2007年03月02日 16:30 [Edit]

書評 - 水はなんにも知らないよ

本日到着。早速読了

面白かった。少なくとも 水からの伝言の6.0221415 × 1023倍は面白い本だと思う。ちなみに「水からの伝言」、一応(ブックオフで)立ち読みしてみたけど、とても金出して買う気にはならなかった。


本書「水はなんにも知らないよ」は、「新しい高校 (物理|化学|生物|地学) の教科書」の左巻健男による、「水からの伝言」に対する返事。もう少し正確に言うと、返事が半分。DHMO、別名水の基礎知識が半分という構成。

目次
  • 1章 検証「水は答を知っている」のか?
  • 2章 メッタ斬り!怪しい水ビジネス総まくり
  • 3章 私たちのからだと水
  • 4章 そもそもおいしい水とはどんな水?
  • 5章 水道水とミネラルウォーター

ニセ科学批判本としてより、水という身近なのに実はとても不思議な化合物の教養本としても楽しめる。

それでも、「ニセ科学批判」には、二つの点で不満があり、それは本書を持っても解消されていない。

一つは、批判の対象の優先順位。ニセ科学はしらみつぶしに批判するには(科学者自身によるもの含めて!)あまりに多い以上、当然批判に割く手間暇も、影響力の大きなものから優先的になされる必要がある。その意味で、たしかに「水からの伝言」は

Doblog - さまき隊的科学と環境と仕事と遊び -
まさか、あの写真集が学校の授業にそれが入り込んでくるとは思っていませんでした。世の中を甘く見ていたな。

とあるように、本を出してまで批判する価値があるといえばその通りだと思う。が、優先順位から行けば、もっと高いものがいくらでもあるのではないか。確かに教室で使われ始めたというのはorzだが、江本勝というのは所詮一個人であり、その影響力はたかが知れている。しかしこの手の「水商売」は、現在は上場企業ですら組織的にやっているのである。

たとえば何年か前に、私は「♪はじめての〜シャンプ〜ミネラ〜ルウォ〜タ〜のシャ〜ンプ〜」というCMソングを聞いてのけぞったことがある。それで成分表を見ると、EDTAと書いてある。ここで二重にのけぞってしまった。このシャンプー屋さんは、ニセ科学商品を成立させるのに、本当の科学を使っているのである。

この手の「組織的犯行」は、まわりを見渡せばお腹いっぱいどころか腹がさけるほどある。しかし、こうした「組織的犯行」に対して、ニセ科学批判の声は小さい。少なくとも私はそう感じる。ニセ科学批判は「戦うべき相手」というより「戦っても負けない」相手を選んで戦っているように見えてしまうのだ。

もう一つは、批判した後の「アフターケア」の欠如。「それは信じちゃいけません」という意見は決して少なくない。しかし「何なら信じていいの?」という声には、「それを提供するのは科学の仕事ではありません」という正しくそしてつれない返事が待っている。

Doblog - さまき隊的科学と環境と仕事と遊び -
今度もこの「水戦争」には負けると思いますが、ビリーバーをできるだけ減らしたいと思っています。

なぜ負けるのか?これがその理由だ。

性悪男がいる。それに騙されている女がいる。「その男はあなたのためにならない」と言っただけで彼女が性悪男を見放すか?「それなら誰ならいいの?」という彼女の切ない質問に、「俺は知らん」ではそれは彼女は優しく騙される方を選ぶというものだろう。

本当に彼女のことを大切に思うのであれば、「性悪男はダメ」では不十分なのだ。「俺の方がイイ」とまで言い切らないと。

もちろんこれは「科学的」ではない。いつかは「実は俺自身自分をどれほど信用していいのかわかっているわけではない」ということは彼女に伝えなければならない。しかしそれは彼女と関係が深まった後の話なのである。

ニセ科学批判というのは、その点実に非モテなのである。

学者のウソ p.9
われわれは、何かを信じなければ生きていけない。だから、疑うことを勧めるその次に、何を信じるか、あるいは信じられる社会を作るにはどうすればよいのかという点について理性的な指針を与えることが重要になる。そこを誤ると、既存の価値をすべて疑うように仕向け、その上で新たな教義を刷り込む新興宗教と同じ過ちを犯すことになる。

