2007年03月16日 16:45 [Edit]

この記事をクリップ! newsing it! Buzzurlにブックマーク b.hatena.ne.jp/entry 科学=永遠のβ版

やっとわかりやすい説明を思いついた。

痴呆(地方)でいいもん - トンデモの空白をどううめるか
基本的には、トンデモさんに対して我々ができるサポートは、この試行錯誤を支援することのように思う。また、我々がトンデモにおちいらないためには、この試行錯誤に耐えるべきだと思う。
赤の女王とお茶を - 理科教育より科学教育を
実際はこの「試行錯誤のやり方」こそが科学のコアなんであって、それが掴めないといつまでたってもあっちからこっちへと右往左往することになりかねません。

「耐える」のではなく「ハック」するではどうだろう。

タイトルどおり、科学を永遠のβ版とみなすのだ。

確かに永遠のβ版には、100%保証はありえない。それでもそれが役に立てば人々は使う。間違っていることだって、使いながら直して行けばいい。すでにそれがうまく行くことは、Webが証明してくれた。

我々はついつい「100%保証はない」というところに目が向きがちだ。だから「その不安に対してどう対処すればいいのか」と問われたとき、「耐えろ」と答えてしまう。これでは「品質保証付き」のバージョンに人々は流れてしまうだろう。

違うのだ。品質保証がないことそのものが美点だということに気がついてもらうことこそ大事なのだ。高品質のものをはじめから提示するのではなく、品質はさておきとりあえず提示し、使いながら品質を高めて行く楽しさに気がついてもらえばいいのだ。

だから、大事なのは「現在の思いつき」を提示しておくこと。それがトンデモに見えようが、「とりあえずの答え」を出しておくこと。

実際、科学は過去に何度もトンデモな答を提示してきた。空気より重い機械が飛ばないといったは科学者だった。天動説だって、かつては科学だった。ライナス・ポーリングのメガビタミン仮説って今はどうなっているのだろう?

しかし、それはそれでいいのである。後で直せばいいのだから。

後で直せる。自分たちで直せる。

他の教義と科学を分け隔てるのは、実はこのことしかない。科学だけは、教義をハックすることを許しているのだ。他は神であれスパモンであれ、「彼」によって一端品質保証されてしまうと、それを直すことは許されない。教義を直せないので、結局新しい問題が発生すると、「坊主」が「バッドノウハウ」をひねり出し、そのバッドノウハウが教義の一部と誤解され、そのうちその誤解が誤解であることを忘れられ、ドグマはますます肥大して行く。

その点では他の教義も「進化」するのだけど、科学の場合、古くて使えなくなった教えを「捨てる」ことが許されている。だからコードは常にコンパクトにまとめられる。コンパクトなコードが強健(robust)なことは、我々は単に知識として知っているにとどまらず、経験として肌で知っている。

それだけでも科学には他の教義に対して優位なのに、その上この教義ハックは楽しい作業なのだ。教典は使うより書く方がずっと楽しいのだ。それがどれほど稚拙なハックであろうとも。

もちろん、科学ハックはコードハックほど「間違ったら直せばいい」がカジュアルに出来ないことも多い。物理世界はソースコードほど簡単にパッチも編集も出来ない。そのときはよかれと思ってやったハックが、後でとんでもない負担になったことも少なくない。前世紀にはこのハックの素晴らしさと同時に、バグの凄まじさとデバッグの難しさに誰もが目をまわした。

それでも結局のところ、ハックが起こした問題は別のハックでしか直せない。科学の過ちを正せるのは科学だけなのだ。そして実際にその作業を覗いてみれば、それは辛い以上に楽しい作業であることはすぐわかる。疑似科学は、正しくない以前につまらないのだ。

永遠のβであること。これは科学の唯一にして最高の福音である。

もっとも、実は科学の世界もソフトウェアの世界も、一つ小さからぬ共通の課題を抱えている。コーダーたちが「リリースエンジニアリング」と読んでいる問題である。実はどちらもこの分野は人気がない。リリースに際しては、ハックを楽しんでいる段階では生じなかった「責任」というものが生じるからだ。疑似科学の多くは、実はリリースエンジニアリングの不備を突いてきている。科学者がリリースをためらっている間に「それっぽい」疑似コードをリリースしてしまうわけだ。

