2006年11月23日 13:00 [Edit]

学力って本当に低下しているのだろうか?

「学力が低下しているのはなぜだ」という設問が成り立つためには、当然「学力は低下している」ことが成り立っているというのが大前提なのだけど、それは果たして本当なのだろうか?

一億総学力低下時代 (内田樹の研究室)
子どもたちの学力低下について「誰の責任だ」と凄んでみせる資格のある人間は日本には一人もいない。

私の「体感」では、学力はちっとも下がっていないどころか、格段に向上している。

しかしそれを語る前に、まず「学力」をきちんと定義しておかなければならないだろう。

私にとっての「学力」の定義は、読んで字のごとく「学ぶ力」、すなわち「わからなかったことをわかるようにする力」だ。はじめから「わかっている」必要は全くない。極端な話、何も知らなくても、誰に聞いたらわかるのかを知っている人の学力は、8割のことを知っていても残りの2割を誰に聞いたらいいのかわからない人よりもずっと学力は高いのだ。

人類の「学力」というのは、「自分で覚えている」から、「自分は忘れてもいいから誰か/何かにおぼえてもらって、おぼえている人/ものの居場所だけおぼえておく」という進化の流れの中にずっといた。話し言葉から書き言葉。写経から活版。会話から電話。そしてインターネットと検索エンジン....人類の学力というのはおよそ下がったなどないようにすら思える。

それでは、話を「人類」ではなく「日本人」、そして時代をせいぜい20年ぐらいに絞った場合はどうか?やはり学力は格段に上がっているとしか思えない。特に「Web以前」と「Web後」、そして「Google以前」と「Google後」では革命的な学力の向上が見られる。

最も大きいのは、「学生後学習」へのアクセシビリティが格段に向上したこと。

地方(≠痴呆)にいるけど賢くなりたい経済学教員 - 経済学の線引き
私はここ弾さん周辺の論争に参加するようになって楽しくてたまんない。梅田さんのいってたのはこういうことかと実感してます。

これ、これなのである。もちろん昔から「一生学習」というのは真実だったが、「教室」となる「職場」や「過程」というのは、学ぶことに関しては「象牙の塔」ほど「最適化」されていなかった。しかし今や誰でも24/7で開校している「Web大学」に通学できる。あまりに快適なので卒業なんてしたくないほどだ。

問題はむしろ、「娑婆」の学力がこれほど上がったにも関わらず、相変わらず「学力」をはかる対象が「学生」であることである。もうはっきり言ってしまえば、学力が相対的に最も低下しているのは、この現実を見ようとしない教育関係者なのだ。

だから、「学力低下」というマントラは私にとって一番スルーしやすい言葉の一つだ。言ってるのが一番「学力が低い人たち」なのだから。

Dan the Learn(ing|ed) Man


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わたしがよく読ませてもらっているブログ “404 Blog Not Found”の「学力って本当に低下しているのだろうか?」はとても興味深いです。 ここで著者の小飼弾さんは学力について次のように言っています。 私にとっての「学力」の定義は、読んで字のごとく「学ぶ力」、す...
学ぶ力【Sola デモクラティックスクール宙(そら) Sola】at 2008年10月03日 13:42
●学力って本当に低下しているのだろうか? この記事を読んでいて、さて、勉強とは、学力とは、と考え込んでしまいました。 昔好きだったマンガ(「俺の空」懐かしい!)に、「勉強
現代における学力について【□■ 神戸本山便り ■□】at 2006年11月28日 09:28
一億総学力低下時代 (内田樹の研究室) 子どもたちの学力低下について「誰の責任だ」と凄んでみせる資格のある人間は日本には一人もいない。 に対して 私の「体感」では、学力はちっとも下がっていないどころか、格段に向上し??ta
能力をめぐる向上と退化【La Pensee】at 2006年11月26日 10:24
学力って本当に低下しているのだろうか? (404 Blog Not Found さま) こりゃまた、随分とかっとんだ意見だなぁ。。。同意できる部分もあるっちゃあるけど、必要な知識を求める為に Web
学力ってなんじゃらほい【国民宿舎はらぺこ 大浴場】at 2006年11月24日 01:39
大学レベルの教育を必要としている人々なんて、極少数です。 少なくとも、大卒を雇い入れる企業は「大学で何を学んだか」なんて気にもしない。「どの大学を卒業したか」だけを気にする。 新入社員が最初にするのは何か。仕事ではなく、社員教育を受け、立派な社員になること
大学教育は何も期待されてこなかった。【むにゅう!の平和大好き! はてな基地】at 2006年11月24日 01:22
まずはこれ 内田樹の研究室 − 一億総学力低下時代 一部を引用 (毎日新聞の) 社説はこう続く。 「こんな時代(=大学が合併する時代)になったのは、少子化が進んだためだけではないのだ。大学教??
無謀にも内田先生とdankogaiさんの論争に首を突っ込んでみる【京さん党宣言】at 2006年11月23日 23:23
白鳥恵美子さんのアルバムBig yellow Moonの曲、"Book Of life"に次の一説があるThere is a book for all to see What has been , what colud be Prophesies of the agesタイトルの"Book Of life"って、今で言うインターネットのことじゃない? まだ、"Prophesies of the age...
Book Of life【enchanting an air of joyous bliss】at 2006年11月23日 14:09
この記事へのコメント
>こんな考え方では結局「知っている人」が減少していくだけだ

