2006年10月19日 10:25 [Edit]

夢と魅惑の全体主義

このテーマに関しては、何と言っても本書がお薦め。

旧ソビエト連邦の変わった建物あれこれ - GIGAZINE
他にも旧ソビエト連邦時代に作られた建物には変わったものがたくさんあります。

本書のタイトル「夢と魅惑の全体主義」というのは、全体主義が成した建築のことである。全体主義そのものが夢と魅惑にあふれているという意味ではない。まあネット語で「ツリ」といったところである。本書は、建築を通してファシズム史を考察してみようという試みなのでそのあたりは誤解なきように。

目次は以下のとおり。

  1. ファシズムは強く、そして新しく
  2. ベルリンを南北につらぬいて
  3. かがやく第三帝国
  4. 建築家と独裁者
  5. スターリンとフルシチョフ
  6. モスクワから東京へ
  7. 東京にバラックを
  8. 紀元は二千六百年
  9. 広島に大東亜共栄圏の影を見る
  10. 城と寺の瓦屋根
  11. 大連から新京へ
  12. 蒋介石から毛沢東へいたるまで

なんとなくフルそうに見えながら、実は本書はTimebook Townで著者が「電子連載」していたものを書籍化したものだ。このあたりの事情も面白い。

本書は一見変わり種である。しかしそれは本書の扱う範囲が近代史で、そして近代史においては資料がたくさん残っていることもあって建築を歴史資料として見る余裕がないことも大きい。著者の井上章一氏が指摘しているように、古墳時代を見ればわかるとおり、建築というのは歴史を知る上では一次資料にして一級資料である。まだその時代の記憶が「歴史化」していないうちに、文字によるアノテーションがなされていた方がいいに決まっている。

「現代人」の我々は、「夢と魅惑の全体主義」と聞くと「んなバカな」と思うほど全体主義を嫌っている。しかしもし現代の文字記録が存在しないとして、建物だけ残ったとしたら、後世の人々はどう判断するだろうか。例えばピラミッド一つとっても、「あれは奴隷労働の結果だ」「いやそうではない」という議論がまだある。議論の余地が残っているのは当時の「フツーの人」の記録が存在しないからだ。あるのはVIPに近い立場の人々によって書かれたVIPの記録のみ。

実は「フツーの人の言葉」がフツーに歴史に残るようになったのは、ごく最近の出来事に過ぎない。その意味ではblogというのも将来は間違いなく第一級の歴史資料となるのかも知れない。

そんな面白い本書も、難点がなくもない。一つはそのボリューム。420ページ、1300円というのは普通の新書の倍である。しかし、建築の本は本来はもっと大型で高い。ほとんど写真集と一緒である。その点を考えれば本書はむしろバーゲンである。

むしろ問題は、これだけの大著なのに参考文献欄がないこと。それが本書を読むにとどまらず「使う」ことを難しくしている。「新書は読み捨て」ということであればそれは難点ではないかも知れないが、最近は時代を象徴する本が新書の形で出版されることも珍しくないことを考慮すれば、各編集部にはもっとメタデータの充実に力を入れて欲しいと切に願う。特に文春新書編集部には。

もっとも、本書は「こむずかしい」本では決してない。本書を通してベルリンやモスクワや帝都だった頃の東京を物見遊山するだけで元は取れる。建物が好きな方は、是非。

Dan the Site Builder


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この記事へのコメント
ポラロイドさん、
おかげで一時的な間違いですみました。ありがとうございます。
Dan the Typo Generator
Posted by at 2006年10月21日 08:23
「一時資料」ではなく、「一次資料」でしょうか?

この本も面白そうですね。さっそく買ってみます。
Posted by ポラロイド at 2006年10月21日 03:01
GIGAZINEにコメント欄なさそなので、こちらに書きますが、上から3番目の「タビリスにある建物」というのは「(グルジアの)トビリシにある建物」かと。トビリシといってもかなり郊外にあります。実際、行って見たことあるんですよ。バス乗っている最中だったけど写真も撮った。
Posted by 佐藤秀 at 2006年10月19日 16:56