2007年08月02日 17:00 [Edit]
書評 - あしたの発想学
本書「あしたの発想学」は、今や日本一有名な町工場の親父である岡野雅行の独白録。すでに多くの著書があるが、製品とは異なり、著書から聞こえる岡野節は養老孟司ばりの同工異曲で、どれか一冊きちんと読めば事足りる。しかし、どの一冊でもいいから、一冊は読んでおきたい。それであれば、一番安い本書が一番おすすめ、ということになる。
本書、というより岡野節は、
「答えのない世界」を生き抜く鉄則:ITpro「答えを教えて欲しい、そうすればうまくやってのけるのに」。進んでいる他国や他社から熱心に学ぶ姿勢は、かつて日本人の長所であったが、現在は短所になっている。「答えのない世界」に今、我々はいるからだ。ではどうすべきか。
の答えともなっている。その「とりあえずの結論」は、大前節も岡野節も同じだ。しかし、その調べはまるで違って聞こえる。
「答えのない世界」を生き抜く鉄則:ITpro21世紀は答えのない世界です。でも、恐怖心を持ったらダメです。そして、これが答えではないかと、8割、いや6割程度分かったら、やる勇気を持つ。ここで「勇気」が出てきます。やり抜く力、執念、これらは昔から変わるところはありません。答えがないと勇気が出てこないという日本人から、答えがなくてもやってみる勇気を持つ日本人へ変わらないと。全員100%同じ答えを言ったところには、商売のチャンスも何もありません。
この大前節は、岡野節だと、こうなる。
p. 8誰も思いつかない、「まったく新しい発想」というのは従来の発想の延長から生まれるものではなくて、既存の考え方を壊すことによって、はじめて新しい発想のスタート台に立てるものだと、あたしゃ思うね。
大前節も岡野節も、同じテーマに対して同じ答えを出しているのだけど、異なる点が二つある。
まず、どこに答えを書くか。大前節は、起承転結。まず問題を提起し、それを分析し、それを転がした上で最後に結論を持ってくる。それに対して、岡野節では、答えは必ず最初に書いてある。
なぜか。大前節の場合、この答えそのものが製品。その製品の価値は、客が最後まで読み聞きしてくれること。最初に答えを言ってしまったら、コンサルタントは務まらない。もしかして、コンサルタントにとって最も重要な才能は、じらしかもしれない。
それに対して、岡野節では、答えは「答え」ではない、製品という本当の答えに至る前の発想という過程に過ぎない。だから最初に答えを書いたところで、失われるものは何もない。岡野節をいくら聞いたって、岡野の製品は作れないのだから。
もう一つの違いが、主語。大前節の主語は、「あなた」だったり「君」だったり「諸君」だったり「読者」だったりするが、いづれも二人称。これまたコンサルタントのデフォルト。対する岡野節では、つねに「あたし」。「私」でも「わし」でも「僕」でもなく、「あたし」。単なる一人称ではなく、自分が何者なのかを、その一言で雄弁に語る「あたし」。
これが、頭で語るのと手で語るのの違いだ。
実は大前研一も、最初に選んだのは日立のエンジニアという、手で語る仕事。しかし彼はそれでは充分自分の言葉が伝わらないと結論して、頭で語る方を選んだ。大前研一は、だから決して手で語るということが何かを知らない人ではない。実際両者の結論は、同じものだ。というより、手で考えてみれば、同じ結論、いや発想にたどりつかずにいられない。
しかし、手で考え続けるというのは、手を汚すということでもある。それゆえに、手で考える者は、常にその手を見返さざるを得ない。それがたとえ血まみれであっても。
p. 227口の悪い友人が「岡野、お前のところは、ほかの会社がなくなるものばっかりつくっているじゃねえか」って言うから、「あたしのせいじゃねえ」と言い返すけど、心の中では"これを作るとあそこがなくなる。かわいそうに"って思うよ。
うちが何かを作ると工場が増えて、五十人も百人も雇用できるようになるなら、日本の将来はバラ色だけど、現実はそうじゃない。その反対だもの。こんなふうに先行きが見えると、本当に嫌になってしまうね。
手で考えるというのは、だから業を背負わずにはいられないのだ。
この業の有無が、大前節と岡野節の一番の違いだろう。業を背負っていない分、大前節は遠くまで聞こえる代わりに、魂の揺さぶりは少ない。岡野節は、もっと近くまでよらなければ聞こえない代わりに、魂は激しく揺さぶられずにはいられない。
ここで優劣をつけるつもりは私にはない。大前節には大前節の、岡野節には岡野節の悪さも良さもある。せっかく両方聞いておけるのだから、両方とも聞いておけばいい。双方ともそれだけの価値はあるのだから。
しかし、手を動かすということは、手を汚すことでもある、大前節も岡野節も、実のところ聞いただけではわからない。こればかりは、手を動かして、手を汚してみないとわからない。いつかはそういったことまで頭言葉で伝えられるようになるのかも知れないけど、今のところは、自ら手を下してみることだけが、たった一つの冴えたやり方。
と、あたしゃ思うよ。
Dan the Clumsy One
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なるほど。うなずけます。「答えが後か先か」「あなたか私か」。この記事の切り口、素晴らしく明解ですね。この二元論に似たものが、ビジネスのみならずあらゆる人間関係に見当たる気がします。通りすがりのつもりが、思わず引き込まれて読んでしまいました。
気になって入ってみました。