そうかなぁ。好きな分野とか必要とされる分野に強い人は残ると思いますよ。
そういう人たちだって、自分の知らないことは人に聞くでしょうし。

ネット云々の前に、知らないことを聞ける人と聞けない人には雲泥の差があると思いますが。。

なんか弾さんへの反論をここで言う人には、現実を生きる知恵を持っている感じが伝わってきません。
Posted by ひろ at 2006年11月30日 01:38
「何も知らなくても、誰に聞いたらわかるのかを知っている人の学力は、8割のことを知っていても残りの2割を誰に聞いたらいいのかわからない人よりもずっと学力は高い」

こんな考え方では結局「知っている人」が減少していくだけだと思いますが。web2.0だなんだと盛り上がるのは勝手ですが、プログラマのように何でもかんでもアウトソーシングすればいいというわけでもないでしょう。正直な所、出生率調査を誤魔化して数値を弄くる政府と同レベルの考えだと感じます。
Posted by いやはや at 2006年11月29日 09:45
くどいですけど単振動の方程式を理解している必要のある人は、年にどれくらいなんでしょうか?

例にくってかかるのも悪いのですが、理系の学科を出てエンジニアの端くれをやっている人間としては、それほど重要なこととは思えないのですが。。

もし足りないというのなら、人的資源を分散させてしまっている企業の現状のほうに問題があるような気がします。

教育だけで物事を考えるのではなく、もっと大きな視野で捉える必要があると思います。
Posted by ひろ at 2006年11月27日 23:54
具体的なデータ抜きで「私の実感としては」「いや現場では」なんて言ってても始まらないでしょう。
Posted by wewewe at 2006年11月27日 23:31
続き

>bobさん
仰るとおり、教育委員会とか言う自分らは直接何をやっているわけでもなく状況を何も知らないような人たちが、今の教え方(カリキュラム)だと良くないと勝手に決めつけ、「ゆとり教育」などとふざけた事をして失敗したら
あれはダメだったとすぐにやめて謝罪も何もなし(あったとしても形式上だけのもの)自分らは関係ないよ的な態度。その後どうなっているかはっきりとは分からないけど、今の「教育」は立ち直るのでしょうかね。

それにしてもここで、学ぶ以前に学生の覚えが悪い、覚えようとしない、学力低下が著しいとかなんとか言っている人は
本当に現場の状況が分かって言ってるんでしょうかね?
Posted by youe at 2006年11月27日 22:05
>wevernさん
>さらにもう一つ,ゆとり教育本番の年代は今大学1年.だから直接教えて
>いない限り,学力低下は実感できないと思う.数年後彼らが社会に出た時
>に,本当に学力が低下したかどうかがわかるでしょう.
ゆとり教育ど真ん中の年は今の大学生じゃないですよ、その一個下、今の高3以下の年ですよ。(π=3とか言ってたのは高1以下辺りですが)
Posted by youe at 2006年11月27日 22:05
最近、はてなとLDにトラバできません。内田教授にも最近全くできない。コメントにて失礼。
Posted by inowe at 2006年11月24日 22:28
内田先生が言っているのは、リベラルアーツを網羅している個人がいなくなっているということでしょう。

