2007年02月20日 19:00 [Edit]

中絶より完全なもの

同感、なのだけど、そう言い切るには、なぜ男が「妊娠を打ち明けてきた彼女に堕ろしてくれ」というかを考えずにはいられず、そしてそれを考えると、「同感」の一言でまとめるのはあまりに痛い。

セックスより完全なもの - 中絶で胎児の命を奪うなんて許しがたいから中絶医は殺しちゃおうぜ
中絶なんて許せねえ!とかいう男に限ってうんちのオムツひとつ替えられねえじゃねえかオマエ脳みそぷっちんプリンか! ……じゃなくて、中絶なんて許せねえ!という男のひとは“妊娠を打ち明けてきた彼女に堕ろしてくれって言う男”を全滅させてくれたらいいと思います。いや女が中絶するのは何もかも男のせいですとは言わない。言わないけど女だって男に堕ろせと言われても1人で産んで育てられるような強い女ばっかじゃねえよ? 

なぜ彼は彼女に「堕ろしてくれ」というのか?

父親になるのが、怖いからだ。

彼女の愛を、子供に奪われるのが怖いからだ。

「1人で産んで育てられるような強い女ばっかじゃねえ」のと同様、子供が出来たら責任は取るほど強い--あるいは責任を軽く考えている--男ばかりではないのだ。

むしろ、責任感が強い男の方が、自分の責任担保力に自信を持てず、その結果「堕ろしてくれ」という結果になりやすいのではないか。

妻が長女を身ごもったときには、私自身そういう葛藤があった。そして堕胎も選択肢の一つとして考えた。考えただけではなく、そういう選択肢もありうるという話もしたし、産科医にもその場合にはその選択肢を選んだ場合何が起こるのかを率直にたずねた。結局私は父親となることを受け入れたのだが、しかし二つ返事は出来なかった。私がこうした態度をとったことで、妻は確実に苦しんだはずだし、長女も年頃になったらその事に悩むのだろうけど、私はそのことを隠すつもりはない、というよりそれを偽れるほど器用ではない。

私は結果として「できちゃった婚」もせず(すでに入籍後一年以上経過)、私の知る限り誰にも堕ろさせずに今に至っているが、それはあくまで結果であって、私が良き夫にして良き父親候補だったからではない。

今の私は父親になれたことに感謝している。

オニババ化する女たち p. 238
子供は親を許すために生まれてくる

というのは本当だ。そのことに比べれば、おむつを替えるなんぞそれこそ屁のようなものだ。今ではあれほど臆病だったかつての自分を調子がいい時は笑うことすらできるし、次女の時には堕胎という選択肢は頭さえよぎらなかった(私の方は計画していなかったというのは長女と同様。妻は無意識に狙っていたようだが)。

しかし、それが一般化できないことも私は知っている。この件に関しては、個々の妊娠の数だけ各論があるだけなのだ。他者の体験に耳を傾けたり、自分の体験を人に語ったりは出来るが、それを一般論化し、その結論を粛々と受け入れられるほど強い男女などいるのだろうか?もしそうなのだとしたら、その人は強いのではなく鈍いのだ。「中絶なんて許せねえ!とかいう男」という台詞は、彼の強さではなく鈍さの証しなのだ。

「妊娠を打ち明けてきた彼女に堕ろしてくれって言う男」を女が見抜けない理由も、また然り。もし一般論化されているのであれば、見抜くには一般論をその男に適用するだけだ。しかし妊娠を打ち明けたとき男がどう振る舞うかは、実はその時になってみないとわからない。自分が今この瞬間に妊娠したか以上にわからないはずだ。

だからこそ、一般論で切れるところはあらかじめ切っておきたいとも思う。例えばセックスと中絶の間には、避妊という選択肢がある。昔ならとにかく、今では低容量ピルだってある。返答に窮する設問を投げかける前に、やっておけることは確かにあるのだ。

そして一般論としてはもう一つ、「男は妊娠しない」という事実がある。この事実がある以上、男が対当たりえるのは避妊までで、中絶するか出産するかという選択に対しては当事者とはなりえない。当事者となりえない以上、意見は言えても決定権はない。「中絶なんて許せねえ!」という資格を、そもそも男は持たないのである。この事に関しては、法律を定める権利すら男にはないと私は思っている。彼女が堕ろすと決めたら、彼に許された選択肢はせいぜいその費用を負担するぐらいしかない。そして彼女が産むと決めたら、父親になるかあるいは養育費を払って去るかしかない。どちらも出来ないという男には、それ以前にセックスする資格がない。

もっともその資格を判定し、そしてその判定に対する責任を負うのは女であり、だからこそ男の強さよりむしろ弱さをきちんと見て欲しいと願わずにはいられないのだが....

