2007年11月04日 03:00 [Edit]

電脳がいつかは人脳に勝つ理由 - 書評 - ボナンザVS勝負脳

こんな大事な本を読み落としていたとは。思い出させてくれた「レジデント初期研修用資料: 終了判定の問題を考えている人がいた」に感謝。

本書を読んで確信できた。

私の目の黒いうちに、電脳が人脳に勝つ日が来ることを。


本書、「ボナンザVS勝負脳」は、現在最も有名なコンピューター将棋プログラムBonanzaの開発者と、それと戦って見事勝利した、勝負脳の持ち主とが、それぞれの立場で持論を読者に遠慮なく語った一冊。

目次
はじめに
第一章 ボナンザ誕生 保木邦仁
第二章 コンピュータとの対決 渡辺明
対談 ボナンザ誕生 保木邦仁 x 渡辺明
第三章 コンピュータ将棋の新たな可能性 保木邦仁
第四章 プロ棋士はこう考える 渡辺明
終章 科学的思考とは? 保木邦仁

本書は読みやすい本とはとても言えない。特に保木担当の部分は、難しそうな専門用語が並んだ、いかにも学者らしい文章が並んでいる。たとえばこんな具合。

p. 28
熟練した人間の棋譜との指し手一致の度合いを測る目的関数を設計し、これに停留値を与える静的評価関数の特徴ベクトルを求める。そしてこの特徴ベクトルがゼロとなる自明な解を除去し、棋譜サンプル数の不足に起因するオーバーフィッティングを回避するために、ラグランジュ未定乗数法というものを用いて、目的関数に拘束条件を課した。

難しそうであるが、乱暴に一言でまとめれば、「ボナンザ君に胃腸を与えた」ということである。あとは餌となる棋譜を食わせていけばいい。それで足りない栄養があったら、それを吸収するためのアルゴリズムを追加するなり調整するなりすればいい。

Bonanzaは、棋譜を喰らうことが出来る。それが意味するのは何か?

弾言しよう。電脳が人脳に勝つ日は、棋士たちが頑張れば頑張るほど近づくのだ、と。

そして棋士たちは、その日が来た時、悔しがるよりも、むしろ慶ぶべきだということを。

なぜなら、ボナンザを強くしたのは、開発者たる保木ではなく、6万局の棋譜を残した、1607年から連綿と続く棋士たちなのだから。

ボナンザのすごいところは、強いこと、ではない。どうやって棋士の経験から学ぶかということを定式化したことなのだ。これが意味するところは、「強いプログラム」を作るとは全然違う。「プログラムを強くするにはどうしたらよいか」ということを発見したに等しいのだ。

そのためには、過去の棋譜をどんどんプログラムに食わせればいい。プログラムは、食えば食うだけ強くなる。

これを見て、何か思い出さないだろうか。

Google、である。

Googleを「賢く」しているのは誰か、Googleではない。我々である。我々が「検索結果はこうあって欲しい」という思いを込めてWebページを作成、更新すればするほど、Googlebotがそれを拾ってそれが検索結果に反映される。「どうやって学ぶか」というアルゴリズムは確かにPageRankという形で与えられているけど、そこに食わせるデータがなければ賢くなりようがないのだ。

これと同じことが、まさにBonanzaにも言えるのだ。

まさに Tim O'reillyの言う通り、Data is the Next Intel Insideである。

棋士達がいい棋譜を残せば残すほど、それはBonanzaをはじめとするコンピューター将棋を賢くする。

ボナンザVS勝負脳 (保木邦仁、渡辺明共著) - My Life Between Silicon Valley and Japan
本書を読み終えて、現時点では渡辺明(23歳)という若き竜王だけが、「コンピュータと戦う」それも「一度限りではなく、コンピュータをも真剣に将棋を戦う相手と認識した上で、長期間、お互いに切磋琢磨しながら戦い続ける」という未来を、自分の人生におけるきわめて重要な問題として、本気で自分の問題として考え抜いている棋士なのだ、ということを痛感した。

恐るべきことに、まさにその渡辺九段の真摯な姿勢こそが、敵に塩を送る行為となるのだ。

そのことに、梅田さんは気がついたのだろうか。あるいは気がついてこういう書き方となったのだろうか。

ドラゴンボールで言えば、Bonanzaはブウで、保木はビビディだ。そして今後のコンピューター将棋プログラマーはすべてバビディとなりうるのだ。

なぜBonanzaが「まだ」弱いか。渡辺九段自身が哀しいほどにその理由を正確に捉えている。

渡辺明ブログ ボナンザ戦補足など。
それに対してコンピューターはあらゆる手を広く考えるので絞って深く読むのが難しいのかもしれませんね。人間の経験のほうが上、ということでしょうか。

