2007年01月29日 22:00 [Edit]
有能な経営者を期待したら負けである
私自身は、残業代やボーナスは払った事はあってももらったことはない。
アンカテ(Uncategorizable Blog) - 残業代を払えない経営者は無能である「残業代が出ないなら、ボーナスを貰える会社に移ればいいのに」
と言ったら、現代のマリー・アントワネットだろうか。
その一方で、暮れ正月にでる「今年の賞与平均」とかを見ると、「これって月給じゃないのか」と思うのも正直なところである。
個別には労働者が無能だから価値が生まれないケースもあるだろうが、日本全体の問題として考えるなら、大きな要因は2である。
- 労働が価値を生まないのは労働者が無能であるから
- 労働が価値を生まないのは経営者が無能であるから
ワカッテない。
有能な経営者とは、誰の事か?
有能な労働者を雇用したり、ましてや労働者を有能にする人々のことではない。
たとえ有能でない労働者を雇用しても、利益を上げる人々のことである。
同じ仕事を、熟練労働者でなくてもこなせるようなシステムを作る人々のことである。月給50万円の人の仕事を、月給15万円のパートタイマーや月給5万円のオフショア労働者、そして月給を要求しないロボットに移管する人々のことである。
これは定理ですらない。公理なのである。関係法規にそう書いてあるのだ。営利企業を経営するとはそういうことだ。雇用はそのための手段であって目的ではないのだ。
かつてはこの公理は曖昧だった。有能な経営者とは労働者と喜びを分かち合うものだという幻想が常識だった時代もあった。その共同幻想こそが競争力だとすら思われていた時代すらあった。
しかし、今やこの公理ははっきりとした形をとって世界中を覆っている。もし月給50万円の先進国人と月給5万円の発展途上国人がいたら、前者をクビにして後者を採用するのが今どきの経営者の義務なのである。もちろん現実はここまで単純ではないのだが、しかし労働者の権益よりも企業の利益という公理が、100円ショップから10万円台のパソコンに至るまで、かつては金持ちでないと手に入らなかったものを普通の人々が手に入れることを可能にした。
経営者が有能になればなるほど、モノは安くなるが労働対価も安くなり、いわゆる格差はますます大きくなる。経営者のパラドックスとでも言おうか。
アンカテ(Uncategorizable Blog) - 残業代を払えない経営者は無能であるだから、労働者は無能な経営者の元を去るべき。
そして有能な経営者が経営する派遣会社から派遣されて正社員との待遇の差にあえぐか、有能な経営者が経営するフランチャイズの店長となって自分に残業代を払うのも億劫になるか、はたまたその店長の下でフリーターとして時給を受け取るか....そろそろ有能な経営者の正体に労働者諸君は気がついてもよさそうなものだが、それを労働者に気づかせないのも有能な経営者というものなのだろう。
どこへ行っても無能な経営者ばかりなら、経営者を変えるべき。
そもそも経営者を変える権利を持っているのは、労働者ではなく資本家という公理を思い出せないのだから暢気だとしか言いようがない。
日本人は、政治家と経営者を尊敬しない癖に、変に政治家と経営者に期待をする。
だから搾取され、そして搾取されてもそれに気がつかない。もし日本の経営者が優秀でないとしたら、このように労働者が「優秀」すぎてそれに甘んじていたということなのだろう。
勝海舟は、幕府の偉い人に「アメリカとはどんな国だ」と聞かれて、「我が国と違って、賢い人が将軍になる国でございます」と答えたと言うが、今でも「シリコンバレーとはどんな所だ」と聞かれたら、「我が国と違ってバカには社長が勤まらない所でございます」と言うしかない。
ワカッテない。
その時はバカとしか思えない人でも社長になれるところが、シリコンバレーのシリコンバレーたるところなのだ。一心不乱にバカになれない奴に創業などできない。もちろん創業期を過ぎて、起業バカでは会社が回らなくなった時に社長を外から買って来れるという、「経営のモジュール化」がなされているのももう一つの秘訣であるが、一番大事なのは、バカに寛大なことなのである。
はっきり言おう。
経営者が有能か無能かを判断できるほど賢くなるのは後でいい。なるべく若いうちに「バカ力」を発揮しておくべきだ。なあに、「バカ力」がなくなれば、いやでもそれを補うかのごとく賢くなるものだ。はじめから賢くしようとすると、結局どんな仕事を見てもバカに見えてしまい、「働いたら負けだと思う」ようになってしまう。負けと思うだけで耐えられないものが、どうやって勝ちを手に入れられるというのか。勝負しない者には不戦敗はあっても不戦勝はないのだ。
確かにこのゲームはフェアではない。しかしそれは不戦敗を正当化するものではないのだ。
Dan the Self-Employed
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この記事 とっても面白かったです!
