2007年04月17日 04:00 [Edit]

書評 - 官僚とメディア

官僚批判本も、メディア批判本も腐るほどある今、もうお腹いっぱいの感があるけど、本書だけは別腹を用意するだけの価値がある。


本書「官僚とマスコミ」は、「特捜検察」の魚住氏がジャーナリストの最後の聖域に挑んだ本。「官僚」と「マスコミ」のどれか片方だけでも充分聖域だが、その両者の接点ともなれば、その結界の強さは想像を絶する。

通常本blogでは、ここに目次が入るのであるが、今回は少し趣向を変えて、一章の目次ごとにその最後の段落を引用する。ネタばれにならずに本書を紹介するには、それが一番よいと愚考したからである。

  • 第一章 もみ消されたスキャンダル
    現場で走り回る記者達の真剣な思いを共同通信上層部は無視しつづけるのだろうか。だとしたら、それはまさにジャーナリズムの自殺にほかならない。
  • 第二章 組織メディアの内実
    そのたびに本来のジャーナリズム精神が少しづつ失われ、職場の荒廃が進み、権力の暴走をチェックする機能が衰退していったのだと思う。
  • 第三章 悪のトライアングル
    ブラックボックスと化した計算プログラムと、形骸化した建築確認システムが偽装を覆い隠してしまったからである。
  • 第四章 官僚達の思惑
    国交省の担当記者たちはそれと気づかぬまま、官僚たちの生き残り戦略に加担させられたのである。
  • 第五章 情報閣僚
    こうした記者と官僚の一体感、メディアと官僚機構の共犯関係は旧陸軍や検察庁だけではなく、霞ヶ関を中心とする全国津々浦々の役所で形成されている。
  • 第六章 検察の暴走
    一握りの司法官僚の思惑が企業社会の動向まで左右する、そんな異常な世界に一体誰が住みたいと言うのだろう。
  • 第七章 NHKと朝日新聞
    管理を強化し、効率化を追求すればするほど組織はガタガタになる。もうそろそろメディアの経営陣はそのことに気づいていいはずだ。
  • 第八章 最高裁が手を染めた「二七億円の癒着」
    この国のメディアの世界には想像以上に深い闇が広がっている。私が取材を続けるのはもちろんだが、それを新聞が自ら暴き出すことができるかどうか。そこに私たちの未来がかかっているような気がしてならない。

見ての通り、本書は単一の事件ではなく、数多の事件を通して官僚とマスコミの癒着をはぎとっていく。それは再手術の後の、文字通りの癒着をはがすがごとく根気のいる作業だ。しかし、著者の魚住氏に出来るのはそこまでで、そこから先はジャーナリズム全体の仕事であると魚住氏は訴える。そのまま「手術不能」として患部を閉じるのか、それとも手術を続行するのか。だから本書は本としては完結しているが、「仕事」としては現在進行形なのである。

そう。本書は「官僚とメディア」の本でもあるが、それ以上に「仕事」の姿勢の本でもある。

英語で恐縮であるが、それを一言に凝縮した言葉がある。due diligence だ。

due diligenceとは何か?日本ではこの意味だけが知られているようだ。

due diligence とは 「デューデリジェンス」
適正評価手続き。投資家が投資をおこなう際や金融機関が引受業務をおこなう際、投資対象の実体やリスクを適正に把握するために事前におこなう多面的な調査。

しかし、due diligenceは、実はずっと広範囲の意味を持つ言葉である。Oxford American Dictionaryでは、due diligenceの定義はこうなっている。

reasonable steps taken by a person in order to satisfy a legal requirement, esp. in buying or selling. [法的要求、特に売買における要件を満たすためにとられる一連の手続き]

確かにこれだけでも「デューデリ」が含まれるし、かつ「デューデリ」よりも範囲が広い。しかし日常会話においては、これでも意味が狭すぎる。ざっとWebを調べた中で、一番しっくり来たのが以下の定義だ。

YSCF | Glossary
Due Diligence: The degree of prudence that might be properly expected from a reasonable person in the circumstances [その状況において、正気の個人に対し期待されて然るべき思慮]

実は日本語にも適切な訳語がある。「善良な管理者の注意義務」、善管注意義務がそれである。due diligenceを「デューデリ」にしてしまったのは、mass (communication) mediaを「メディア」にしてしまったのと同じ位乱暴な要約であるように思う。

