2011年11月22日 13:30 [Edit]
画評 - ヒストリエ
本シリーズ「ヒストリエ」は、アレクサンドロス大王 (Alexander III)の秘書官、エウメネス (Eumenes of Cardia)を、作者が独自に再構築した物語。1-4巻ではその子供時代が描かれていて、4巻でそれがちょうど終わった、というか一周したところ。
最初に断っておくと、本作品のエウメネスは、現時点においてはほとんど作者の創作。実存のエウメネスに関しては、生年すら明らかでないように、幼少の頃の記録はほとんど残っていない(はず)。エウメネスが実際のところカルディナで育てられたスキタイ人だったかどうかは不明というより、その可能性は他の書物を読む限り薄そうだ。なお、実存のエウメネスとその時代に関しては、以下が詳しい。
その意味で、本書は蒼天航路以上に荒唐無稽のはずなのだが、あまりにリアルなので、「王宮日記エウメネス私書録」が実在するかのごとく感じてしまう。本書は伝記というノンフィクションではなく、しかしまるきりフィクションというわけでもなく、歴史の隙間に作者の世界を違和感なくねじ込んでしまった、たぐいまれなる作品なのである。
それではなぜ、本作品で作者はエウメネスを選んだのだろうか。
おそらく、描きたいことを描くだけの「余白」がある物語の時代の人物が、彼だけだったからではないか。単に伝記を描きたいのであれば、同時代には実に描きがいのある魅力的な人物がたくさんいる。アレクサンドロス大王は別格としても、エルデシュ数ならぬ「アレクサンドロス数」1の人物たちは、いずれも一作に値するだけの波瀾万丈な人生を送っている。特に本作第4巻の表紙にもなっているバルシネ(Barsine)なんかはなぜ誰も描かないのだろうというぐらい面白い。私がレディコミの編集者なら、絶対原作を売り込みに行くのだが。
しかし、本書のエウメネスを見れば、バルシネでも余白が少なすぎる。もちろん作品を描くにあたっては、多くの三国志ものや架空戦記と同様に「歴史にインスパイアされたフィクション」として描くことも可能だし、実は歴史ものほとんどは多かれ少なかれそうなのだが、それは作者の挟持の許すところではないのだろう。本当の歴史との継ぎ目がわからないぐらい、周到に用意されたフィクション。作者がやりたかったのは、それではないか。
そう考えると、「ヘウレーカ」も「雪の峠・剣の舞」も、実は本作の下書きだったことがわかる。下書きといっても、ピカソのスケッチがそれ自体価値を持つような、そんな凄い下書きなのだけれども。
このプロットだけでも凄いのに、天は作者に二物を与えた。画力、である。
本シリーズは、漫画、である。筋書きを書いただけでは作品とならない。傑作となるためには両方がそろってなければならないが、通常この二つはどちらかに偏っていて、漫画家たちは成長の過程で足りない方を鍛えていくか、原作を別に用意してもらうことで絵師として特化していくかのどちらかになるが、岩明均は初期からそのどちらも凄かった。「寄生獣」はまぐれあたりではないのだ。
特にすごいのが、無表情という表情を描けること。漫画というのは絵である。絵である以上は、そこに具体的に何かを描いておかなければならない。「五万人の群衆」の一言ですませるわけには行かないのだ。そのため、絵になりにくい感情の表現などは、漫符などが開発されてきたが、しかし漫符でさえ、無表情は表現できない。
そして、岩明作品において必要な無表情は、一種類ではないのだ。「寄生獣」パラサイトたちのように、本当に感情が欠落していることに由来する無表情もあれば、本作品のエウメネスのように、さまざまな感情が錯綜した、その結果の台風の目のような無表情もある。岩明均は、これらの表情を全て描き分けているのだ。この味わい深い無表情というのは、もう岩明専売特許といっていい。表現である以上は、盗みようもあると思うのだが、なぜ誰も盗まないのか、あるいは盗めないのか不思議でならない。
ファンにとって少々辛いのは、本作品の刊行ペースが遅いことかも知れない。4巻描くのに3年かかっている。しかし、それだけ待つ甲斐はあるし、それだけの時間がかかることは作品を読めば納得せざるを得ない。今、待つ愉しみを一番味合わせてくれる漫画家である。
まだ本作品を読んでいない人は、「幼少期」がちょうど完結、いや「環結」した今が、読みはじめの絶好のタイミング....と書いて、Amazonの在庫を見ると最新の第4巻を除いて3-5週間待ち。おいおいのっけから待たせるんですかい、講談社さん。それだけの価値はあるけど、もう少しろじすてぃっくすというものを考えていただけると。エウメネスなみでなくてもいいから。
Dan the Fan Thereof
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本当は読めるわけだな・・・
○:矜持
ですね。
寄生獣は途中までしか読んでいないので、暇なときにヒストリエと合わせて漫喫で読んでみます。
○:味わわせてくれる。
ところで、キャラクターがやたらと似ていて読みにくいのは画力が無いからだと思っていましたが。女性の顔はやたらとワンパターン。
青木雄二が、
「俺は本当は画力はあるんだよ。これだけ顔をかきわけられるんだから」
って言ってたのと同じ理論だと思う。
ことフィクションになるとまるきり無知をさらけ出す上に、
知ったかして情け内の尾。
上のコメントにある誤字なんかおれは全然許容範囲。
おれも護持するしね。
しかし、
>>描きたいことを描くだけの「余白」がある物語の時代の人物が、彼だけだったからではないか。
これはなにを言いたいのか全く不明;;
正直ヒス取り柄的なアプローチの作品は世界文学史上枚挙にいとまがないぞ。
しょうがないからわたしがおすすめを教えて進ぜよう。(つづく)
これはローマの皇帝クラウディウスの一人称で書かれた小説だがまあ傑作。
もちろんこれもSFね。
作者はロバート・グレーヴスでみすず書房から出ている。
もう一つはさすがにこれは読んだこと在るかも知れないけど
『第九軍団のワシ』
この二つ読んでからヒストリエ読むとそんな大風呂敷は広げられなくなるぞ。
宙:広角と変ないちゃもんつけているやつがいるのであらかじめ断っておくと、
『ヒストリエ』はおれも大好きでその作品を貶める意図は全くありません。
ブログ主の不見識だけ指摘したい次第です。(終わり)
この文章が指しているのは人がいるいないってはなしであって「ヒス取り柄的なアプローチの作品」ではないんだよ?「人物が、彼だけだったからではないか」ってところの意味分かって言ってる?読解力の無さは釣り?
そういう画風なんだと思う。
それを活かしている話が「寄生獣」
