2007年03月15日 11:30 [Edit]

書評 - いいたかないけど数学者なのだ

数学者はどうもエッセイストとしても有能らしい。本書の飯高茂もその例から漏れない。

しかし、数ある数学者の手によるエッセイと本書が違う点が一つある。

数学が、出てくるのである。


本書、「いいたかないけど数学者なのだ」は、数学者飯高茂のエッセイである。エッセイだけあって一般書では数学の専門書では決してない。そして一般人に遠慮してか、一般書に数学者が数学者をはじめてとする人物のことを書いても、数学そのものを書くことは以外と稀である。ましてやそれが数式ともなれば。

目次
  • まえがき
  • 第1章 変わり者
    • 我が師H先生
    • 我が友S君
  • 第2章 S君の読書ノート
    • S君の読書ノート
    • S君の雑録
    • S君の数学読書ノート
    • 若い人がこれからすること
    • 40年間、秘められた教授の思い
    • S君の悲劇
  • 第3章 数学の使い道
    • ガウスの息子
    • 東大教授も大間違い
    • 飯高研究室を訪れる人々
  • 第4章 数学の講義生中継
    • 現代科学の講義
    • エクセルで賭けの実習
    • 理論的考察
  • あとがき

目次を見ての通り、実際の講義も後半で顔を出すし、エクセルまで使っている。といっても安心して欲しい。難易度から行けばコマネチ大学の問題とどっこい程度だ。現役の数学者なら「これじゃ算数だよ」というレベルかもしれない。しかしそれでも数学には違いない。

個人的には、これは嬉しい。確かに数学者というのは面白い人物ばかりだ。しかしなぜ彼らが面白いかと言えば、面白いことを常日頃から考えているからだ。その「面白い考え」抜きに「面白い行動」を追いかけても確かに面白いのだが、それは実のところ、日食の時の太陽を見ているようなものだ。太陽を取り巻くコロナは確かに美しいが、それは太陽の外側に過ぎない。

本書には他の数学者エッセイと異なる点がもう一つある。共著なのだ。数学者と数学者以外との対談は少なくないが、数学者のエッセイが共著されるのは珍しい。しかし本書の著者は飯高茂のみとなっている。それはなぜかというと、もう一人の著者である「S君」は37歳で夭逝してしまったのだ。本書で最も長い第二章は、そのS君の読書ノートである。その中に春宵十話を見つけた時には、何とも言えない感慨に襲われた。

あとがき
 ところで、小川洋子さんの名著『博士の愛した数式』により、「数学者=変人」という等式が、普遍的に信じられるようになった。しかし、正しくは「数学者は真理を愛し、人にやさしい」のであり、度が過ぎても気にしないため、変人と見られやすいだけのことである。
 もちろん私自身は、変人ではない。

「いいたかないけど数学者」である飯高先生が変人かどうかは、是非本書で確かめて欲しい。

Dan the Mediocre


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この記事へのコメント
ななしさん、
確かに、手元のXML Parserでもエラーがでて、
http://validator.w3.org/feed/
でチェックしたらなぜか
<title>フジテレビ「とくダネ!」より取材</title>
で引っかかってました。該当記事を再構築したら直りましたが、なぜだったのでしょう。
ご報告ありがとうございました。
Dan the RSS Feeder
Posted by at 2007年03月15日 20:19
このブログのRSSが壊れてる件

Firefoxのライブブックマークでは見られないし、バリデータでもエラーが出るお
Posted by ななし at 2007年03月15日 19:09
「おれって変人だから〜」という人もたいてい変人ではないという法則
Posted by 暇人 at 2007年03月15日 14:43
自分で変人ではないと言う人は大抵変人であるという法則
Posted by bob at 2007年03月15日 14:01