こういう視点が、もっと必要とされているのではないだろうか。

それは何も、「水はなんにもしらないよ」に対して「私なら知っている」というウソを方便にしろということではない。

「私と一緒に調べましょ」でいいではないか。

Dan the Skeptic Believer


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2エントリ連続で弾さんのとこからネタを拾うことになった、という当blogのワンパターンっぷりにはご容赦を。 404 Blog Not Found:書評 - 水はなんにも知らないよ 面白かった。少なくとも 水からの伝言の6.0221415 × 102
あれ、アボガドロ定数っていくつでしたっけ?【シム宇宙の内側にて】at 2007年03月03日 13:54
 「404 Blog Not Found」といえば、とても有名なブログ(で中の人は優秀なプログラマー)なので、トラックバックを付けるのは気が引けるのですが、ニセ科学批判ではおそらく私の方が深入りしていると思いますのでコメントを。  「書評 - 水はなんにも知らないよ」において...
まずは泥臭い作業をやってみてから【ダメプログラマーのお勉強】at 2007年03月02日 19:18
この記事へのコメント
トラックバックが飛ばないので、リンク置いておきますね。
『ニセ科学批判が非モテだって?』
http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20070308
Posted by lets_skeptic at 2007年03月09日 09:58
その江本という人が「水からの伝言は」“科学”ではなく“ポエム”であり、自分も“科学者”ではないって言ってるんだなあ。っやこしか。

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水からの伝言はポエムだと思う。科学だとは思っていない。僕は科学者ではない。単なるロマン的なこと、ファンタジー。宗教と紙一重なので、誤解いただくこともあるが、宗教家ではない。少年のまま大きくなった普通の人間。ただ、科学でわかっていることはほんの数%、95%はわからない。今後、周りの研究者によって科学的に証明されていくと思う。
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http://atom11.phys.ocha.ac.jp/wwatch/appendix/app33.html
Posted by zoffy at 2007年03月07日 17:46
>ニセ科学批判は「戦うべき相手」というより「戦っても負けない」相手を選んで戦っているように見えてしまうのだ。

そうですね。でも小さいところから攻めていくのも戦略だと思います。


>「私と一緒に調べましょ」でいいではないか。

その通りですね。具体的にどうすればいいか、科学者や学校の先生があれこれ考えているところだと思います。
Posted by mitsukus at 2007年03月07日 03:11
後は待つだけなんて言うと、最後には俺を選ぶことになるさなんてセリフを連想します。そんなセリフ普通は言えませんが、科学の場合は自分で考えることが出発点になっているので話は別です。自分で考えることのできない騙されるだけの人が本当の恋愛なんてできるでしょうか。騙されてしている恋愛なんて相手に依存しているだけです。そんな恋愛で君は満足なのかい?恋愛って、一人でも生きていける大人同士がするものじゃないのかなぁ。君が熱い恋をするなら相手は僕しかいない!!熱い熱い本当の恋をするなら世界で僕しかいない!!

長くなってしまい恐縮です。最後の部分は、恋愛という言葉の使い方が間違っているような気がしますが、なにぶん童貞なものでこれが限界です。やはりこんなことを言っていてはモテないのでしょうか。
Posted by mitsukus at 2007年03月07日 02:45
これでは、最も上手く騙す人が正しいということになってしまいます。科学者が最も上手く騙せるとは限りません。むしろ、ニセ科学者のほうが騙すのは上手いでしょう。ではどうすればよいか。科学がニセ科学と異なる点の一つは、科学的思考は自分で考えることを出発点にしているという点です。だから、自分で考えていない人のことは、わざわざ騙すのではなくて、自分で考えるようになるまで待てばいいのです。ただ待つだけでは進まないので、君の信じていることはおかしいよと説明してきっかけを与えるのです。騙す以外にできることはここまでで、後は待つだけです。
Posted by mitsukus at 2007年03月07日 02:44
でも、自分で考えることは信じさせる類のものではないので、教えられてできることではありません。自分で考えるところまでたどり着いたときには、すでにその道のりで自分で考えています。つまり、自分で考えることは発見するものです。確かに私たちは馬鹿ですがそれほど馬鹿じゃないので、きっかけさえもらえればいつかは自分で考えるという方法を発見できると思います。むろん、発見できずに騙され続けて死んでいく人や、発見したのに自分の利害のために他人には発見させまいと奮闘する人もいるわけですが。騙されるような人は自分で考えることができない人です。そんな人を騙してこちらを信じさせても、もっと上手く騙す人が現れたらそっちに移っていってしまうでしょう。
Posted by mitsukus at 2007年03月07日 02:43
>「それなら誰ならいいの?」という彼女の切ない質問に、「俺は知らん」ではそれは彼女は優しく騙される方を選ぶというものだろう。

