2006年09月25日 14:00 [Edit]

To invent the future is mashup the history

書き込みの量から見れば、中島さん以上に私はCGMにはまっていると言えるのだが、それだけに「創作」という言葉をこれほど楽観的に使うのには抵抗がある。

Life is beautiful: 21世紀のルネッサンス、今までになく人類の創作意欲を刺激するCGMサービス
この手のCGM型のサービスは、単に作品の発表や共有を簡単にするだけでなく、ものすごく人間の創作意欲を刺激する。自分が作ったものをその場ですぐに公開でき、それに対するフィードバックをすぐに受けることができる。これにまさる刺激はない。

サルマネとゴミが増えているという反論は、確かにありうるのだから。


「創造的」と評価の高いGoogleの社員たちでさえ、Alan Kayにかかればこの通りだ。

後藤貴子の米国ハイテク事情
 私はGoogleの社員に、「エンゲルバートを知っているか」と聞いたことがある。「ええ。マウスを発明した人でしょ」。「彼がしたことは?」「さあ。なんでそんなことを知りたがるんです?」

 彼らは何でも見つけることができる会社にいるのに、学ぶ気がまるでなかった。エンゲルバートと打ち込めば最初のエントリーで彼が書いた75の論文を手に入れられる。3つめでデモが見られる。なのに、コンピュータ分野の最重要人物の一人だった人物に関して、彼らはなぜそんなに知りたがらないのか。この関心の無さはポップカルチャーの関心の無さだ。言い換えると彼らは過去のことすべてに関心が持てないのだ。

その結果、実は我々が「創造」したと思い込んでることの多くは、実は「再発明」に過ぎなかったりする。我々はWeb 2.0 (まあそれが何かはさておき)の革新の速度に目をまわしつつも、しかし見る人が見ればその根底を成す概念、原理、技術がそれほど新しいものではないことに薄々気がついている。

「成分解析」すればほとんどが「マッシュアップ」に過ぎないCGMの「コンテンツ」をもって、それを「創作」と呼ぶことは、「クラシック」な人々にはシラジラシック聞こえるに違いない。いや、私自身そういう負い目を感じる。

しかし、たとえ我々の所行の万に一、億に一、兆に一しか本当の「創作」がないのだとしても、私としては現在の方向性を支持したい。それは「創造」はマネとゴミの中でしか咲かない花だからだ。そして過去の蓄積が溜まる一方である以上、マネ率が上がることはやむを得ず、参加者が増えている以上はゴミ率も上がらざるを得ないのだ。

実は「ポップ」な創造を批判しつつも、参加者が増えることそのものに関してはKayも支持しているのだ。

後藤貴子の米国ハイテク事情
500年前のヨーロッパでは識字率は1%だった。当時と今の違いは絶大だ。多くの人が、誰もが読めるようになるとは思わず、遺伝だとかを理由にあげた。読む能力が、人を違う種類の思想家にした。

そして彼自身の業績も、いかにこの1%を"5%"にするかということに費やされてきた。「Smalltalkが死んだ」と父が言ったとしても、それが「犬死」とはほどとおいことに異論の余地はない。

だから、CGMによる「創作爆発」を私は違和感を持ちつつ歓迎している。たとえそのほとんどが、過去の創作のつぎはぎに過ぎないホワイトノイズだとしても。実際塵芥の中から財宝を見つける技術も、塵芥の増え方と負けず劣らず進んでいるではないか。いや、むしろ「創作行為」そのものではなく、「作品鑑定」に「創造力」を発揮して成功したのがGoogleだとしたら、Googlersの紺屋の白袴も納得するところである。彼らはEngelbertが誰なのかを知りたがってはいないが、それをいざ知りたくなったときに、すぐ知ることが出来るようにすることには興味があるのだから。

それを言ってもなお、我々がWeb上でやっている行為を「創造」と呼ぶことに抵抗があるのは、私がオールドタイプである証拠かも知れない。しかし、「それ」をもっとポップにカジュアルにやりたいからこそ、もっとポップでカジュアルな言葉が欲しい。「創造」というのはあまりにクラッシックな言葉なのだ。かといってmashupというのはチープすぎる。なんかいい言葉はないだろうか....

「ハック」かな、やっぱ。

Dan the Creative Creature


この記事へのトラックバックURL

この記事へのコメント
一行目ですが、
× 書き込みの量をから見れば、
○ 書き込みの量(を|から)見れば、
でしょうか?
不勉強で日本語として正しいほうがわかりませんが。
Posted by ぜんがめ at 2006年09月25日 15:29
「醸造」。
米や葡萄、その他の原料がその人の育てたものでなくとも、日本酒やワインを作ることのみで大きな価値があると信じます。
Posted by さい at 2006年09月25日 15:12