書評 - 生物と無生物のあいだ
感無量。
読書からこれほど痛みを伴った感動を味わったのは、"Contact "以来だ。
本書「生物と無生物のあいだ 」は、分子生物学史であるのと同時に福岡伸一という分子生物学者史でもある。まぎれもない史実(ノンフィクション)なのに、最高の物語(フィクション)を読まされたような読後感。本物の科学者の、本物の経験からしか得られない感動がそこにある。
オビより
福岡伸一さんほど生物のことを熟知し、文章がうまい人は希有である。サイエンスと詩的な感性の幸福な結びつきが、生命の奇跡を照らし出す。
茂木健一郎氏
確かに、文章のうまさは一級品だ。本来であれば科学者にしか味わえぬはずの感動を読者に味わわせる、少なくとも味わった気にさせられるだけでも、福岡伸一の筆がいかにすぐれたかの証拠だ。
しかし、本書は「幸福な結びつき」という生易しいものではない。本書は「生命はなんと素敵で尊いのだろう」という、真実なのかも知れないがあまりに激しく連呼された故に陳腐化してしまったおはなしの真逆にある。本書が呈示する生命とは、実に痛々しい存在であり、その神秘を解明する科学者もまた痛々しい存在にならざるを得ない、ということである。
P.166
秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない。
そう。この瞬間にもあなたも私も絶え間なく壊れ続けているのである。生きるというのは賽の河原の石積みなのである。その痛みを、著者は少しも和らげずに読者にぶつけてくる。それも、読者を著者に感情移入させ、著者が味わった痛みがそのまま読者に体感されるような形で。
著者たちはGP2というタンパク質が膵臓において重要な役割を果たしているのではないかとあたりをつけ、それをコードしている遺伝子の特定とアミノ酸配列決定にしのぎを削る。
p. 237
同着だった。お互いの仕事の正しさが確認された瞬間でもあった。
ここまでは、多くの科学物語に共通したレトリックだが、著者の真骨頂はこの続きだ。
ヒト・ゲノムの全貌が明らかとなった今となっては、それはジグソーパズルのささやかなワン・ピースでしかない。
そう。あれだけ苦労して手に入れた成果も、客観的には取るに足りないことだと「書き捨てて」いるのだ。"No Second Best"というのは科学の世界における常識であり、本書にもそのことは何度も登場する。一つの輝かしい研究成果の裏で、いったいいくつもの研究がそれにより無に帰したのだろう。科学者になるというのは、研究成果を得るということのみならず、他の科学者に先んじられることに耐えるということでもあるのだ。それは科学者でなくてもおぼろげに理解しているだろうし、科学者であれば体得していることでもあるのだろうが、自分の身におきたそれを一般書に逃げも隠れもせずに書くのは誰にでも出来ることではない。
たいていこういう「失敗談」は、他者の失敗が語られるか、成功した者が成功した者の余裕を持って、起承転結の承として語られるのかのどちらかだ。しかし、著者はそのどちらでもない。自らの「不発談」を不発として冷徹に書くのだ。何という痛さ。何という勁さ。
この後の話は、さらに圧巻だ。筆者は苦労の末、このGP2遺伝子をノックアウトしたマウスを手に入れる。重要な遺伝子をノックアウトしたのだから、当然マウスには障碍が出るはずだ。そしてその障碍を観察することで、GP2が何をしているかが明らかになる。その結果は....
何も、起きなかったのだ。
p. 254
私はステージを前後左右に動かして視界をあらゆる場所へ次々と移してみた。核。ミトコンドリア。完全な球形の分泌顆粒。細胞の表情は静かで均一だった。異常はどこにも認められなかった。顕微鏡下、円形の視野に広がるGP2ノックアウトマウスの細胞はあらゆる意味で、まったく正常そのものだった。
GP2ノックアウトマウスは、GP2を持つ普通のマウスと何ら変わることはなかったのだ。苦労の末つきとめた容疑者は、シロだったのだ。
並の胆力の持ち主であれば、ここでノックアウトされるだろう。著者が本当にすごいのはここからだ。このさらなる不発にあたって、著者が何を感じ、何を考えたのか、それは是非本書を手に確認して欲しい。
動的な平衡とは、著者が指摘する生命の本質であると同時に、著者の心のありさまでもある。その痛さと強さに、私は心を打たれずにはいられなかった。科学者として生きるというのは、これほどの痛みを伴い、これほどの強さを要するのか、と。
昨日と同じような一日を再び迎えるということ。ただそれだけのことが、本書を読んだ後にはなんと感動的に感じられることか。この痛く静かで力強い感動を、独り占めせずに本に著した著者に、
ありがとう。
Yet Another State of Dynamic Equilibrium called Dan
Posted by dankogai at 06:00│
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いつもの弾さんのエントリー、404 Blog Not Found:書評 – 生物と無生物のあいだを見て思い出したのがこっち。
アシモフものの中でもお気に入りのひとつでかなり昔、ゲノム研究の仕...
そりゃ、生物は複雑ですし・・・ 【Think and Win】at 2007年06月06日 09:16
■404 Blog Not Found:書評 - 生物と無生物のあいだ
本をより深く読むための視点を示唆してくれる書評。本と真剣に対峙しているヒリヒリするような感触まで伝わってくる。例えばこのような文章。本書が呈示する生命とは、実に痛々しい存在であり、その神秘を解明する科学....