「人間の経験の方が上」。そうなのだ。今の、ところは。

Bonanzaが「食った」棋譜は、たったの6万局。これは人脳にとっては大きな数字だが、電脳にとっては仁丹ほどの数字だ。しかし、Bonanza以前は、それを「どうやって食べればいいか」ということが知られていなかった、というよりそういう方向にはプログラマーたちは考えなかった。そこに保木の凄さがある。

特定の作業に関して学習法をプログラムされた電脳は、人脳の産み出した叡智を喰らうことで、いつか人脳を凌駕する。

我々はこのことを悲しむべきだろうか。

だとしたら、我々は我々よりも速く走る車や、我々に出来ない空を飛ぶという行為を実現した飛行機の誕生を悲しまなければならない。「より速く」「より高く」の対象が「より賢く」であったとしても、それを悲しむ必要はあるのだろうか。

どうやら、我々は知恵を電脳に与えた育てる方法に関しては、なんとなくコツをつかんだようだ。

しかし、「何を欲しいか」という欲求は、未だにどうやって電脳に与えていいかのメドが立っていない。それがある限り、電脳は人脳の下僕でいつづけてくれるだろう。将棋に勝つソフトウェアは作ることができるが、将棋をやりたくなるのは、今のところウェットウェアだけなのだから。

Dan the Wetware

See Also:


この記事へのトラックバックURL

この記事へのトラックバック
電脳がいつかは人脳に勝つ理由 - 書評 - ボナンザVS勝負脳(404 Blog Not Found) この本は私も既読である。 『ボナンザVS勝負脳/渡辺明・保木邦仁/角川oneテーマ21/2007』 著者:現竜王とボナンザ開発者・物理化学者 評価:若い二人の率直な発言が面白い 続きを...
ボナンザVS勝負脳−最強将棋ソフトは人間を超えるか(角川oneテーマ21)【新書中心主義−心理学者の読書日記(livedoor館)】at 2007年11月05日 00:58
電脳がいつかは人脳に勝つ理由 - 書評 - ボナンザVS勝負脳 本書を読んで確信できた。 私の目の黒いうちに、電脳が人脳に勝つ日が来ることを。 (中略) ボナンザのすごいところは、弮..
人脳ブロガー vs 電脳ブロガー【ホームページを作る人のネタ帳】at 2007年11月05日 02:40
以前当ブログにて紹介した、ボナンザVS勝負脳――最強将棋ソフトは人間を超えるかが、404 Blog Not Foundにて絶賛されています。コンピュータ将棋関連書籍が著名なブログにて書評されるこ...
ボナンザVS勝負脳: 404 Machine Learning Not Found【コンピュータ将棋協会blog】at 2007年11月05日 08:02
 文化の日があったの先週末の土日、「読書の秋」ということなのか、将棋界内外のアル
将棋界内外のアルファブロガーが棋士の著書に言及【Takodori's Self-brainstorming How to Promote Shogi Globally】at 2007年11月05日 10:50
プログラムは、食えば食うだけ強くなる。 404 Blog Not Found:電脳がいつかは人脳に勝つ理由 - 書評 - ボナンザVS勝負脳
プログラムの食欲【名言で読む「はてな」】at 2007年11月05日 11:32
どうやら「好きを貫く」のに、遅すぎるということはないらしい。 後手という生き方 瀬川晶司 それを証明したことこそ、瀬川晶司の快挙。
人生は先手必勝にあらず - 書評 - 後手という生き方【404 Blog Not Found】at 2007年11月10日 18:25
将棋の棋士が知ってはいけないもので将棋ファンが知っていていいことは 関連棋士当事者間の対局勝敗 従ってA級順位戦最終局はタイトル戦でもないのにファンの間で盛り上がる。 棋士関係者がお互いの星勘定から重要な勝負かどうかがわかってしまうから それぞれ別室に...
将棋の棋戦を面白くするためのアイデア-その一-国手戦の創設『竜王戦を多角的に考える』【したらば掲示板限定シリーズ三部作雑記】at 2008年06月14日 23:01
ASAHIネット(http://www.asahi-net.or.jp )のjouwa/salonからホットコーナー(http://www.asahi-net.or.jp/~ki4s-nkmr/ )に転載したものから。 --- http://www.konami.jp/am/shogi/index.html 天下一将棋  ゲームセンターで
コンピュータ将棋関連のネタ。なぜか西川和久さんのことも【ホットコーナーの舞台裏】at 2010年04月01日 04:48
この記事へのコメント
境界条件が設定された状態で解を出す能力に関しては人脳は電脳に勝てないでしょうね。
Posted by bob at 2007年11月04日 03:08
渡辺明さんは現竜王なので、
敬称をつけるとしたら「渡辺竜王」ですよ。
もしくは「渡辺さん」とする方がよろしいかと。
Posted by とおりすがり at 2007年11月04日 06:14
ボナンザは米長には勝てないよ。
加藤には勝てるかもしれないけど、
本当の勝負ではボナンザは負けているよ。