しかし、我々はもう知っている。永遠のβが「神リリース」よりも使い物になることに。そしてそれがずっと楽しいことに。リリースエンジニアリングという課題はあるけれど、リリースエンジニアリングそのものも永遠のβである以上、いずれは「神リリース」を品質でも使い勝手でも追い越すことになるだろう。

一度は地に落ちたハックという言葉は完全に復権をとげた。科学だってそうなるのではないか。

Dan the Perpetual β


この記事へのトラックバックURL

この記事へのソーシャルブックマーク
はてなブックマーク
Livedoorクリップ
0 Buzzurl
この記事へのトラックバック
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50787697.html 弾氏は、科学を「永遠のβ版とみなす」という事を言っているようです。これは、今までの弾氏の中では最も適切な科学観だと言えます。逆にいままでニセ科学批判で的外れなことを言ってきたのは、このことを今まで理
[ニセ科学][懐疑]『404 Blog Not Found:科学=永遠のβ版』【Skepticism is beautiful】at 2007年03月16日 17:39
それでも結局のところ、ハックが起こした問題は別のハックでしか直せない。科学の過ちを正せるのは科学だけなのだ。そして実際にその作業を覗いてみれば、それは辛い以上に楽しい作業であることはすぐわかる。疑似科学は、正しくない以前につまらないのだ。 404 Blog Not Fo
ハッカーになろう【痴呆(地方)でいいもん】at 2007年03月16日 19:43
ちょっと引用が続くがご容赦を。 タイトルどおり、科学を永遠のβ版とみなすのだ。 (略) もっとも、実は科学の世界もソフトウェアの世界も、一つ小さからぬ共通の課題を抱えている。コーダーたちが「リリースエンジニアリング」と読んでいる問題である。 404 Blog Not...
prima materia diary - 科学とソフトウェア 永遠のβ版とリリース版【prima materia diary 】at 2007年03月19日 01:11
dankogaiさんのサイト"404 Blog Not Found"の2007年03月16日付の記事 「科学=永遠のβ版」http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50787697.html は非常に興味深いし、良いところを突いていると思う。 <font color="blue"> 「確かに永遠...
ノイラートの船は快速かも【地獄のハイウェイ】at 2007年03月23日 21:24
もうやめます。許してください http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50787697.html...
インターネットはもうやめます【あほあほ機動戦隊フマさん】at 2007年05月04日 03:21
この記事へのコメント
科学のことを議論するには、精度を考えないといけないと
今日あらためて、また思いました。

円周率は3で十分なこともあれば、
3.14でも不足の場合も多い。

とんでもとかとんでもでないとかいう議論は
ある意味不毛だと思う。

理科教育にもこの観点は必要かなと思います。
Posted by 本澤光威 at 2007年03月16日 18:43
# osakaeco 『本澤さん。はじめまして。

トンデモとか、トンデモでないとか呼ぶかどうか別として、現実に対応しているか、現実からズレているかはある程度は議論できると思うんですね。円周率の場合、目的がドームつくることだとすれば、3でも立てばいいし、10桁でも、立たなきゃだめですよね。』
Posted by こぴこぴ at 2007年03月16日 20:59
これは価値観の問題かもしれないが,科学事実は概して「発見」対象として既に実存するものであるから,人間が創作する hacking 対象にはなりえない.その意味で永遠のβ版という換喩は妥当ではない.
Posted by hoge at 2007年03月16日 22:58
# 菊池 『先生へ:
# shinichiroinaba 『同年輩の方にお説教など心苦しいのですが。
本当にねえ、つくづく思うんですが、本田さんも内藤さんも勉強も想像力も足りないの。
いやね、きっと勉強してる(つもり)なんだと思うけど、実際大変な努力をしてるんだと思うけど、多分その勉強の仕方が間違ってるの。
他分野の専門家の話を聞いても、その結論のなかで自分にとって勉強になると思える(つまりは都合のよい、認知的不協和の少ない)部分だけをつまみ食いするだけなの。だからいくら勉強しても深まらないの。自分が変わらないの。
http://d.hatena.ne.jp/suuuuhi/20060901』
Posted by algebro って共同研究者か、なんかじゃね? at 2007年03月17日 01:59
変な切り口を承知で失礼します。

この世界の真理は不確定性原理の壁によってソースが隠蔽化されておりますので、リバースエンジニアリングが不可能なソフトウェアとしてコンパイルされていると見なすことが出来ると思います。
その前提に不完全性定理を適応すると科学の限界が自然と導かれる気がします。

ところで人間が扱う言語(=数学)による科学の発展は、
・ソース無き移植版(ローグライクゲーム?)の作成
・エミュレーターのβテスト
・壮大なる車輪の再発明
のうち、どれが最もふさわしい表現になるでしょう?

