2006年08月11日 17:30 [Edit]

"Crowds"は「みんな」じゃない - 書評 - 「みんなの意見」は案外正しい

両方読んでみてはっきりわかった。


「みんな」と"Crowds"は似て非なる概念であることに。


面白いことに、"The Wisdom of Crowds"の直訳、「群衆の叡智」というのはかなりいい線をついている。ポイントは、それが「群衆」、すなわち「群れている」だけの「衆」であることだ。

これは、実は「みんな」とはだいぶ違う概念だ。「みんな」と我々が言う場合、そこに「みんなの敵」は入らない。我々が指す「みんな」は単に「群れている」だけではなく、「ある程度共通の思考や指向を持つ」ということを暗示している。すなわち、「同志」だ。

原著でも訳書でもどちらを読んでもはっきりと伝わるのは、「群衆の叡智」の反対が「同志の愚鈍」だということ。そう。同じ群れでも、それが「同志」であっては叡智の精度が落ちてしまうのだ。

例えば本書が取り上げた「群衆の叡智」の例である株式市場は、かならず「敵」が存在している。「みんな」が売るときに「敵」が買い、「みんな」が買うときに「敵」が売るから、取引が成立するのだ。市場がなぜ賢くなるか?参加者が「同志」にならないことが制度的に担保されているからだ。

本書が良心的なのは、本書には「群衆の叡智」だけではなく、「同志の愚鈍」の例がそれ以上に載っている事だ。LTCMがなぜこけたのか?それはLTCMが「同志の市場」、すなわち国債、それもプレイヤーの少ない国債で勝負していたからだ。またLTCM自身も「ドリームチーム」という「同志中の同志」による集団(company)だった。

「群衆の叡智」は、「衆」の多様性が高ければ高いほど強くなる。著者は指摘していないが、これは物理現象を統計処理した人ならすぐわかることだ。ノイズが多ければ、時間積分してノイズを濾すことが出来るが、しかし観測装置にクセがあっては正しい結果は得られない。このクセを殺すためにも、「アンテナ」は離れていれば離れているほどよい。

「『みんなの意見』は案外正しい」というのは、アイキャッチャーとしては素晴らしいタイトルだ。実際翻訳もすこぶるわかりやすく、かつ"crowd(s)"を「みんな」とした以外の「超訳」も見られない。しかし「群衆」を「みんな」としたのは、失礼ながら著者への侮辱にも等しく、「案外」という言葉がそれに輪をかけている。「正しい意見」は、「みんな」ではない「群衆」が、「案」じないで集めた意見なのだから。

もう一つ不可解な点がある。原著には、巻末に22ページにも渡る"notes"、註がある。これが訳書でそっくり抜け落ちているのだ。ほとんどは原典への参照、bibliographyなのだが、これは訳さないでas-isで載せてでもはしょっては行けない部分なのではないだろうか。

そういうわけで、本書を読む人は、なるべく原著を読んで欲しい。英語に自身のない人も、訳書だけではない原著も手に入れて、あくまで訳書は参考書として読んで欲しい。実際、訳は不正確でなくわかりやすいが退屈である。最終章の最後の一行を見比べて欲しい。

訳書
民主主義の下に生まれたみんなの意見に集団の知恵が現れないこともある。けれど、民主的にみんなの意見を聞くということに集団の知恵が現れているのである。
原著
The decisions that democracies make may not demonstrate the wisdom of crowd. The decision to make them democratically does.

原著の方は、名著の最後を締めくくるにふさわしい名文だが、日本語の方はどうだろう。直球訳に、

民主主義にゆだねられた決定が、群衆の叡智を反映するとは限らない。群衆の叡智を反映するのは、群衆を民主主義にゆだねるという決定そのものなのである。

の方がまだいいと思う。極論してしまえば"crowd(s)"を「みんな」にした時点でダメである。

それにしても、「『みんなの意見』は案外正しい」とは、「みんな」で付けた題名だろうか。だとしたら、この題名そのものが「同志の愚鈍」の格好の例である。

Dan the Man in the Crowds


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この記事へのコメント
みんなで同じ本を読んで安心したい、そんな人に売りつけたいのだから「みんな」という訳語にするのは正鵠を射ているように思います。むしろ売る側からすれば、『「みんなの意見」は案外正しい』という、売れそうなタイトルをつけられるということがこの本の肝であって、内容はどうでもいいのでしょう。
Posted by wednesday at 2006年08月17日 11:30
oedさん、
Typo指摘ありがとうございます。直しました。
拙blogも群衆の叡智で運営されております:)
Dan the Typo Generator
Posted by at 2006年08月12日 05:14
同志が国家的に使われているのは、中国、北朝鮮、旧ソ連。
「みんなそうしている」が決まり文句なのが日本。
Posted by 佐藤秀 at 2006年08月11日 23:42
そうね。
2ちゃんが群集になったときは、叡智がこぼれおちるけど、
二つあるいはこれ以上の同志で言い争っている場合は、弊害ばかりが目立つね。
Posted by noneco at 2006年08月11日 21:52
いわゆる『集団浅慮』group thinkも、「同志の愚鈍」でしょうね。
Posted by 大西宏 at 2006年08月11日 19:49
バラバラとすいません。
LCTM→LTCM(=Long Term Capital Management)
# LTCMの存在自体、つい先日知った世間知らずな私
Posted by oed at 2006年08月11日 19:06
叡智の制度→叡智の精度
かな?
Posted by oed at 2006年08月11日 19:02