2007年09月22日 22:00 [Edit]
書評 - ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ
「求む男女、ケータイ圏外。わずかな報酬。極貧。失敗の日々。耐えざるプレッシャー。就職の保証なし。ただし、成功の暁には、知的興奮を得る」
著者はこの一行で、学究の美しさを表してしまった。
本書「ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ」は、データロガーを駆使した最新の水中動物生態学の成果を、その道の第一人者が、生き生きどころか息づかいが聞こえてくるほどの臨場感で語った本。
目次 - 光文社発行の書籍より著者は本書でカップルに恐れられながらカメの背中にしがみつき、船酔いでへとへとになりながら南極にたどりつき、かと思えば飛行機であっけにとられながらマクマード基地に運ばれたりしながら、体重300kgの肉食動物に麻酔をかける。
著者がなぜそこまで苦労している--というより苦労を楽しんでいるのか?データロガーを動物たちに取り付けるためだ。データロガーとは、体温や心拍といった動物のデータを一定期間計測し記録するための機器で、これを後で回収することで今まで知られていなかった水中でのカメやペンギンやアザラシたちの生態に肉薄することが出来る。
その結果は真に驚くべきことばかり。是非自分の目で本書を確かめて--実物を見て、とはこの著者を前にしてとても言えない--欲しいが、第一章のタイトルだけでも、著者が得た知見が教科書を書き換えなければならないほどの大発見であることがわかるだろう。
そう。それは、子どもにも一目でわかる大発見。そもそも発見の意味がわかるようになるまで何年も勉強しなければならないというたぐいのものではない。
P. 280わかりやすいといことは、レベルが低いこととはまったく違う。本当に根本的な発見というのは、小中学校の教科書に記されるものなのである。
本書は、すみからすみまで本当に根本的な発見ばかりだ。ペンギンカメラの驚くべき写真から、南極で用を足すためのノウハウまで。それだけでも、中坊必読の一冊である。
しかし、スゴ本であると同時にエラ本=エラい本であるのは、著者の大冒険だけではなく、先達の大冒険、それも失敗に終わった大冒険に、最高の敬意を払って書いていることだ。ロバート・ファルコン・スコットである。
P. 255何と、彼らはそもそもロバート・ファルコン・スコットを知らないのであった。当然のことながら、アムンゼンもシャックルトンも知らない。
ここで私は「それって(a+b)(a-b)=a2-b2を知らないよりよっぽどヤバいのでは」と思ったのだが、
P. 256一九六七年生まれの私と同じかそれ以前の世代なら、英語か国語か道徳の教科書で必ずアムンゼンとスコットの南極点競争の話を読んでおり、少なくとも名前くらいは知っている。どうも、私と一〇歳くらい下の世代から、アムンゼンとスコットのことを知らないのが普通であるようだ。
「キレやすい77年生まれ」[(C)ハテナオヤ]諸君、いかがだろうか?
とはいえ、スコットが「負けた」ことは覚えていても、それにも関わらずなぜスコットが今もなお勝者であるアムンゼン以上の賞賛を受けているかの理由を覚えている人はより少ないと思われる。本書であらためて確認して欲しい。「生物と無生物のあいだ」がなぜあれほど売れたかと言えば、同書の著者の「失敗」の受け止め方が、「スコット的」だったからかも知れない。
「スコットの話は知っているよ」という人も、本書にはそのスコットが最後の日々を過ごした小屋の写真は見逃せない。著者はそこを訪れたのだ。そこは、確かに科学者にとっては聖地であった。著者はイスラム教で言うところのハッジでもある。
そして、本entryの冒頭で紹介した一行。本書を締めくくるこの台詞は、このスコットの遺志を継いだアーネスト・シャクルトンが打った(とされる)新聞広告のもじりでもある。オリジナルは以下のとおり。
求む男子。至難の旅。わずかな報酬。酷寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証なし。ただし、成功の暁には、名誉と賞賛を得る。
[原文はこちら。同ページによると、この広告はまだ裏がとれていない模様]
というわけで、私もこれをパクって本entryの結びとすることにしよう。
求む読者。売り上げランク圏外(今のところ)。わずかな書籍代。極面。絶えざる見せ場。返金の保証なし。ただし、読了の暁には、知的興奮を得る。
Dan the Fan Thereof
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おっとっと。なんとクラシカルな。
Dan the Typo Generator
彼らの名前は出てこなかったような気がします。
スコットは馬が寒さに耐えきれなかった、アムンゼンは犬で成功した、という大枠だけ覚えてます。シャックルトンは『たくさんのふしぎ』ではでてこなかったなあ。