僕は3番目だと思います。
Posted by Youth at 2007年03月17日 02:02
げげ、二重投稿すいません。
キャッシュの方を読んで投稿が反映されていないと判断してしまいました。

お手数ですが、前の方を消して下さい。
Posted by Youth at 2007年03月17日 02:07
>algebro って共同研究者か、なんかじゃね?

あんた、もう終わってるってw
Posted by きくちさんへ at 2007年03月17日 02:13
何度も投稿、大変申し訳ありません。
結局三重投稿ですね。

Opera9.10からだと投稿が即座に反映されず、キャッシュを消して再起動の上リロードすると投稿「前」の状態が表示されていました。
いまFireFoxで確認して投稿が消されたわけではないと言うことが分かったのですが、なにか最近コメント投稿に関する仕様が変わりましたでしょうか?
FireFoxでも投稿が出来てないです。NoScriptのせいでしょうか?
Posted by Youth at 2007年03月17日 02:27
Youthさん、
「申し訳ない」は<一度で>お願いします。こうも多いと「消して下さい」でどれを消していいのかがわからなくなっちゃいます。
とりあえず確認できる分の重複コメントは消去しておきました。
Dan the Webmaster Thereof
Posted by at 2007年03月17日 03:08
はい、ごもっともです。以後気をつけます。
どうにかしていたずらではないと伝えたくて焦ってしまいました。

投稿できてないと思っていた投稿が全て投稿済みだったのでしょうか?
投稿後に
〜/50787697.html#error
というアドレスに飛んだ場合はブラウザに反映されず、キチンと投稿されたと確認できたタイミングでは
〜/50787697.html
へ飛んでいたように見えたのでそれで判断していました。

以上、報告です。
Posted by Youth at 2007年03月17日 10:20
# エゴ 『私のエゴとしては、「まともな科学」好きの人を増やすよりも、「まともな科学」嫌いの人を減らすことに興味がある。そういう訳で、「まともな科学」好きの人間が「まとまな科学」嫌いの人を叩いているのを見ると、お前は邪魔だと思う訳ね。まして、それが科学者だったりすると『自業自得なんだよ。バカめ』とか思う訳。

ホメオパシーの人についても、「彼らがまともな医学のことを特段、好きではない」としてもほとんど問題ないと思う。もしも「まともな医学を避けている」とすれば問題なだけでね。ホメオパシーを止めさせる必要は、ほとんどない。』
Posted by algebro って共同研究者か、なんかじゃね? at 2007年03月17日 14:46
盛り上がっているところで、
タイポのお知らせです。
"読んでいる問題"×
"呼んでいる問題"○
Posted by 九龍 at 2007年03月17日 15:11
〔番外〕 ド・マン論争とソーカル論争
http://www.j.u-tokyo.ac.jp/~shiokawa/ongoing/books/deman.htm
Posted by 佐々木力 at 2007年03月17日 20:54
ふま。
消えろこの粘着野郎。ごみ虫が。
もとはといえばてめえがアラシたようなもんじゃねえか。
もとはといえば黒木玄憎しで、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とばかりに、はっきりした動機もなしにリフレ派に敵対粘着始めて、あちこちのブログや板を汚して。
その行きがかりで、別に反リフレというわけではないが、経済学懐疑派ということでリフレ派とやりあっただけの本田さんに対して、「敵の敵は味方」とばかりに応援の押し売り、おしかけ味方粘着始めて。
それで今度は、電波文体抑えて、ものわかりよさげに蝙蝠ばりの立ち位置探しか。
ふざけんじゃねえ。
さっさと消えろ。
投稿 いなば | 2006/08/28 18:40:15
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_2cf7.html
Posted by いなば振一郎 at 2007年03月18日 00:06
健康管理と余命との因果関係の問題ですが
  健康管理(原因)→余命(結果)
だけではなく
  余命への期待(原因)→健康管理(結果)
というルートも若干あって可笑しくはないでしょう。
しかし、問題は『前者のルートに比べれば後者のルートはかなり小さい』と考えるのが常識だと思います。この常識に対してインパクトを与えるにはデータの中身をちゃんと出さないとダメです。例示で適当な数字を出したのなら、「後者のルートがある」ことの説明上のお話にしか過ぎませんです。いや、もちろん『これはデータに基づいている訳ではなく、説明上のお話だよ』と最初から言っていたのなら、何の問題もありません。説明上のお話であるものをデータに基づいた重大な別の結論であるかのような印象を与えようとしたことが問題なのです
http://d.hatena.ne.jp/nabeso/20061130#1164817131
Posted by トンデモ山形さん at 2007年03月18日 01:03
ナイス・トンデモ! GJ!