本書において、魚住氏が説いているのは、著者自身をも含めたdue diligenceなのである。

以上を踏まえた上で、以下を読んでみよう。

bewaad institute@kasumigaseki ? 魚住昭「官僚とメディア」
このような感慨も、筆者が本当に「そもそも報道とは・・・情報という商品を不特定多数の消費者に売る仕事にすぎない」と思っているのであれば出てくるはずもありません。マスを相手に競争市場で事業を営んでいる企業であれば、欠陥品を減らす(=訂正を出すな)、ライバル社の製品に対抗する(=他社に抜かれるな)、工期を短縮する(=速報が遅い)、経費を節減するなんてことは、当たり前のように行っていることだからです(霞が関の住人に言われたくはないでしょうけれども)。

しかし、それ以前に満たしていなければならないものが due diligence ではなかったのか。さもなければ、欠陥品を欠陥でないと偽る、規制を使ってライバル社の出現そのものを阻む、必要な工期を省く、必要な経費を支払わないということもまた当たり前になってしまうではないか。実際そういう事件が増えているのは、今のマスメディアでさえ報じている通りだ。

due diligenceの第一歩は、自らの立場と責任を明かすことにある。少なくとも魚住氏はそうしている。bewaad institute@kasumigaseki殿はどうか。明かしているのは霞ヶ関の住人だということだけ。"the" ではなく "a" である。批判を受けるのは、ジャーナリストだけではなく公に意見を述べたものの due diligence であるが、批判を批判として受け取ってもらうためには、批判する側もまた due diligence を満たしている必要がある。満たしていないものを無価値とは言わないが、当然その分割り引かれるのは正当であろう。市場経済に照らせばなおのこと。

実は、このことこそ、官僚やメディアに限らず、組織の闇の根源的な理由だと私は考えている。"a" でしかない、due diligenceを満たさないものが、それを満たした "the" にしか許されない力を手にする。闇はそこからはじまるのだ。権利を行使するときにはsomebodyで、義務を要求されたらnobody。この非対称性こそが組織人をとらえて離さない魔力なのだ。

そのこと自体は、現代日本でなくとも古今東西どこでも見られる現象ではある。しかし due diligence をないがしろにしてきた組織がいつかはその歪みに耐えかねて崩壊するというのもまた、古今東西どこでも見られてきた現象なのである。

本書が出たという事は、その歪みが目に見えるほど大きくなってきたということを示すと同時に、それが崩れる前に直す余地があるのだという風に私はとらえたい。

オビにて 佐藤優曰く
国家もマスコミも内側から壊れていく

中の人たちにこれだけは言っておきたい。

本書は苦さは格別だが、まぎれもない良薬であると。

Dan, a Subject to Due Diligence, Like the Rest of You


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先日の魚住昭「官僚とメディア」の書評について、次のようなご指摘をいただきました。 見ての通り、本書は単一の事件ではなく、数多の事件を通して官僚とマスコミの癒着をはぎとっていく。それは再手術の後の、文字通りの癒着をはがすがごとく根気のいる作業だ。しか...
魚住本についての追記【bewaad institute@kasumigaseki】at 2007年04月18日 03:14
[[404 Blog Not Found:書評 - 官僚とメディア:http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50811323.html]] > ざっとWebを調べた中で、一番しっくり来たのが以下の定義だ。 >>[[YSCF | Glossary:http://www.yscf.org/glossar
due diligence【suzuki's blog】at 2007年04月18日 01:16
404 Blog Not Found:書評 - 官僚とメディア
404 Blog Not Found:書評 - 官僚とメディア【oryzaの環境備忘録】at 2007年04月17日 10:20
この記事へのコメント
 最近では、あまりに目に余るようであれば、無名氏であるはずの官僚が個人としての作為・不作為の責任を問われるということもあります。

 薬害エイズ事件での松村明仁被告がそうでした。…もっとも、当時の上司達は問題なく出世していきましたが…。


…それでも、官僚として出世しなければ果たせない夢があるなら、その途中で身許を明かして言えない台詞、やってはいけない行動というのはありますよね。

 美幌町は良い町ですが、警視庁捜査一課の管理官から飛ばされては、ふつうに戻れるはずはないような気がします。

Posted by rijin at 2007年04月17日 09:17