということになっている。組織もまた「自然体」がよいとされる。この「自然体」への「信仰」がある限り、役人たちの小さな親切の積み上げが、国家に対する大きなお世話になるのは避けられないのではないか。

「罪を憎んで人を憎まず」というのは、自然体のようでいてその対局にある。自然体は、「役人を憎んで失敗を憎まず」というところにある以上、まず我々の「自然体」が「理想」からかけ離れているという事実をきちんと認識しなければならないだろう。

さすればどうするか?

もっと「国家の失敗」が「自らの失敗」と感じられるようにシステムを設計すればいい。シグマプロジェクトがつぶれたところで、関係者以外の国民は痛みを感じられないではないか。「何百億円をどぶに捨てた」ところで、それが自分のふところに響いたと感じている人がどれくらいいるのだろう。

例えば、プロジェクトが懸賞によってなされ、そしてその「決戦投票」が国民の手によってなされたとしたらどうだろう?もし失敗したら、もっとそれを「自分の失敗」として感じることが出来るのではないか?なにしろ決めたのはあなたである。当然失敗録の公開ももっときちんとなされるだろう。「オリエント急行殺人事件」のように全員グルという可能性も捨てきれないが、「有権者」が十数人ならとにかく、何桁もオーダーが高ければその可能性は極めて低くなるだろう。

懸賞方式はまた、予算の固定化という点でも有効だ。入札は「同じことの中で最も安い手段」を選ぶのには向いていても、「同じ金額で最も効用の高い手段」、すなわち新規開発には不向きだ。しかし、その手段の選択を役人に任せていては、失敗した時は役人の責任になってしまう。有権者自らに選ばせるべきなのではないだろうか?

国家の失敗はあなたとわたしの失敗であり、だから失敗の貴重な経験もあなたとわたしのものなのである。

まずはそこからなのではないだろうか。

Dan the Taxpayer

追記:

On Off and Beyond: シリコンバレーIT業界転職率
確かに、
「当たるかどうかわからんこの開発をこの先10年やれ。失敗したらキャリア一巻の終わり。」
といわれたら結構びびりますよね。でも、
「とりあえず1-2年やって、ダメだったらその間に得た経験で、より優れた競合に転職できる。」

国家による開発において、前者を後者に転換することに問題はあるのだろうか?


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Google Scholarの到来と日の丸検索エンジンの憂鬱【kakihara blog】at 2006年08月07日 22:02
あとで読むWebサイト。 ほんと多すぎ。。...
あとで読む【ビキニ★プロ】at 2006年08月03日 13:33
この記事へのコメント
全国の政府調達情報(一般競争入札)を公開
Posted by 政府調達情報 at 2009年03月03日 10:13
試行錯誤というプロセスを共有できれば、それはそれで価値があるかと思います。All or Nothingではなく、試行錯誤の積み重ね。
http://blog.miraclelinux.com/yume/2006/08/post_82a3.html
Posted by hyoshiok at 2006年08月08日 10:02
今の日本人が民主主義にむいてないってのがよくわかる。
Posted by fs at 2006年08月03日 23:50
でも,この論旨って結局は直接民主主義のことを言っているのにすぎないのでは?直接,間接の優劣を議論するのではなく,施策の効率を上げるためにはどうするのか?ということを考える上では,もうちょっと練る必要があると思う.
Posted by sakurada at 2006年08月02日 23:07
たしかに我々が責任や原因を追究しない限り、そのままですね。

職場で官の仕事にかかわっているところがありますが、お金の使い方や資料に妙にこだわったり。なんかずれてます。

それもこちら側の問題かぁ。。
Posted by ひろ at 2006年08月02日 21:51
のぞみは、火星を周回出来なかったけど、署名をリトグラフに刻んで支持を明確にし、はやぶさは息も絶え絶えだけど、同情を集めている。じっさい、署名活動はいろいろあるけど、宇宙科学の分野ではシガラミの町内会名簿のコピーみたいなものはないな。
Posted by pongchang at 2006年08月02日 18:30