>「3次元球面から1点取り除く→3次元空間状になる」(=希望としてはそうなってくれると綺麗だよね) ってのが、3次元ポアンカレ予想です。

http://rikei.spaces.live.com/blog/cns!B2DB7723CECCAA05!6294.entry#comment
Posted by Joseph-Yoiko at 2007年03月18日 03:22
> しかし本とかまとまった論述とかを書いていないのに教育テレビで話ができるというのも問題ですよね。

う〜ん、でもニセ科学批判には何か『基本文献』がちゃんとあるらしいよw

# きくち 『ああ、「うま」氏はここの常連だった?コメント読んでないから、気づきませんでした。みんなが反応したのは「啓蒙精神」ですよ。でも、無駄でしたね。基本文献を読んで出直してください。

http://d.hatena.ne.jp/osakaeco/20070313#c1173975520
http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20070112#c1169383493
Posted by 菊池誠先生の論文 at 2007年03月18日 14:57
絡むわけではないのですが、
例えば、「天動説」と「地動説」について、
「地動説」の方が恐らく正しくて簡単に精度よい計算が
できると思いますが、
「天動説」に基づく研究や計算が科学ではないと
は言えないと私は思うのです。
もしも、「天動説」を信じている小学生がいて
直ちにそれを「とんでも科学」と断じるなら、
それはよくない風潮だと思うのです。
科学は、結果ではなくて、手法なので、
永遠のβ版という表現は、やはり不適切だと
思うのですが。
Posted by 本澤光威 at 2007年03月19日 07:24
>私達がオウム真理教で引き起こした凶悪事件で使われたのは、疑似科学ではなく科学でした。
>オウム真理教が犯した忌まわしい犯罪は、疑似科学による詐欺商法とは事情が異なると考えています。

ああ言えば上祐…?
Posted by 上祐さん at 2007年03月19日 11:55
所謂「ニセ科学」は根本的に「科学」と相容れない部分を持っているので、将来的に「ニセ科学が科学に資する」可能性はありません。
このことは「なぜ反証実験なしに否定していいのか」と云う件も含めて、科学者の共通了解としてちゃんと説明されています。
それらの『文献』に当たるのは(科学と非科学の特集を組むぐらいなら)とても簡単なのに、その部分を自分で確認すらせずに記事を書く、と。
これは「議論をしてるつもりになっている」だけなんです。その言説は「自分が議論をしているつもりになれて気持ちいい」以外の意味がなく、当然ながら主張そのものも(自分以外には)意味のあるものとして受け取ってはもらえない。
そのこと自体はかまわないんですが、新聞の特集記事なんかですべきことではありません。自分でブログを作って楽しくやればいいことです。

http://rikei.spaces.live.com/blog/cns!B2DB7723CECCAA05!8591.entry#comment
Posted by pooh at 2007年03月19日 13:55
# もう一つ 『「科学の理念」を実行しているのはトンデモさんの方であって、それを批判する方は科学者達も含めて「科学の権威(信用)」に拠っているということも多いと思う。というか、大概はそういうケースではないかと思う。