Dan the Man


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これに関する批判は以前 404 Blog Not Found:書評 - ヤバい経済学 でも行ったのだが、 中絶とナチスのホロコーストってどこがちがうの?前編 - FIFTH EDITIONつまり、彼女達は、自分の子どもが犯罪者になってしまいそうな状況で、中絶という選択肢がある場合には、中...
「悪い子は堕ろせる」は本当か?【404 Blog Not Found】at 2008年05月28日 19:26
これほどおじさんには正しくて若人には正しくないのに、その逆に誤解されていることはないのではないか。 Bad dreams also come true - 自分の童貞についてちょっと語ってみる少なくとも自分でやったことの責任を取れないうちにやるのはちょっとおかしくねぇか?と思ってる....
責任は現金払いじゃないよ【404 Blog Not Found】at 2007年07月21日 01:23
この記事へのコメント
>議論ができないから手に負えない。

マザコンDV男そのものですね。
Posted by haineko2003 at 2007年02月25日 06:38
>他人が(それこそ無責任に)「おれたちの社会通念からしてそれは許されない」というのは理解しがたいし

まったく同感。でも残念ながらそういう社会通念を自分の価値判断基準にする人多いんだよなぁ。
しかもそういう判断をしている人って、(そういう価値判断基準だから当然だけど)人にも強制するし、(そういう価値判断基準だから当然だけど)議論ができないから手に負えない。

普段はそういう人の害悪ってあまり意識しないけど、いのちに関する話は、今子供ができちゃったという現実と、今まで自分が思い込んでいた"中絶は悪い"とか"産まれたら困る"という価値観が戦っている最中だから、何も考えずに一般論を振りかざしている人の害悪がよりはっきりするのだと思う。

横からすまそ。
Posted by rtree at 2007年02月23日 19:55
その境遇にあるものが自分の人生を掛けて決定することに対して、他人が(それこそ無責任に)「おれたちの社会通念からしてそれは許されない」というのは理解しがたいし、自己陶酔してるナマグサ坊主の説教などは論外としても、自分の価値観しかなくて、他人の存在を無視したり、同じ人間でもそのつど考え方が変って対処のしかたも違ってくることに異論がでてくるのが不思議に思える。いのちに関することに一般論はなじまない。

このあいだの『婦人公論2/22号』を読んで、男女のセクシュアリティの違いに「あれ?」と思ってしまったので、「責任の感じ方」が男女ではちょっと違うのではないか、と思って書いたことでした。「所有の形態の違い」なんだろうか。うまく整理できてなくて、ごめん。
Posted by haineko2003 at 2007年02月23日 04:19
自らの生のために、真剣に悩んでくれたのだとしたら、それほどありがたいことは無いと思うんだけどな。最終的にそれを伝える (ばれる?) かどうかは別として。

自分の子どもが将来同じようなことで悩んでいるときに、教条的なだけではなくて、自らの経験した思いを、部分的に、回りくどくても伝えられるならば、その子はとても救われるんじゃないかと思う。

ネット上で、教条的に振舞う人は、それはそれで構わないとは思うんだけど、せめて身の回りにいる、自分にとって大切な人に対しては、親身になって接してあげて欲しいと思う。そういうダブルスタンダードならおいらは許せる。
本当は、一般論という名の極論に横行して欲しいとは思えないんだけどね。
Posted by T.MURACHI at 2007年02月22日 11:46
欺瞞的コメントが流行ってるとは知らなんだ。

子供がダブルバインドでがんじがらめになっちゃうよ。
Posted by tt at 2007年02月21日 15:52
> 長女も年頃になったらその事に悩むのだろうけど、私はそのことを隠すつもりはない、というよりそれを偽れるほど器用ではない。

偽れるほど器用でなくても「言わない」べきでしょう。

生まれるまでにいろいろあっとしても、子供にとって知る必要性が全くないことを態々教えるのは親の傲慢だと思います。生まれてから可愛がってるのですよね? 子供を愛しているなら墓まで持っていくべきだと思います。
Posted by yohgaki at 2007年02月21日 14:43
>むしろ、責任感が強い男の方が、自分の責任担保力に自信を持てず、その結果「堕ろしてくれ」という結果になりやすいのではないか。

女と男が逆だったらと思うときがあって、上のようなことを考えて、(当事者決定権がある)相手に自分の意志を伝える女は(めったに)いない。
「生きてりゃなんとかなるんじゃない?」

あたりまえだと言われればそうなのだけど。
Posted by haineko2003 at 2007年02月21日 07:51
性欲バランスを保てなくなって犯したミス

ミスを取り消すことはできないのだろうか

なかったことにしてくれ。

命を授かったことをミスに片付けられるほど
悲しいことはない。
これが愛と呼べるなら随分人間は鈍くなった物だ。

愛が無ければ性欲は生まれなかったんだ
と言い訳しているように聴こえる。

本当に責任感をわかっていたら、堕ろしてくれと言う状況ではなく
喜びにあるはずだ。
例えそれがミスでも、こちらから堕ろしてくれと言える人ほど
責任感のない人なのでは?
目の前には2つの命がある。
母という明らかに見える命を忘れられるほど愛が鈍いものなら
「中絶なんて許せねえ!」という台詞は鋭いものであり
そういう結果を変えるものの1つにはなる気がする。

命ある 命繋いで 今がある
Posted by トンでもん at 2007年02月21日 07:34