webなんかを見ていてもそういう人間はあまりいません。そしてそれはwebだけで身につくものでもありません。
Posted by yasuchan at 2006年11月24日 18:34
「単振動の運動方程式」をgoogleで検索しても,方程式を実際の事例に適応できないのが今の学生です.
失礼なようですが,「知っている」や「覚えている」=学力と定義されている段階で検討外れと言わざるを得ません.
丸覚えの「知識」ならgoogleでいくらでも検索できるようになったため必要ないかもしれません.
しかし,高等教育で必要なことは,その「知識」をどのように使うかといった「知恵」ではないでしょうか?

また,インターネットの普及のためだれでも情報を公開できるようになったがために,「書籍」に比べ明らかにレベルが低い,また誤った情報が多数あります.
書籍をろくに調べずにネットにばかり依存しているため,調べうる「知識」すらも低下しているように思います.

以上,自身が学力低下の波の中にいながらも,今の大学一年生を見ると明らかに低下していると実感する,情報工学専攻の大学院生でした.
Posted by 空海 at 2006年11月24日 16:03
問題は調べてわかる範囲は拡大しても、頭に入っている範囲が減少している、ということじゃないですかね?
これは私もそうですが。
脳みそにジャックをつけてネット接続できるギブスンの世界ならまだしも、やはり、脳みそに完璧に入っている部分がある程度ないと、創造的な作業をするためにはやや難しい局面が出てくると思います。
学生という年代で頭に入っている内容が少なくなると、世の中全ての局面において、いちいち調べないと物事が進まなくなり、学術的・経済的な生産効率は下がりそうな気がするのですが。

もっとも、知の生産拠点としての大学の優位性は知の集積性にあったわけで、そういう意味で大学の優位性が日に日に消滅しつつあるのは間違いないですが。

データ化されていない書物や思想が無くなると、大学の優位性は限りなくゼロに近づきそうです。
Posted by takeyan at 2006年11月24日 11:02
電気・機械系の技術者で、単振動の運動方程式をまったく取り扱えない
ようだと(単なる度忘れはあるでしょうけど)、
ものづくりの将来的には厳しいものがありますね。
要するに微分方程式がアウトなわけだから、
日本が強みとしてきた科学技術のかなりの部分で
脱落することになります。技術立国はもう無理でしょう。
Posted by a at 2006年11月24日 10:48
>>ほるほるさん

「子どもに原因を押しつけて、現場の人間が責任逃れしているような…。」

確かにそれはありますね。覚えることが出来ない子供が増えているのではなく、覚えさせる教育をしていないので覚えられないだけだと思います。

ゆとり教育は明らかな失敗でした。詰め込み教育に問題があるのではなくその結果の評価方法に問題があったのだと考えています。ゆとり教育が取り沙汰された頃「みんなが100点を取れる教育を目指す」みたいなことを言っている人がいましたが、完全にピントがずれています。子供に余計なストレスを与えないようにするためには「悪い点を取ったからと言ってそれで全人格が否定されてしまう」ような評価システムを変えるべきであって、みなが100点を取れるように教育レベルを下げるのは本末転倒というものです。
Posted by bob at 2006年11月24日 09:47
>>ひろさん

確かに金型を作ったりする技術者には必要ないかと思います。日本の物作りを支えている人が学問に依らない技術者だと言うのも分かっていますが、学力低下という問題を考えるときにはそのような技術者の方々はあまりいいサンプルではないように思えます。
あと大学に入ってから覚えればいいと言われたら返す言葉もありませんが、一昔前と比較すると新入生の学力が下がっているのは確かだと思います。まぁ、他の方が指摘しているように少子化により大学に入りやすくなったのも一因だと思いますが(学力の分布は変わらないが絶対数が減った結果今まで大学に入れなかったレベルの学生が大学に入学している)。
Posted by bob at 2006年11月24日 08:36
>単振動の運動方程式すら解けない学生が大学の理工学部に入って来るなんて一昔前は考えられませんでした。