あまりに激しくアグリーしてしまって 共感の嵐の中で読んでしまったということで、面白かったです。
確かに優秀な経営者はITシステムとロボットが大好きです。
ただ日本国内の新興企業の経営者の場合は、どちらかというと、はてなの近藤社長タイプの人間も実際に生まれてきておりまして、とにかく生産性を上げて、資本家(出資者)への配当もさることながら、労働分配率をも是非とも上げたいと熱望している『新しいタイプの経営者』も一部では(大変マイナーではありますが)生まれてきております。なにとぞ その点にもご理解いただきたいと 思います。
おやすみなさいませ。
労働者よ団結せよ。
まあ、今の若い人に言っても、なぜ自分の給料が低いのか、わかんないだろうけど。時代は、第一次世界大戦前に回帰しているように見えますね。
人類は、そういうことを1800年代に散々経験し、痛い目にあって、「むき出しの競争主義は、上手く行かない」ことを悟り、1900年代はその反省の上に運営されてきた訳だけど、1900年代を100年もやっていると、1800年代を忘れてしまって、「むき出しの競争主義」に回帰しているように感じます。
1800年代に発生した都市貧困がどういう原因で発生し、その後どうなったか、誰かまとめてくれるとありがたいですね。
身にしみました。
働いたら負けだと思っている人は当たるわけないからと宝くじを買わない人。
同意なんですが,コメント欄で「今どきの若い人」と一くくりに言われるのがちょっと腹立たしい.
そんなこと「わかってない」のは底辺だけですよ.
20代半ばくらいでもっと給料あげるために転職する人は多いです.
残業代を払わない経営者はバカです。
いくらこれでもかなり出しているぞとごまかそうと
辞めたら派遣かフリーターになってしまうぞと脅そうと
バカの元には人は集まりません。
あなたの会社には他所には行く所のない無能か
それこそロボットみたいなやつだけが残る。
将来はないですな。
ワンマンでがんばってください。シリコンバレーでは即死でしょうけれどね。
自分トコさえ良ければいいというエゴ経営。
企業は社会の一部ということを忘れています。
時代を逆行してますよ。
だがしかし、このやり方は持続的に可能なものではないので
問題先送りして短期的に利益をあげるだけに過ぎない。
一時は各所にあった余裕(労働者の質等)がある限り
それを実質削る形でそのやり方が可能であるだけだ。
単純製造業等の分野ならそれでもまだ結構できるだろう。
だが、知的労働というものは育成等の労働者との共同作業
同じようにはいかない。
だから日本の大手ITの多くが崩壊しかかってるのでしょ?
これは教育から見直さないと無理かも。
あんま良く知らないんで楽しみに見てます。
それぞれ経営者の有能さの定義が違いますね。
アンカテさんの所は、労働者にとって快適な環境を提供し、かつ企業を守る経営者、
こちらは、いかに企業にとっての利益を上げられる経営者であるか。
要するに別の事について述べているわけで、話がかみ合っていない事になります。
定義が違うので、言い争う意味もないという事になりますね。
自分が労働側であれば前者、経営側であれば後者の立場である、というだけの話です。
私の意見を述べれば、労働者の扱いはアンカテさん寄りですが、それよりも現代は広告イメージがほとんど収益を左右するので、そこを外さないかが経営者の有能無能の境目になる、という所ですかね。
喜んでこの世界で頂点を取った能力を発揮致しましょう。
「有能な兵は、尊敬に値する将にのみ仕え、真の能力を発揮する」
(本当の意味で有能な経営者である未来工業の経営者談)
その通り
あなたを見てるとよく分かるよ
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