2006年12月03日 16:45 [Edit]

「はじめに言葉ありき」は本当か?

これを見て思い起こさずにいられないのが、私を捉えて話さない疑問。

はてなブックマーク - 児童拳銃 .123 - rna のブックマーク / 2006年11月26日
ぶっちゃけソースコードと言葉は違う。言葉は見た瞬間自動実行されるバイナリみたいなもの。
アンカテ(Uncategorizable Blog) - 人はネットの言葉から受ける影響を自己管理できるか?
確かに私は、ネット上に書かれた言葉を「ソースコード」に近いものとしてとらえている。つまり、それが与える影響を読む人が管理できるものだと思っている。

人って本当に言葉で考えているの?


内田先生もMatzさんも、当然のように「人は言葉で考える」とおっしゃるのだけど、私にとって、言葉というのは「翻訳されたもの」であり、「バイナリー感」は非常に希薄なのだ。私が英語も日本語も数多の電脳言語も聞いて話して読んで書いてりできるけれども、いずれもどこかたどたどしいのはそのせいかも知れない。

確かに、あらゆることは「言葉」になりうる。少なくともデジタル表現ものは、すべからくそうだ。画像ですら実は「座標(0,0)に色(0xAB,0xCD,0xEF)、座標(1,0)に....」という「言葉」だ。「表現しうるもの」は、すべて「言葉」になる。これは電脳の根本原理でもある。

そこまでは、私も同意する。同意しなければ今の仕事はやってられない。しかし、「言葉で表現する」こと即「言葉で考える」ことを意味しているのだろうか?

少なくとも、私の考えは「文字列」ではない。もっと多次元の「もやもや」だ。私にとって「言葉」とはあくまでそれを「シリアライズ」(serialize)したもので、それを聞くということはいちいちそれを「デシリアライズ」(deseriarize)して、構文解析(parse)して....というまだるっこしい作業を伴うものだ。少なくとも「直感」とはほど遠い。

私は「言葉で考えている人」を見るたび、「器用だなあ」という羨望というより絶望を感じていた。いや、今も感じているのだが、しかし不器用にも利点があることを改めて教えてもらったような気がする。

void GraphicWizardsLair( void ); // Webで見かけたどっかの馬の骨が書いた「言葉」はデフォルトで汚染された外部入力と見なさなきゃ危険
「言葉から受ける影響」の自己管理だけではなく、観測者の人も含めて外部の言葉を感情に直結させるのはマズいと思う。セキュアOS風に「汚染されている」言葉として、感情からは切り離しておかないと。

私にとって以上の文章は「え?みなさんそうしていないのですか?」というほど当然で、それがゆえに私は「空気嫁」なのだろうと思い至る。"Time flies like an arrow."を「時蠅は矢が好き」と解釈するようなことはしょっちゅうだ。

しかし全てがそうかというと、それも違う。まず触覚、嗅覚、味覚の三つに関しては、ずっと「バイナリー」感が強い。セックスというのは五感を全て使うが、印象が強烈なのも当然だろう。「百聞は一発にしかず」というわけだ。

あと、やはり「心を許している」人々の言葉もまたバイナリー感が強い。「プロトコルが成立している」ので、一段と「低レベル」の解析で間に合うという感じなのだ。それでも、こと言葉に関してはうまく「コンパイル」出来ないことも多いのだけど。"Talk is cheap"という言葉があるけれども、私にとってはむしろ"Talk is expensive to grok"という感じで、なぜ"Talk is cheap"なのかというと、「解釈コスト」が天引きされているからだと思ったりもする。

将来は、こんなくどき文句が登場するかも知れない。

「君のAPIを知りたい」

だめですか?

Dan the Time Fly Who Likes an Arrow Operator


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こうね、文章(このサイトでも、仕事のメールでも何でも良いけど)を書いていて、 や...
言葉というのは100%の効果は期待できない『道具』だと思うのよね。【NOBODY:PLACE - MUTTER】at 2006年12月03日 18:22
この記事へのコメント
はじめに言葉ありきは本当です
人間は言葉によって記憶する
例えば今『黒板』と言う言葉を知らない人の前に壁に掛かった黒板があるとする
その人に取って黒板は黒板ではなくただの黒い壁です
なぜならその人は黒板と言う言葉を知らないから
その人に『黒板』と言う言葉を教え初めてそのは黒板と言うものを認識できます
人間は流動的な世界を言葉によって区切りをつけ認識をしています
Posted by いちご at 2008年12月07日 22:20
「もやもや」というのは結局クオリアに帰着されるのかなーと思います。
それに,言葉を使って思考していたとしても,一つ一つの言葉って実はもやもやしているものなので(cf. ソシュールのいう体系),やっぱしクオリアなんだろうと。
多分昔から同じことを考えてた人はたくさんいたと思いますが,21世紀の僕たちはその概念に「クオリア」という脳科学をベースとした地に根ざした言葉を得たのではないでしょうか。
Posted by deq at 2006年12月06日 05:59
「もやもや」の状態で処理することを「考える」という言葉で定義していないということではないですかねぇ?
Posted by esper at 2006年12月04日 19:21
そういう弾さんには、
心の三層モデル
http://www.rubyist.net/~matz/20060928.html#p04
をどうぞ。
Posted by まつもと at 2006年12月04日 10:18
↑読み直せば正しい意味で文意が通る

ま、じっさいこのブログは誤変換や脱字や論理破綻が多いので、もっと言語で思考した方がいいってのは確かですね。

一方で、技術的なことになるとPerlの影響というか支配を受けすぎなのが皮肉。
Posted by 774 at 2006年12月04日 04:02
別のエントリでも「すべからく」を上みたいな意味で使ってましたよ。
Posted by :-) at 2006年12月04日 02:28
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%B9%A4%D9%A4%AB%A4%E9%A4%AF&search_history=&kind=&kwassist=0&mode=0

気のせいなら良いのですが。。
Posted by angelicalbite at 2006年12月03日 20:34
typoさん、
文字どおり「お手つき」の指摘ありがとうございます。
北斗柄さん、
いわんとするところはわかりましたが、
私はシソアレルギーなので、梅干は梅酒に入っているアレを除けばほとんど口にしないのです。ここにも本entryを読み解くヒントがありそうです。
Dan the Typo Generator
Posted by at 2006年12月03日 20:01
弾さんは「梅干」という言葉から梅干を口に入れた状態を連想できますか?その結果、唾液が増えますか?唾液が増えるなら、少なくとも一部の言葉はバイナリ化していると考えてよいと思います。
Posted by 北斗柄 at 2006年12月03日 19:33
>聞いて話し手読んで書いてりできるけれども
→聞いて話して読んで書いたりできるけれども
Posted by typo at 2006年12月03日 18:59