これは、大学の人間の知力が下がっているということではないでしょうか。


>現場の人間は、「学ぶ」以前に最低限のことも「覚える」ことができない子が増えているのを「学力低下」と呼んで、憂えていると思います。

子どもに原因を押しつけて、現場の人間が責任逃れしているような…。
九九や学習意欲の植え付け方なんて、太古の昔から大して変わっていないと思うけどね。
Posted by ほるほる at 2006年11月24日 00:10
教育の現場を知らない人から見ると、そんなに教育の現場の言う「学力」は大切なのかなと思います。

単振動の運動方程式が解けなくても、エンジニアをすることはできますし。
教育の現場の人たちは、実業の現場を知っているのでしょうか?
Posted by ひろ at 2006年11月23日 23:57
一つには,他のコメントにもあるけど少子化.

もう一つは,やはり「ゆとり教育」,単純に2年生までやるものを3年生までに行なう,というように伸ばしていればまだ良かったのだが,串の歯を抜くようにカリキュラムを細らせ,科目間の相互の連携が無くなってしまった.その上,発展的学習などを行なうために,算数の時間が激減.勉強→基礎問題の反復練習→発展的問題と進めないので,単なる暗記科目に.高校での物理も単なる暗記科目となり下がり,履修している生徒は1/3しかいない.

さらにもう一つ,ゆとり教育本番の年代は今大学1年.だから直接教えていない限り,学力低下は実感できないと思う.数年後彼らが社会に出た時に,本当に学力が低下したかどうかがわかるでしょう.

ああ日本の将来は真っ暗.いったい,どこが技術立国だ.
Posted by wevern at 2006年11月23日 23:51
ここ6年ほど、小学生〜高校生を教えていますが、私の「体感」では、子どもたちの「学ぶ力」はかなり低下していますよ。
現場の人間は、「学ぶ」以前に最低限のことも「覚える」ことができない子が増えているのを「学力低下」と呼んで、憂えていると思います。
あなたがどう言葉を定義しようが勝手ですが、現場の人間は、九九を覚えない、記号問題にない記号で答えを書く、常識を知らない生徒が何を考えているのか、どう物事を覚えさせるか、を試行錯誤しているのですよ。年々「覚える」ことのできない生徒は増えています。
もちろん、「覚える」ことに興味を持たない子たちが、何かを「学ぶ」ことに興味を持たないのは言うまでもありません。
以上、「学力が相対的に最も低下していて、」「この現実を見ようとしない教育関係者」が失礼致しました。小飼さんの議論は現場の人間からすると、えらく的はずれに聞こえて、ついつい口を出してしまいました・・・
Posted by じゅくこーし at 2006年11月23日 23:31
低下ではなく二極化なんでしょうね。
上の山に行けた人には学力は上がっているように見えるし、
そうでない人には下がっているように見えると。
Posted by 下の山の住人 at 2006年11月23日 21:25
この理屈で言えば、「教えて君」が最も学力が高い人になるわけだ。逆に、自分で新しい問題の解法を考案できる人、新しい技術を発明できる人は、「学力」が低いことになる。
Posted by at 2006年11月23日 20:12
>私にとっての「学力」の定義は
あたたにとっての(そして、あなただけの)『学力の定義』を採用する限りは、学力は年々上がり続けるわけですね。学力の定義をどのように変更しようとも、できない人間が出来るようになるわけではありません。
Posted by at 2006年11月23日 20:08
単振動の運動方程式は普通の高校生じゃ無理でしょ。授業範囲外だし。
Posted by とおりすがり at 2006年11月23日 17:49
大学に低学力の生徒が入ってくるのは少子化の影響では?
学力低下を嘆いていながら自分の大学の入試科目を減らしていたりする大学教員もいるので、そういう場合は自業自得としか言いようがありませんが。
給料のことを考えれば、入ってくる学生の質より量のほうが大事ってことだから、自分の収入が減ってでも低学力学生を排除する覚悟はないということですね。
Posted by ◎ at 2006年11月23日 15:46
全体としてはそうなのかも知れませんが、学生の学力は確実に下がっています。単振動の運動方程式すら解けない学生が大学の理工学部に入って来るなんて一昔前は考えられませんでした。
Posted by bob at 2006年11月23日 13:56