2007年01月24日 06:00 [Edit]

あるある大事典とプリンキピアの違いって何だ?

「プリンキピア」って聞いた事がない人は以下のリンクを参照。

自然哲学の数学的諸原理 - Wikipedia
『自然哲学の数学的諸原理』 (しぜんてつがくのすうがくてきしょげんり) は、アイザック・ニュートンの非常に有名な著書で、ラテン語の原題は "Philosophiae naturalis principia mathematica"。1687年刊行、全3巻。「プリンキピア」という略称でもよく知られている。

まあ世界で一番有名な科学者の、一番有名な著作物なのだけど、この中にも捏造があったことは「背信の科学者たち」でも指摘されている。


もちろん、データを捏造したからといって、それが間違いだとは限らない。

あるある大事典の「実験捏造」は「納豆ダイエットに効果がない」を意味しない [絵文録ことのは]2007/01/23
つまり、今回の件は「納豆のダイエット効力」を否定したのだろうか? そうではない。ダイエット効力を裏付ける「実験がなかった」からといって、納豆のダイエット効果そのものが否定されたわけではないのだ。

科学的に有名な例だとミリカンの油滴実験がある。こちらは先ほどの「背信の科学者」にも載っているし、昨年のベストセラー、「99.9%は仮説」でも紹介されている。電子が粒子であることは結果としては「正しかった」のだけど、捏造は捏造で、それでもノーベル賞はノーベル賞だ。

「あるある大事典」を存続させよう
「ストーリーが先」という風潮をなんとかしないかぎり、捏造はいつでも起きます。

しかし、「卓越した仮説に対して報償が与えられる」という「伝統」の成立には、科学も多いに関わっている。そしてその報償を得るために捏造というショートカットが濫用されるという「伝統」も、ニュートンどころかプトレマイオス以前まで遡れる。

「ストーリーが後」というのは、本当に可能なのだろうか。

少なくとも、脚本のないドラマや仮説のない科学実験に人様が金を出すということはあまりなさそうだ。

例えばカミオカンデ。小柴先生にノーベル賞をもたらしたこの観測装置は、元々ニュートリノを見るためではなく、陽子崩壊を見るためのものだった。KAMIOKANDEとは、Kamioka Nuclear Decay Experimentのことだった。おまけとして、「ニュートリノも見えますよ」と「余白」に書いておいたおかげで、そしてタイミングよく1987Aが超新星爆発を起こしたおかげで、Nuclear DecayはNutrino Detection、「ニュートリノ検出」という新たな意味を与えられた。このあたりの事情は←の「ニュートリノ天体物理学入門」に詳しいのではお読みいただくとして、確実に言えるのは、陽子が崩壊するという「ストーリー」がなければカミオカンデは建設されなかったということだ。

このとおり、筋書きになかったエピソードというのは面白いし有用なのだが、しかしはじめに筋書きがなければ何もはじまらないのだ。だから「ストーリーが先」というのは、害はあっても益がある以上、間違った風潮とは言えないはずなのだ。

問題はストーリーが先にあることではなく、ストーリーの結末を急かすことにこそあるはずだ。

本当に納豆にダイエット効果があるかどうかを突き止めるためには、何年にも渡る疫学調査が必要なはずだ。費用だって何億円もかかってもおかしくない。それだって新規の医薬品開発より安いかもしれない。こちらは桁が一つ以上違う。

しかし、TV番組では、それをたかだか一時間にまとめてしまう。そういう番組を見て育てば、仮説の検証というのは何度かのCMを挟んだ後に得られる程度のものと勘違いするのもやむえないのではないか。

「あるある大事典」を存続させよう
それよりも「あるある大事典2」を存続させるほうがいいのではないでしょうか。今度こそ、正しい情報を伝える番組として。

だから、その「正しい情報」を簡単に得られると思い込ませることこそ間違いなのではないか。単に結果発表をするだけなら、同じ花王提供の番組ならWBSの前にやっている5分程度の番組で事足りる(この番組もあるある大事典チックではあるのだけど。ヘルシアって本当にヘルシーなの?苦くてうまいけど)。いや、5分だって長い。ちびまるこちゃんの歌でよろしい。「♪エジソンはえらい人 そんなの常識」ってもんである。

本当に1時間の番組を作るだけの価値があるのは、その過程をきちんと紹介することにこそあるのではないか?「納豆にダイエット効力」があるという情報が誤っていたからではなく、その情報を抽出する過程が捏造されていたからこそ、あるある大事典は糾弾されたのではないのか?

