2007年02月21日 13:00 [Edit]
書評 - 医学は科学ではない
本書「医学は科学ではない」は、神経内科医である著者が、医学とは何なのか、医者とは何なのかを、「医者とは何ではないのか」という背理を使って定義をし、そこから医者とはどうあるべきかを模索した本である。
目次- 第1章 統計学が医学なのか
- 第2章 医学は芸術であった
- 第3章 医者は科学的根拠で治療しているか
- 第4章 人間的だからこそ科学ではない
- 第5章 医学を科学と誤解する人たち
- 第6章 患者は医療に何を求めるのか
- 第7章 健康食品と代替医療
- 第8章 医学をどう考えるべきか
「医学とは科学ではない」というのは、その過程で自然に出てきたタイトルだ。著者は科学を否定しているわけではないし、本書を読めば著者が科学の手法に精通していることは明らかだ。ただ著者は、科学はあくまでも手段と言っているに過ぎない。
レジデント初期研修用資料: エンジニアは戦争が好き現場の医者が EBM 論者に対して持つ違和感というのは、 彼らの要求する「戦いかた」というものが、 病気に対してあまりにも「フェア」だからだ。
戦争の中にある人は、「戦うこと」それ自体のことは考えない。 現場が欲しいのは、勝つ手段、あるいは生き延びる術。
それは外から見ると「フェア」でないし、卑怯な戦いかただから、面白くない。
フェアな戦いかたなんか、現場は求めていない。それを求めるのは、戦争に関係ない人だけだ。
著者が模索しているのも、まさに「戦いに勝つためにはどうしたらよいか」という問いである。しかし、著者はあえてその結論を出さず、こう結んでいる。
pp.202-203医学とは、「こうした方がよい」というぐらいの弱い強制力、あるいは指導力というものでしかない。...[中略]...医学が幻想のルールだとしても、新しい価値観で医学を見直し、新しい幻想のルールを作るべき時なのではないだろうか。
「〜でない」というタイトルから「〜である」を期待した読者は肩すかしを食らった形になるだろうが、私はそこに米山氏の誠実さを感じた。なぜなら、この問いに答えねばならぬのは医者ではなく患者たる我々なのだから。戦いの主人公は、本当は患者なのである。医者はその援軍に過ぎないのだ。だからいくら医者が戦いに勝ちたくても、患者が「フェアプレイ」を望めば医者はそれに従うしかないのだ。
日本において患者達が「フェアプレイ」を望んでいる傍証は、医学博士号の人気に見る事ができる。「asahi.com: 文系の博士号、難しすぎ? 理系の3分の1以下 - 教育」によると、博士号の実に6割弱が医学博士である。戦いに参加するのであれば M.D. で充分なはずなのに、なぜ Ph.D まで取るかといえば、患者が医師よりも医学博士を望んでいるからだろう。著者が内科助教授を辞して「町医者」兼「もの書き」となったのは、そういった状況を少しでも変えたかっただろう。
一つささやかな提案がある。もうそれを「医学」と呼ぶのをやめてしまわないか。「医術」でいいではないか。「医学」は基礎研究にとっておいて、臨床は「医術」で統一する。私も「科学」や「理学」に対して「工学」という言葉をずいぶん使ってたけれど、これも「学」という時が入っていて紛らわしい。私も今後は「工学」という代わりには「術」にすることにする。「新しい幻想のルール」というより「かつての幻想のルール」のリバイバルではあるが、戦いに勝つには、少しでも使い慣れた武器の方がいいだろう。
医の外にいる人も中にいる人も目を通しておくべき一冊。
Dan the Impatient Patient
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本当のタイトルは「医療は科学ではない」である。
しかし、それだと当たり前過ぎて困るのである。
主人公でもあり、同時に戦場でもあるのが厄介なんですよねぇ…。
高齢の方であったり、救急車で来た方のときは、余計に。
医科学ってのはあり得るかもしれないけれど.
「医術」という単語を新規導入しなくても「医療」という言葉があります。
本書を読んでいないので正確なことは言えませんが、
タイトルは作為的に「医学」を選択したのでしょうか?
それならいいのですが、
そうでないとしたら、
「医者」も「患者」も「著者」も、「医師」と「医学者」、「医療」と「医学」を混同しているという、日本の現状を如実に表しているように思います。
「医学」 : 学問
かと思います。
タイトルだけみれば適当なタイトルなのでは?


