2007年12月05日 13:45 [Edit]
享保のアルファブロガー - 書評 - 玉くしげ
本書「玉くしげ」は、本居宣長の言葉を現代人にもわかるように翻訳したもの。翻訳、である。よって著者は本居宣長ご本人。
目次 - 【現代語訳】本居宣長選集のご紹介より- 玉くしげ
- 天明7年(1787)、天明の大飢饉の最中、本居宣長58歳の時に、 紀州藩主・徳川治貞の諮問に応えて、藩の政治・経済の運営について 提言を行ったものです。
- 本編には、行き詰まった封建社会の姿が生々しく描かれていますが、 なぜかその姿は、今日の平成日本の姿によく似ています。 本編が書かれてからちょうど80年後に江戸幕府は終焉し、 明治維新を迎えることになりました。
- 玉くしげ別巻
- 紀州藩主に「玉くしげ」を献上した際、別巻として添えられたものです。 「玉くしげ」が具体的な政策を論じたものであるのに対し、 こちらはその政策の土台となる古道について正面から論じたものです。
- 直毘霊
- 宣長が35年の歳月をかけて完成させた「古事記伝」の中の一編で、 古道の趣旨を余すところなく書き表しています。 宣長の古道は、「古事記」に伝わる古伝説の内容をすべて事実とみなすことを 出発点としており、本編出版後、当時の学者達の間で大論争が起こりました。
その現代語訳ぶりは、単に文法を現代語に置き換えたではなく、時にはボキャブラリーを外来語に置き換えるのも厭わないという徹底ぶりである。それでいて、当時の状況をいささか損ねていない。
PP. 29-30さて我が国では、大宝の頃のお定めを調べてみると税率は5パーセントくらいにあたる。例えば米二十俵の収穫のある農家で、年貢はわずかに一俵ほどですんでいたのである。但しこれにはやや不審な点もあり、別に私の考えもあるのだが、たとえその通りだとしても税率が10%を超えることはなかったのである。
江戸時代に書かれたものに「10%」という表記が出てくるのも新鮮であるが、しかし「米二十俵のうち一俵」という表現で、それが江戸時代の作者が同時代の為政者に向けて書かれたものであるということは誤解しようがない。
これ、マキャベリの話し方にそっくりである。「わが友マキアヴェッリ」を楽しめた人であれば確実に楽しめるだろう。
私自身は、著者の意見にすべて賛成というわけではない。現代にも通じる当世批判はおおむね賛成なのだけど、著者の意見の骨子にはつっこみたい点が多いにある。しかし、読んでなければつっこみたくてもつっこめない。
そして原文が古文であることは、読み避けることの、立派とはいえないが充分ないいわけと日本ではなってきた。わずか200年前の言葉すら私を含めて今の日本人のほとんどには読みにくいものだし、わずか60年前の現代かなづかいになっていない文章さえ、「戦争を知らない子供たち」にはつらいものがある。ところが塩野七生によると、イタリア語ではどうも事情が違うらしい。マキャベリの使っていたイタリア語と現代イタリア語にはほとんど差がないそうなのである。
ちょっぴりうらやましいと思う一方、日本語の変異の激しさは、20世紀には罪よりも功の方が大きかったようにも思う。温故知新ではなく、忘故使新だったのだ。
しかし、本書によって、「本居宣長は古文だから読んでいない」という言い訳はできなくなった。おそらくこう行った形の「旧日本語→現日本語」訳によって蘇る古典はいくつもあるだろう。これをやりとげた多摩通信社に脱帽すると同時に、今後も「新訳古典」がもっと出ることを期待せずにはいられない。
Dan the Classic Fan