私はハッカー教ではないので、これはこれでいいと思うのです。但し、そうであるなら「科学の理念に従って判断せよ」なんて説教すんじゃねーよ、ってことです。それは、科学不信を呼ぶだけの下らないダブルスタンダードな訳です。』

http://d.hatena.ne.jp/osakaeco/20070319/p2
Posted by 権威としての科学 at 2007年03月19日 23:41
元コメント(1):
これ、ぼくのところでも何度か扱ったのですが、所謂「ニセ科学」は根本的に「科学」と相容れない部分を持っているので、将来的に「ニセ科学が科学に資する」可能性はないんですよね。で、このことはぼくも云ってますし、「なぜ反証実験なしに否定していいのか」と云う件に絡めて、複数の科学者の方がちゃんと説明されています。で、それらの文献に当たるのは(ここに書き込めるぐらいなら)とても簡単なのに、その部分を自分で確認すらせずに意見を云う、と。これは「議論をしてるつもりになっている」だけなんですよね。その言説は「自分が議論をしているつもりになれて気持ちいい」以外の意味はなくて、当然ながら主張そのものも(自分以外には)意味のあるものとして受け取ってもらえない。
Posted by ふま at 2007年03月20日 00:43
元コメント(2):
いや、そのこと自体はかまわないんですが、他のひとのブログのコメント欄なんかですべきことじゃないですよね。自分でブログを作って楽しくやればいいことです。
投稿 pooh | 2007/03/19 12:23:43
http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_6e2a.html
Posted by ふま at 2007年03月20日 00:46
うま氏の犯罪(まとめ):
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1174234771
Posted by きくち at 2007年03月20日 02:08
菊池誠@大阪大サイバーメディアセンター
詐称できないように所属込みで本名を名乗ります。  3/18 10:53の元村さん・田中さんのコメントを削除してくださらないと、僕が「削除されるほどの内容」を書き込んだかのような誤解を受けますので、よろしくお願いします。 なお、Yoiko-JosephはJosephYoikoさんのニセモノですし、ぷーさんはpoohさんのニセモノです。議論が引っ越してきたのではありません。単なる「荒らし」行為です
3月20日 8:09

http://rikei.spaces.live.com/blog/cns!B2DB7723CECCAA05!8591.entry#comment
Posted by きくち at 2007年03月20日 22:24
# 菊池誠@ 『大阪大サイバーメディアセンター
詐称できないように所属込みで本名を名乗ります。
http://rikei.spaces.live.com/blog/cns!B2DB7723CECCAA05!8591.entry』

http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20070310#c1174397882
Posted by 駄目な奴 at 2007年03月21日 15:37
■[告知]ふまについて
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1174435333
既にハンドル「ふま」その他を用いて悪ふざけをするやからの行いは比喩でなしに犯罪の域に達しております。
今後は「ふま」のみならず「ふま」と遊んであげてこの馬鹿を増長させる者も同罪とみなします。
必要とあらば当方でもプロバイダに申請して関連コメントのIP等調べ上げ、公開し、場合によってはしかるべき措置(被害届等)をとらせていただきますのでそのつもりで。
他に迷惑をこうむっている皆さんも、断固たる措置をおとりになるようお願いします。

http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20070321/p1
Posted by 比ヤング at 2007年03月22日 04:07
なんかどこまでが真面目なコメントでどこからが荒らしかよくわからん。
なにこの場外乱闘。
Posted by at 2007年03月22日 11:50
まじレスすると九龍さんのタイポ指摘以降全部同一人物のコピペ荒らし。
Posted by   at 2007年03月22日 13:39
比ヤングだな
Posted by at 2007年03月22日 14:44
間違って二重にトラックバックしてしまい申し訳ありません。
2番目の2007年03月23日 21:24の分を削除していただけると幸いです。
Posted by katsuya at 2007年03月23日 21:28
「超レトリック」です

> 探索途中の研究者なんて「ニセ科学」をやっているのか「まっとうな科学」をやっているのか自分でも判断できない
> 「ニセ物」と思われる所から「いいえこれは本物です」と言い始める訳です
投稿 柘植 | 2007年3月29日 (木) 13:07
http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_1b6c.html#comment-18274131
Posted by 柘植さんの… at 2007年03月30日 14:46
■心理学実験(演示?)としての水伝授業 13:24

>心理学的次元に持っていけば、実験は可能でしょうね。良い言葉/悪い言葉も、綺麗/汚い結晶も、操作的に定義してしまえば、それなりのものは、可能かな、と。「良い言葉/悪い言葉」は、辞書的な定義に従って、共通了解を得られている語句を用い、「綺麗/汚い結晶」は、多数の人に評定をさせるなりして、統計解析をすれば、一応、可能でしょうか。

投稿 TAKESAN | 2007年4月30日 (月) 01:49
http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_f20d.html
Posted by 水伝授業 at 2007年05月03日 19:49