5号館のつぶやき : 平成の納豆あるある大事件と科学者の責任
たとえテレビの力には遠くおよばないとしても、まちがった使われ方をしている「科学」に対してNoを言い続けることをやらなくても良い理由にはなりません。それができないのなら、少なくとも公的機関から科学者として給料をもらってはいけないように思います。

いや、これも違うと思う。Noばかり言う人、英語で言う所の Naysayer が社会の過半数に受け入れられることはまずない。Noばかり強調するのは、万年野党宣言をしているに等しい。Pro-Lifeの反対がAnti-Lifeだったら、誰もPro-Choiceを支持しないだろう。Noではなく何に対してYesなのかを表明して、そして「こちら」のYesの方が「あちら」のYesよりも支持するに値する理由まで示して「なんぼ」なのではないか。

Dan the Skeptic


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納豆騒動も一段落つき、スーパーでは今まで3パックワンセットどころか今まで見たことのない4パックワンセットを見た。しかも値段は100円以下。納豆価格は急騰の後、急落して却って安くなった。
納豆ダイエットはなぜ祭りになった【佐藤秀の徒然\{?。?}/ワカリマシェン】at 2007年01月25日 23:34
404 Blog Not Found「あるある大事典とプリンキピアの違いって何...
磯崎哲也とニュートリノ【isologue - by 磯崎哲也事務所】at 2007年01月25日 09:13
Blog Not Found あるある大事典とプリンキピアの違いって何だ?まあ世界で一番有名な科学者の、一番有名な著作物なのだけど、この中にも捏造があったことは「背信の科学者たち」でも指摘されている。プリンキピアの著者であるニュートンは錬金術にもはまっていましたよね。 ...
あるある騒動の後始末【enchanting an air of joyous bliss】at 2007年01月24日 12:57
この記事へのコメント
弾さん、私もヘルシア好きで、太っていることもありよく飲むのですが、今日こんな記事も見つけました。
http://www.mynewsjapan.com/kobetsu.jsp?sn=584
『「あるある」の花王 ヘルシア成分・茶カテキンサプリで、また肝障害』
真偽のほどは判りませんが、ご報告まで。
Posted by kokogiko at 2007年02月04日 15:33
今回のあるあるの件では、2つの論点があると思っています。
一つは、今回の納豆事件に関する点、
もう一つは、この番組がそもそもウソだらけだった、という点。

で、後者に照準を合わせて考えてみると、
ウソのレベル感では、今回の納豆は「小さい」事件です。
この番組がやらかしてきたことの最たるものの1つに、
マイナスイオンブームの醸成、があります。
http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/MinusIon2002.htm

5号館さんのおっしゃっていることは、
こうした「ニセ科学」の蔓延を指してのことだと思われます。

納豆の話だけであれば、貴殿の書かれるとおりだと思いますが、
あるある全体の件については、もっと根深い問題があると考えます。
今回の事件発覚を契機に、こうした問題まであぶりだされるといいのですが。
Posted by G at 2007年01月26日 13:05
自然科学のときもそうでしたけど、あえて流行と逆の意見を述べる手法はあまり好意的には受け取られないおと思います。
Posted by   at 2007年01月25日 17:45
もうちょっとでいいから全体のレイアウトをととのえて、自分の言いたいことが正確に伝わるようにする努力を、ご自身でもやってみるといいと思います。表現の並べ方も、意見の纏め方もあまりに酷い。このコンテンツを書くために費やした時間が勿体無いと思いますよ。。
Posted by 言いたいことはわかるけど at 2007年01月25日 17:20
仮説に説得力を持たせるために一部を捏造するならともかく、今回の件は仮説もなくただ番組を作るために捏造したのだから始末に負えない。
Posted by bob at 2007年01月24日 19:35
仮説と捏造を一緒にすると間違ってしまうのではないですか?
Posted by nishi at 2007年01月24日 09:35