誰がいいのかは自分で考えることだと思います。自分で考えることが科学的思考の出発点です。確かに私たちは馬鹿で騙されてばかりかもしれません。でも、君の信じていることはおかしいよと何回も言われて、どうすればいいのか分からなくなったときに、自分で考えるという方法を発見することもありえると思います。何かを信じているうちは自分で考えていないので、科学を信じているのでは科学的思考の出発点にも立っていません。この本の著者たちは、科学を信じさせたいのではなくて、科学的思考を知ってほしいのだと思います。
Posted by mitsukus at 2007年03月07日 02:41
この本の出版社って、自己啓発セミナーiBDを主催していた伊藤守の会社ですね。
う〜ん、なんでまたそこからという気が。
Posted by とまる at 2007年03月04日 15:20
>江本勝というのは所詮一個人であり、その影響力はたかが知れている。

影響力を過小評価しているような気が。

「水からの伝言」は必ずしも個人のものではなく、「波動」ビジネスと結びついた(規模はどうあれ)組織的なものと言ってよいと思います。また、全国の学校に広がるにあたっては、全国組織を持つとある教員団体が強く関与しています。(なお、道徳の授業で使われている、というのは現状であって、 使われ始めたという段階を過ぎています。)
Posted by ym at 2007年03月04日 12:14
なるほど。
ひとつ賢くなりました。
ありがとうございました。
Posted by ごろー at 2007年03月03日 21:46
>「ニセ科学」と呼ぶのは、文脈によっては「疑似科学」という言葉が褒め言葉になるからである。
>具体的にはSF小説やファンタジー小説の批評などで”よくできた疑似科学的説明”などという
>表現が使われる。「疑似」という言葉には価値判断が含まれないということであろう。「ニセ」と
>いう言葉は否定的な意味合いを強く含む

同じ非科学の中で、ニセ科学(真っ黒)と疑似科学(真っ白)の間には、
『グレーゾーン』が広がっている、ということも、もっと強調されていい
ように思っています

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ちびたま作戦会議室
http://8125.teacup.com/tyaco/bbs
Posted by ニセ「ニセ科学批判」だ2 at 2007年03月03日 11:04
オノ・ヨーコからのクリスマス・メッセージ
http://www.dreampower-jp.com/peace/xmas_messege.html

については「科学にはなりようもないものを科学として紹介している」という点では明らかに批判されて然るべきでしょう。
しかし、必ずしも『考えることを放棄するように勧めている』と読める文章でなく、そのような批判は当たらないと私は強く思います。ですから、そこまで踏み込んで批判しているかのような印象を与える書き方は避けた方がいい、という主旨です。

つまり、『水伝について肯定的に書いていれば(…略…)である』と断定的に主張したり、考えたりすべきではないのではなかろうか、と私は思う訳です。豊富なご経験に基づいて「水伝について肯定的に書いていれば、(…略…)である場合が多い」という確率的な推察を否定するのものではありませんが…。
Posted by ニセ「ニセ科学批判」だ1 at 2007年03月03日 11:01
ごろーさん、
ごぶさたしてます。解説代わりに、EDTAをWikipediaへのlinkにしておきました。
Dan the Chemistry Dropout
Posted by at 2007年03月02日 23:51
すみません。
EDTAって、何でしょう?
解説をキボンヌ。
Posted by ごろー at 2007年03月02日 23:40

ところでリチャード・コシミズからの伝言はトンデモなのだろうか?

Posted by ナナフシ at 2007年03月02日 23:38
ダンさんは新書類がすきなんですね。

プラトンとか、ハイデガーなどの哲学系の
本の紹介があまりないですけど、
そうゆう本は読まないのですか??
Posted by 吉田 at 2007年03月02日 19:31