2007年12月18日 09:30 [Edit]
品格って何だろう - 書評 - 女性の品格/親の品格
本書、「女性の品格」は今年最大のベストセラー。180万部も売れたそうだ。そしてその続編が「親の品格」。品格という言葉にこれほど本を売る力があるとは、この言葉を発掘した新潮新書もびっくりだろう。
女性の品格 - 目次- 第1章 マナーと品格
- 第2章 品格のある言葉と話し方
- 第3章 品格ある装い
- 第4章 品格のある暮らし
- 第5章 品格ある人間関係
- 第6章 品格のある行動
- 第7章 品格のある生き方
- 第1章 生命を育む
- 第2章 マナーを育む
- 第3章 人間性を育む
- 第4章 学校とのつきあい
- 第5章 ティーンエイジャーの子どもと
- 第6章 情報といかに接するか
- 第7章 成熟した親子関係をつくる
品格という言葉をバズワーズにしたのが「国家の品格」であったことは疑いないだろう。こちらも160万部を超えるベストセラーということだが、率直に言ってこのタイトルをパクったPHP新書の行為は、品格とは最も離れた行為であろう。
ところが、どちらに品格を感じるかといえば、圧倒的に「国家」ではなく「女性」と「親」の方。品格という言葉がどちらに似合うかというのも、後者の方である。これがタイトルではなく著者ともなると、差はさらに開く。「国家の品格」は実に下品な本であるが、「女性の品格」も「親の品格」も実に上品な本である。「品格」という言葉を一人歩きさせず、本来の意味で使っていること自体その上品さの現れである。
しかし、どちらが面白い本かといえば、立場はまた入れ替わる。「国家の品格」の方が、圧倒的に面白いし、内容も頭に残るのだ(その分著者の頭の毛が残らなかったかも知れないが)。それは同書が下品であることと密接に関係がある。面白い本というのは、どこか下品というか、品格で推し量れない何かを持っている。その何かに惹かれて、我々は本を買うのだ。おかんの説教をそのまま書き写した本は、PTAが推奨しても本屋やblogで一押しされることはまずない。
本書の著者は、たしかに普通のおかんではない。海外生活も長く、日本の伝統を無批判に称揚するのではなく、世界の随所と比較して、いいものはいい、わるいものはわるいとはっきり言っている。一言で言えば、話がわかるおかんである。しかし、おかんであることには代わりはない。正しくて、退屈だという点においては。
だから首を傾げているのである。なんで品格しかないこの本が売れたのかが。
両方とも読んで私がたどりついたとりあえずの結論は、これである。
日本人は面白いことに疲れてしまったのではないか。
面白い人と時間を過ごすと、確かに楽しいがしかし同時に疲れる。面白ければ面白いほどそうである。その逆、すなわち人と会って疲れたらその人は面白い人だったというのは真ではない点に留意する必要はあるが。面白い物を使ってもそうだし、面白い事に出会ってもそうだ。
著者の本は、両書とも読んでて実に疲れない。ほとんどの意見は「そうですよね」とうなずけるものばかりだし、「それはちがう」と著者と反対の意見を抱くときでさえ、著者は反対意見を想定してか、きちんと反対論者への配慮を怠らない。
あまりに疲れず、それゆえあまりに印象に残らない。これはよき市民としては模範でも、書物としては本来反模範なのだ。優等生の書いた卒業文集を本として売るのは、その人が有名人、すなわちもはや優等生でない何者かになっているのでもない限り、模範どころか奇特で危篤な行為なのである。
PHP新書はあえてそれをやって、成功した。もし狙ってやったのだとしたら、これは実は出版界を揺るがしかねない大発見である。つまらないものが売れるというのは、脳内革命どころのさわぎではないだろう。なにしろ本書にはつかみがない。いや、実はタイトルがつかみなのだが、つかみでさえ借り物なのだ。
最も普通の人が、最も普通に書いた本が、最も普通でない売れ方をした秘密が、それなのではないか。正確には本書の著者は普通の女性にして親であるというより、中庸な女性にして中庸な親であるのだが、本はどちらも凡庸なのだから。
品格とは、退屈を尊ぶことなのかも知れない。
Dan the Man with Little Dignity, If Any
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だんさん、そりゃ品格がないわ。
あの本が面白いってのがそもそもわかりません。
三島と先生のくだりなんて本当に頭が痛い。
『若き数学者のアメリカ』のほうが余程良いと思います。
当時の著者の境遇と似たところに私がいるからかもしれませんが。
「女性の品格」はまだまとも。くだらないけど。
品格なんて定義できないジャン。
すみません品格の無い書き方で。
名乗らずに書き込みすること自体品格の無い行為ですね。