2007年04月16日 00:15 [Edit]

日本の歴史の素朴な疑問 -- 弩の不在

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ここ二週間Load Averageが高かったので週末はぐったり。あまりにぐったりしていたので日頃は見ないTVも結構見てました。それでHistory Channelの"Engineering an Empire"という番組で、アレクサンダー大王の前後の頃の「帝国の技術」を見てふと思った、というよりずっと疑問に抱いていたことを思い出したのですが....


なぜ、日本では弩(いしゆみ)が歴史にあまり登場しないのでしょうか?知らない人のために解説すると、ボウガンのことです。弓に引き金がついたやつ。矢ガモメーカー。

日本では運用が難しそうな馬ですら、源義経のような例があります。そして鉄砲に至っては、日本に入るやいなや、世界一の鉄砲大国になっていたりします。空母の運用で先鞭をつけたのも日本。かのごとく、新兵器大好きな日本が、なぜ弩を導入しなかったのでしょうか?

一応それっぽい説明が、Wikipediaにあることはありました。

弩 - Wikipedia
しかし10世紀頃に兵(つわもの)から武士が誕生し、争い事自体が領主としての武士とその郎党・下人らで組織される多くても数十人単位の小集団同士の武力衝突が多くなった事、その争いでは「首級数」よりは「誰の首級か」が重要になった事、地方軍制もその小集団を束ね自らが軍装を持参する新たな国衙軍制が成立した事などにより、兵器として管理・整備が難しく国司・郡司による中央統制的兵器管理が必要な弩は全体として軍備から外され消滅に向かった。代わりに管理のし易い軽便な軽甲・弓箭が主流となる。

そして弩のような集団戦闘向きの武器が望まれる戦国時代には、すでに弩よりも威力がある鉄砲が入っていたと。もっともに聞こえるのですが、それでも納得できないのは、実は刀が戦闘ではほとんど役に立っていなかったという事実があるからです。このあたりの事情は、「刀と首取り」に詳しいのですが、実際戦における主力兵器は鉄砲以前には槍と弓でした。

弓道も含めた「○×道」というのが成立するのは、天下太平となっていく安土桃山から江戸時代であることを考えると、それ以前の時代に最強兵器となりえた弩を簡単に手放すとは思えないのですが。

どうしてなんでしょうねえ....

Dan the Amateur Historian


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404Blogさんの日本の歴史の素朴な疑問 -- 弩の不在 が、とっても面白いです。是非とも、実際に飛んで行って みなさん熟読ください。 以下一部抜粋 引用 なぜ、日本では弩(いしゆみ)が歴史にあまり登場しないのでしょうか?知らない人のために解説すると、ボウガンのこと...
弩(いしゆみ)の不在という日本の中世史の不思議。【貞子ちゃんの連れ連れ日記】at 2007年04月16日 16:20
この記事へのコメント
それじゃ次は「歴史群像」の書評で。
Posted by hiya at 2007年04月16日 22:00
昨年、学研の雑誌「歴史群像」で既に考察されていたりする。
検索して見つけた2ちゃんねるのスレはほぼこの内容の焼き直し。

「何故弩は一般化しなかったのだろうか」
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1168695630/
Posted by 令博 at 2007年04月16日 17:39
純粋に弩に使う素材が無かったのでは?

弓ですら大陸の短弓と同等の威力を出すためにあの2mを超える長弓を使用せざるを得なかった状況で、威力のある弩を作れたとは思いません。

威力が無い弩なら、長い槍や普通の長弓で間に合ったからなのでは・・?
Posted by たいまい at 2007年04月16日 17:08
チカラの加減、距離の測定が難しかったからでしょうなあ。
プログラマにはわからんのですよ。
Posted by cyberbob:-) at 2007年04月16日 16:00

そうはいってもこちらが脇差しや小太刀で武装しているのに
夜盗が手槍や刀を使ってきたら、相手が鴨居や柱に刀を食い込ませる
まで待っているわけにもいかず、圧倒的に不利になるわけでw

たとえば、アメリカで防犯用に好まれるのが手軽な
小口径の銃ではなく、45口径の大口径の銃だって理由が、
 1)殺した方が捕縛する手間がかからない
 2)殺した方があとで復讐にこなくていい
 3)殺した方が警察の取り調べが簡単
なので、脇差しより太刀が一般的だった理由もこのあたりかも……。

太刀だけにタチが悪いと。
Posted by 提督 at 2007年04月16日 15:34
>>提督

室内戦闘で太刀なんて振り回せませんよ。
鴨居や柱に食い込んでオシマイっす。
まともに使えるのは突き技くらいじゃないかな。
(だから新撰組は突き技が得意だった?)

まあ、室内戦闘なら脇差か小太刀の方が向いているでしょう。
Posted by   at 2007年04月16日 13:32
車輪で移動する系の重兵器も登場してないですよね。
三国志だと攻城兵器としてでてくるやつ。
Posted by kawaguti at 2007年04月16日 10:51
大和朝廷による蝦夷征服戦争では、大陸渡来の弩がかなり使われたようです。
Posted by 笑雲 at 2007年04月16日 10:21
刀は市街戦(屋内)用の武器として有用でした。
夜盗が屋敷に押し入ったときに攻防側で使われています。
時代劇で殿様の枕元に刀が置いてあるのはその名残ではないかと。
剣術が護身術と結びついているのも、百姓が刀槍術を習ったのも、
夜盗対策で刀が身近だったからじゃないですかねえ。
Posted by 提督 at 2007年04月16日 10:01
>弩が普及しなかった理由

部品数が多くて製造が難しい。また、材料が国内で調達しにくく、腐食しやすいものもおおかった。
など、「メンテナンスのしにくさ問題」をあげている文献がありましたよ。
真偽のほどはわかりませんが。
Posted by とくめい at 2007年04月16日 09:01
>からくり兵器というと日本ではカタパルトもほとんど使われてませんね。

中国や欧州のように街を囲む城壁が日本にはなかったことが、攻城兵器が発達しなかった理由のように思えます。
Posted by sonar at 2007年04月16日 01:59
弩も弓も一長一短があるので、弩が最強兵器になり得たかどうかは微妙なところです(クレシーの戦いでは弩に対して長弓が有利でした)。Wikipediaにあるとおり、当時の軍制や社会制度に弩という武器がたまたま合致しなかっただけではないでしょうか? 


Posted by sonar at 2007年04月16日 01:54
からくり兵器というと日本ではカタパルトもほとんど使われてませんね。
Posted by bob at 2007年04月16日 01:39