2007年02月26日 13:30 [Edit]

頭がいいより気前がいい

その能力を発揮させるためには、何が必要か?

頭のいい人が成功できるかどうかの境目
能力は持っているだけでは意味がない。発揮できなければただの自己満足に過ぎないのだ。

気前のよさ、だと私は思う。


「頭がいい」が成功に直結しているとはとても言えない理由も、そこにある。「頭がいい」人々は、何かを行うとした際に、「それって頭がいい行動なのか。それでバカを見ることはないのか」と考えて、結果的に「何もしない」ことが多いように思う。そして、それを実際にやった人が失敗した場合は「だから言わんこっちゃない」と自己満足し、成功した場合も「そんなのわかり切っていた」とやはり自己満足してしまう。その結果、「見逃し三振」ばかりしてしまい、気がついたら打率最下位という羽目になってしまう。

「頭がいい」人々は、「頭がいい」というより「失敗に対して敏感過ぎ」というのが本当のところなのではないだろうか。

そして、人間社会において「何かを行う」ことは、「誰かに対して何かを行う」、すなわち「与える」ことを意味している。この場合に「バカを見る」というのは、「与えて」も何も返って来なかったり、その様子が「観衆」、すなわち第三者に揶揄されることを意味している。「バカを見る」を避けているだけだと、結局与えることも躊躇することになってしまう。

「気前のいい」人々は、そこが違う。彼らは与えることそのものが快楽であり、その快楽が強いが故に、「バカを見る」ことは必要経費だと思っているふしがある。もっとすごい場合は、「バカを見た自分」そのものが見えない場合すらある。

こういう人々は、最初は単なるバカでも時が経つにつれ強くなっていく。たしかに「バカを見る」費用が破産レベル、すなわち命に関わる場合はそこで終わってしまう。とはいえその場合とて、命まで与えて結果的に「バカを見て」しまった人々、すなわち「命を与えるほど気前がいい」人々を、バカ呼ばわりする人はいない。

とはいえ大半の場合、バカを見たぐらいでは命は取られない。しかし「バカ見学料」はきっかり徴収されるので、次に与えるものが少なくなる。これは気前がいい人々にとっては不快な出来事なので、彼らはそこから学習する。同じ「バカを見る」ことは避けられ、与え方の質も量も変化していく。そうこうしていくうちに、「バカを見ない」場合が出てきて、その報酬が、次に与えられるものを増大させる。このサイクルを繰り返すうちに、気前がいい人々はますます力をつけていく。

だから、「バカを見飽きる」前に「報酬を得る」、すなわち小さな成功体験を積むことはすごく大事なのだ。1円を10円にした経験がない人には、1万円を100万円にする経験はしがたい。しかし1万円を100万円にした経験の持ち主が、100万円を1億円にするのは、1万円を100万円にするより簡単なのだ。

「いや、宝くじのような運もある」という人もいるかも知れない。確かに経験なしで報酬が飛び込んでくる事も世の中にはある。しかしいきなり報酬が飛び込んできた人々は、それをどう再投資すればいいのか途方に暮れる。その結果身を持ち崩してしまう人も少なくないのだ。

だから私は、頭のよさと気前のよさとどちらを重視すべきかと問われたら、迷わず気前のよさと答える。ただし気前よさを発揮したら、次はもっと「頭よく気前よく」するよう付け加える。そうしていけば、「頭のよさ」は自然とついてくる。「気前よく」生き残った場合に必ず支払われる報酬がそれなのだから。

Dan the Selfish Altruist


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頭がいいより気前がいい 全くもってごもっとも。 つか、まさに自分が気前の悪い人間なので、何度経験しても、この指摘は落ち込み度が激しいです。しかし、かと言って、それに気付いても、知っていてもなかなか変える
耳がいたすぎる【Kazu'Sの戯言Blog(新館)】at 2007年02月27日 13:42
と言いたくなる事例なんだろうか? よかった。私は頭がよくなくて。(^ω^)
頭がいい人はひがみっぽい?【clausemitzの日記】at 2007年02月27日 01:31
と言いたくなる事例なんだろうか? よかった。私は頭がよくなくて。(^ω^)
頭がいい人はひがみっぽい?【clausemitzの日記】at 2007年02月27日 01:26
先日、尊敬する某アントレプレナーと一緒に飲んでいた時に彼が言った一言が忘れられません。 「人生とはいかに人に借りを作り、いかに貸しを作るかだ」 この言葉を聞いて、 「今まで色んな人から頂いたご恩を自分のために浪費するような人間にはなるまい」 って思ったのと同
[entrepreneurship] いかに貸しを作るか?【はじめダイアリー】at 2007年02月27日 01:08
この記事へのコメント
あえて言おう今時気前よくしてて生き残れるのは少数だって。馬鹿を見る費用がとんでもなく高騰してるんだよ。普通に命に関わる場合が多いんだからね。
Posted by 774 at 2009年01月19日 02:54
全然違うんじゃないですか?
Posted by あれ at 2007年02月27日 13:27
これって「成功するまで続ければ成功するんだ!!」っていうのとどこが違うんですか?
Posted by 小馬鹿 at 2007年02月27日 10:06
弾さん こんばんは!
これ とっても面白かったです。激しく同意します。

医学は科学ではないだったかな?このブログ記事の後の話もとても面白かったです。激しく同意します。

今後のご健勝を名古屋からではありますが、お祈りします!!!

おさすみなさいませ。
Posted by 貞子ちゃん at 2007年02月26日 22:36
デスヨネェ〜ぼくも同感です。www

ってこれだけです。

短くてスミマセン(^_^;)
Posted by 毎日出来事Watch at 2007年02月26日 18:55
ケチはダメだってことだよね。
誰のこと?
Posted by で at 2007年02月26日 17:38
前半は、

寺田寅彦「科学者とあたま」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2359_13797.html

と同工異曲かと思いましたが、「気前のよさ」というのは!ですね。

ポトラッチなんていうと大仰だし。これは何かに使わせていただきませう(^_^;;。そこのあたり、気前良くお許しくださいまし。
Posted by yabu at 2007年02月26日 17:03
これは納得。
Posted by aaa at 2007年02月26日 16:13
確かに「失敗に対して敏感過ぎ」はあるでしょうね。成功する期待値(成功する確率×成功して得られる利益)を計算出来るとしたら誰も努力したくなくなるような値が出るような気がします。下手に頭がいいとそのリスクを避けて程々の手堅い人生を目指してしまうものかも。
Posted by bob at 2007年02月26日 14:28
糸井重里氏の言う「先読み貧乏」ですね。
Posted by 金さん at 2007年02月26日 14:27