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)を読む。ぜんぜん生物学に詳しくないおいらでも十分楽しめた一冊。「生」ってなんでしょう?
生物と無生物のあいだ(書評) 【blog50-1】at 2007年07月29日 17:11
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891) 作者: 福岡伸一 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2007/05/18 メディア: 新書 404 Blog Not Foundから。よい本でした。科学者の仕事がドラマチックに描かれている。非常にわくわくさせられる本でした。 生命といは動的なもの 生
集英社後藤さんより献本。
脱DNA宣言
武村政春
一言で言うと、「DNAはもう枯れてる。これからはRNAだ!」という本。
書評 - 脱DNA宣言 【404 Blog Not Found】at 2007年09月15日 20:15
やや冗長な部分があるように感じたけれど、初出は連載モノだったということで納得。一般向け生物学書籍として、この本はとても良書です。この切り口では弾さんの書評がうまく書いてくれています。そして、私はこの本にもう一つの切り口を見出しました。そう、本書は...
[book] 生物と無生物のあいだ 【麦わら帽子の「記」】at 2007年09月19日 13:36
「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一・講談社現代新書)を読みました。読み終って少し茫然とした、不思議な感じの本でした。著者は最先端の生物学者なのに、まるで小説のような表現で各章を書き始めます。だから非常に読みやすいのですが、内容はまぎれもなく生物科学...
「生物と無生物のあいだ」を読む 【志村建世のブログ】at 2007年10月02日 23:48
「本が好き!(β)」経由で献本御礼。
asin:4844323644
藤原晴彦
ちょちょwwwなにこの面白さ。俺の目も節穴だあぁ。こんな面白い本を年初から放置してたなんて。
税込み1575円のAmazonプライスで一冊から送料無料。面白くなかったら私が買い取ります。
蝶・サイコーなノンフィクション - 書評 - 似せてだます 擬態の不思議な世界 【404 Blog Not Found】at 2007年10月25日 17:39
書評 - 生物と無生物のあいだ(404 Blog Not Found)
を見て興味を持ったので。
『生物と無生物のあいだ/福岡伸一/講談社現代新書/2007』
著者:分子生物学
評価:分子生物学研究史・生命とは何かを知る詩的ムード漂う良書
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生物と無生物のあいだ(講談社現代新書) 【新書中心主義−心理学者の読書日記(livedoor館)】at 2007年11月04日 15:38
これ、私が肌で感じている感覚とえらいちがう。
科学技術のアネクドート | 科学書のきびしい現状一般的に、科学書は、日本の読者からは疎まれている存在といえそうです。
科学書の定義、ぷりーず 【404 Blog Not Found】at 2007年12月16日 06:45
だいぶ前に、404 Blog Not Found:書評 - 生物と無生物のあいだ...
『生物と無生物のあいだ』(福岡 伸一著)を読んだよ 【blog.1cco.com】at 2007年12月17日 02:06
だいぶ前に、404 Blog Not Found:書評 - 生物と無生物のあいだ...
『生物と無生物のあいだ』(福岡 伸一著)を読んだよ 【blog.1cco.com】at 2007年12月17日 02:08
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)(2007/05/18)福岡 伸一商品詳細を見る
今更だけど『生物と無生物のあいだ』を読んだ。まともな書評な...
『生物と無生物のあいだ』を読んだ 【日々の戯言〜研究とか薬とかST250とか〜】at 2008年02月19日 22:04
なぜか複数回献本いただいた。片方は出版社より、片方は著者より。この場を借りて御礼。
できそこないの男たち
福岡伸一
本blogの愛読者なら、絶対に楽しめる一冊。
著者の"Sex Sense"は私のそれと重なる上、著者の方が文章がずっとうまいからだ。
弱き者、汝の名は男なり - 書評 - できそこないの男たち 【404 Blog Not Found】at 2008年10月13日 15:27
一昨日の日経夕刊の連載コラム「あすへの話題」のタイトル名です。 本の名は『生物と
本が売れる理由。 【塚越誠の「夢酔独言」】at 2008年10月18日 16:06
著者より献本御礼。
ルリボシカミキリの青
福岡伸一
「生物と無生物のあいだ」以来、卓越した科学者エッセイストとして日本語本読みにはほぼ全て知られるようになったといっても過言ではない福岡ハカセ(本書における一人称)の最新作は、そのエピソードの多さと、....
「ウィキって呼ばないで」 - 書評 - ルリボシカミキリの青 【404 Blog Not Found】at 2010年04月27日 04:24
この瞬間にもあなたも私も絶え間なく壊れ続けているのである。
もののあはれ?・・・壊れいく自分を楽しみたいもの。
昨日と同じような一日を再び迎えるということ。ただそれだけのことが、本書を読んだ後にはなんと感動的に感じられることか。
この部分に感銘できる人は結構多くいるんじゃないでしょうか?おいらもその一人です。おばあさんが朝太陽に合掌。
「無事に終わった昨日と、無事にあける朝に喜ぶ」
まあ、最近ですけどね。
いったいいくつ(も)の
意伝子
遺伝子
s/味わせる/味わわせる/
「あ」さん、passer-byさん、
ありがとうございました。
Dan the Typo Generator