2007年10月24日 11:00 [Edit]

知識を呪いから使い魔に変えるオレナリの方法

そうならないために私はどうしているかを書いておくことにする。

知識の呪い - シロクマ日報 [ITmedia オルタナティブ・ブログ]
知識を身につけてしまうと、それが「当たり前」のこととなってしまい、同じ知識を共有していない人々の気持ちが分からなくなる -- 結果として、その知識を他人に伝えることが難しくなるというのが「知識の呪い」。

英語で言うと、"how to unlearn"ということになる。

上手になるとか学ぶとかいうことにはリスクがある - ラノ漫 - ライトノベルのマンガを本気で作る編集者の雑記 -
作り手は知識を蓄えつつ、この呪いと戦わなければなりません。

データを消去できる電脳と違って、人間は知識を「忘れる」ことは出来ても「捨てる」ことは出来ない。過去に戻って人生やりなおしたいと思うことは誰にでもあるけど、それが出来ないことを嘆いても仕方がないことだし、仮に出来たとしても、それは「悪いこと」だけではなく「いいこと」まで捨ててしまうことになる。

知識そのものが呪いなのではない。心にその知識が居座ることで、新しい経験の場所がなくなってしまうのが呪いなのだ。

それであれば、その知識に「どいて」もらえばいい。そして必要な時にいつでも「来てもらえる」ようにすればいい。そうすれば、その知識は「呪い」ではなく「使い魔」になってくれるだろう。

その意味で、unlearnというのはunloadに似ている。あくまでunloadするのであって、必要な時にreloadできるようにしておかなければ意味がない。

そのためにはどうすればいいか。知識を「他者化」すればいい。どうすれば「他者化」されるか。「産めば」いい。知識を「孕んだ」ままにせず、充分育った知恵は、「知宮」から「外に出て」もらうのだ。そうして産んだ知識は、子という「別人」になり、必要なときにいつでもあなたを助けてくれる使い魔となる。

具体的に「知識を産む」というのは、何かを出力することを意味する。作品にする。blogにする。こうして外に産んだ知識というのは、不思議と心に居座らず、それでいて必要な時に「来て」くれる。

私なりになぜそうなるのかという理由を考えると、一つは、そうすることにより「忘れてはならない」という強迫観念から解放されること。いったん「記録」にしてしまえば、あとはその記録があることだけを記憶しておけばよい。

そしてもう一つが、「産んだ」ことによる達成感と、それにより「知宮」が空になったという爽快感。知識というのは、得る過程は楽しいけれども、得てしまったことによる満腹感からは逃れられない。それをリセットするには、結局のところ何らかの形で「出さなければ」ならない。

もう何千年も前から「日の下に新しきものなし」という人は少なくないし、実際世の出された作品の多くが「新しくないもの」かも知れないが、実のところその知識が「今までなかったもの」かどうかは、知識を使い魔とするにあたっては問題にはならない。

「もうあの本に書いてある」「このURLと同じこと書いてある」。多分そうなのだろう。しかしそれは他者から見た場合だ。自分にとっては、たとえ凡庸な「子」とはいえ「我が子」なのである。「それって○×の焼き直し」という奴には、こう言い返せばよい。

「君の存在そのものが両親の焼き直し」

Dan the Unlearner


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 今日404 Blog Not Foundさんの知識を呪いから使い魔に変えるオレナリの方法という記事を読みました。  いやぁ、ホントにいいこと言うなぁと思いました。ホントに。何か話を聞いたあとによくわかってなくても「いいお話ですね」とか「ためになります」とか言うんじゃな....
「書きたいなら書けばいいじゃん」ということなんだよね【漫画読もうぜ】at 2007年10月24日 22:23
この記事へのコメント
知識は金だ。
持っていれば執着・慢心を生む。
その執着が自分を重くする。

>不思議と心に居座らず、
>知識を「他者化」すればいい。

これは、まさに執着を手放すことではないか。
謳っているのは執着を捨てる方法なのだよ。
記憶容量や効率性の問題ではない。
知識を溜め込まないで還元する、役立てる、昇華させる。
理屈が欲しいなら般若心経なんかで、
空について学んでみては。

でも、感情が何かは知識にたよらず
あなた自身が知ってる。
科学的な見方以外に
そういう理解の仕方もある。

えらそうに書いたった。ふふ

>いったん「記録」にしてしまえば、

いってみれば、知識のレコーディング・ダイエットですね。
Posted by 田辺 at 2007年10月27日 23:24
XJRさん
>教育と本人の試行錯誤から両親を超える成果を挙げるのが子
そうですね。
なので「言う人」は「両親を超える成果を上げてる人」と言う事になるのでしょう。

しかし、
>親との素質の違いって結構ある
ならば、現実的に親を超えた超えないという判定は本人にも出来ないのでは?
(性質の違う二つのものを比べるのは不可能ですよね)

なので、
>親をどうにも超えられないって壁を感じてる人間
は、あなたが思うよりもずっと多いと思います。
Posted by zyx at 2007年10月26日 20:18
なんか妙に納得してしまった… ふむふむ。
Posted by 通りすがり at 2007年10月25日 10:49
>「君の存在そのものが両親の焼き直し」
教育と本人の試行錯誤から両親を超える成果を挙げるのが子だろうから、子の存在が単なる焼き直しって事も無いでしょうね。親との素質の違いって結構あるでしょうし。
まぁ親との差って事から言えば、親をどうにも超えられないって壁を感じてる人間(が居るとすれば)に対しては、殺せるくらいの言葉かも知れないっすね
Posted by XJR at 2007年10月24日 21:39
>「君の存在そのものが両親の焼き直し」
ただし、言う人が言わないとただの燃料投下になりかねません。
(正直正論過ぎて極論に聞こえる私は焼き直された人。)
弾さんなら多分許されると思いますけど。

#あ、「焼き直し」だからいいのか:-P
Posted by zyx at 2007年10月24日 20:03
>「君の存在そのものが両親の焼き直し」
これは簡単なことなんだけど響いた。
凡庸な情報でも出力していいってことですね。
クズ人間がクズ人間を産むように。
Posted by hg at 2007年10月24日 13:31
弾さんが言いたいのはメタ情報だけを記憶しておいて、メタ情報から派生情報を出力管理して記憶容量を減らすと言う事ですか?
Posted by 未記入 at 2007年10月24日 13:26
僕も影響は作品にするのが良いのではないかと思います。

作品とすることでその影響は「子」というよりも、「個」として生きていくのだと思います。
Posted by リフレッシング at 2007年10月24日 13:16
「知識を身につけてしまうと、それが「当たり前」のこととなってしまい、同じ知識を共有していない人々の気持ちが分からなくなる」という呪いがあるかどうかはさておき、そもそも「同じ知識を共有している人」ってなそうお目にかかるものではないですね。
相手がわからないことがわからない・・・観察力に欠けるとかそういう部分であり、必ずしも知識がもたらす弊害でもないと思いますがいかがでしょう?
Posted by blog49 at 2007年10月24日 12:56
「知識の呪い」は知識を得ることで思考ルーチンが変質してしまうという問題で、記憶領域を圧迫されることで思考ルーチンが効率よく働かなくなる問題とは別の事柄ではないでしょうか?
Posted by くらげ at 2007年10月24日 12:32