つまり、キミらは将棋がまったくわかっていない。
Posted by ふーん at 2007年11月04日 06:34
人脳の叡智を喰らった電脳が人脳を超えるのは当たり前。
他の事例をあげるまでもない。
棋譜を使わない電脳が人脳に勝てるようになって初めて「電脳>人脳」であろう。
Posted by asd at 2007年11月04日 09:18
羽生さんが書かれた、または茂木さんとの話の中だったと思いますが、「コンピュータによって過去の棋譜が簡単に手に入るようになって一定レベルまで強くなることは簡単になった」と。
しかし、勝負は相手の鼓動まで感じながらその合理性のみでないところでさすってなお話。
コンピュータがバクバクと知識を蓄え直感が発生するのでしょうか?私はその指し方は合理性においての範囲でしかムリだと考えています。
Googleは本当に「答え」を出せているのでしょうか?出しているのはある程度厳密に(検索者が)定義できるもののみです。
問題は将棋の戦術が厳密に定義できるか?にかかっています。厳密に定義できるならおっしゃるとおりでしょうし、そうでなければ人間に勝って欲しいと思うのです。
Iロポッツのように侵略されても困りますし。
Posted by blog49 at 2007年11月04日 10:35
御主は何を迷う?

吾輩に言うてみよ。
Posted by 吾輩が6番じゃ! at 2007年11月04日 10:47
否定的な見方の人が多くて驚きました。
人間が特別な存在でない以上、こういうことは十分起こりえると思います。
Posted by SQ at 2007年11月04日 19:49
ボナンザって商品化はされないのでしょうか?
僕は弱いですが、買いたいです。
Posted by おっきー at 2007年11月04日 20:25
>>おっきーさん
フリーで公開されてますよ。
詳しくはググってください
Posted by たかおん at 2007年11月05日 02:26
弾言はtypoじゃなく造語ですかな?
Posted by とおりすがり at 2007年11月05日 09:46
>>おっきさん
Bonanzaは、ここからフリーで落とせますよ。
http://www.geocities.jp/bonanza_shogi/

UIが汚いと思うなら↓からマイボナというBonanza起動用のソフトをご利用ください(ただし.NET Framework 2.0以上が必要です。)
http://mucho.girly.jp/cgi/bonaup/upload.html
マイボナから使用できる駒音などもアップロードされています。

↓は、VIPPERによって擬人化されたCSA将棋です。sikou.dllをBonanzaに差し替えることでBonanzaの将棋エンジンを利用できます。
http://shogi.vip2ch.com/dl.php?f=koma0360.zip

また、Bonanzaの将棋エンジンを利用した将棋ソフトもいくつか出ています。(WikiPedia参照のこと)

Posted by とおりすがり at 2007年11月05日 16:52
Bonanzaの将棋エンジンを利用した将棋ソフト→Bonanzaの将棋エンジンを利用した有料の将棋ソフト。

補足しておくと今年度は、Bonanzaは、4位に終わっていて優勝したのは別のソフトウェアです。

なので最強という意味では別のソフトがよいかも。僅差ですが。

そもそもBonanza周辺は、強すぎて相手にならないのでもし単純に強くなりたいのなら東大将棋道場などをお勧めします。

しかしBonanzaの全文検索は、量子コンピュータが実用化されたときに凄いことになりそうだなぁ・・・

Posted by とおりすがり at 2007年11月05日 16:58
 弾さんの将棋の腕前を教えてもらえませんか?

 保木さんより強そうですか?
Posted by snark_tail at 2007年12月01日 13:27
電脳って、エネルギーはやはり電気ですか。(乾電池だとどの種類で、どのくらいもつのですか?)
Posted by waha at 2008年03月28日 23:20