2008年01月14日 17:15 [Edit]

虚像もまた自分

納得行かねえなあ。

ありがとうございました。 - $ dropdb 人生
今日限りでこのブログを終わりにしたいと思います。
皆様、長い間ご愛読ありがとうございました。

ありがとうございました。 - $ dropdb 人生
このブログ(文章)の内容で私自身を判断されることが多くなり困惑することが増えました。

これは、当然のこと。書き手が読者に「こう読んで欲しい」と思う権利がないわけでもないが、それ以上に読者は自分が読みたいように書かれたものを読む権利があるのだから。これは、基本にして根本。

ありがとうございました。 - $ dropdb 人生
こちらが一番の理由なのですが、周囲への影響が大きくなりました。

差分を見て「大きくなった」というのは間違いないのだろうけど、「大きさ」を見ると「この程度で?」としか感じられないなあ。

『 dropdb の勤める会社は dropdb みたいなバカな人が多い』と思われ株価低下につながるかもしれません。

これは、はっきり言って自意識過剰。仮に本当に株価が低下したのだとしても、従業員たる(役員だとしたら話が違うのでこの段落は無視して下さい)あなたには責任がない。責任があるのはあなたを雇った会社。

弟の友達がこのブログを見つけたとして『お前の姉ちゃんアホだな』とイジメにつながるかもしれません。

これまた自意識過剰。イジメが生じたとしても、悪いのはあくまでイジメた奴。それともあなたは弟さんを扶養でもしているのか?

周囲の大切な人たちにまで同じような目で見られてしまうのは申し訳なく思います。

その「周囲の大切な人」というのは、同じような目で見られたらそのことであなたを責めるような人なのか?仮にそうだとして、そういう人が、「ブログの内容で判断」する人たちよりも大切な人である理由って何だろう? そしてもしそうではないのだとしたら、あなたは「周囲の大切な人たち」を見くびっていることになる。

で、ここ。

ありがとうございました。 - $ dropdb 人生
(ブラックな)日記の内容、2ちゃんねる語を用いた言葉遣い、ITmediaに掲載された記事の内容。
ありがとうございました。 - $ dropdb 人生
それゆえ実際の自分とは乖離がある『変な女』が出来上がり、自分で生活しづらい環境を作り出し大切な人たちまで傷つけていました。

この「実際の自分とは乖離がある」という奴だ。

実際の自分って、なんだろう?あなたは実際の自分を知っているのだろうか?

私は、知らない。いや、知らないことを知っている。

ここに出てくる「小飼弾」もまた、私が知っている小飼弾とはかなり違う。例えば私は「ねーよ」という言葉遣いはしない。同記事は、あくまで西尾記者とid:lovecallというフィルターを通して、読者を楽しませることを意図として書かれた記事である。それにさらに読者各自の「読み方」というフィルターがかぶさっているのだから、私が知っている小飼弾と、この記事を通してのみ小飼弾を知る人にとっての小飼弾には、かなりの「乖離」がある。

しかしそれもまた、小飼弾なのである。

公になるというのは、そういうことである。晒すというのは、そういうことである。

dropdb - 西尾泰和のはてなダイアリー
少なくとも、ウェブ上でしか知らない人のことを「知っている」と思うのはよくないなぁ。ましてやウェブ上ですら知らない「周りの人」にまで広げるのは。

これはいただけない。「赤の他人」ならさておき、「id:dropdbという虚像作りの共犯者」の台詞としては。メディアは人の、さらにそのまた一部を拡大投影する。そしてそうやって投影された虚像は一人歩きをする。それが時に被写体自身に痛い目をあわせることがある。共犯者であれば、その程度のことは確信犯であってしかるべきだ。

おっとっと。

とおりすがりさんのコメント。
西尾泰和さんはITmediaの記者(西尾泰三さん)とは別人だと思いますけど。

そうでした。いただけないのはお前の目である>小飼弾。しかし、これを消すのは覆水を盆に返すことにはならない。両西尾氏に陳謝の上、このまま残すことにします。

と書いたが、こうして私が今描写した西尾記者の姿もまた、虚像の一つだ。なぜ12月25日に行われたインタビューが記事になるまでこれだけの時間がかかったかといえば、写真やテープといった元情報の膨大さも去ることながら、西尾記者が「なるべくインタビューイーの利得を最大に、損失を最小に」を心がけて記事を起こしたことが最大の理由であることも私は知っている。実際彼は記事が公開される前に、「これでOKか」と草稿を送って来たのだ。これは誠意ではあるが義務ではない。記者の本来の仕事は「どう見えたか」を記事にすることであって「どう見て欲しいか」を記事にすることではないのだから。

結局自分自身をも含めて、人というのはこうした虚像の積み重ねに過ぎないのだ。

私が、TVに出ることを決めた時に、決めたことが一つある。

一度情報発信をする以上は、死ぬまでそこから下りないこと。

情報発信をする以上は、それに対する誤解のリスクというのは当然高まる。しかし、一度受けた誤解は、黙っている限り固定される。そしてそれらがデジタル情報である以上、一度発信された情報は、誤解をも含めて腐らずに固定される。

それが不満なら、申し開きを続けるしかないのだ。

面白いことに、そうやって申し開きを続けている過程で、今までは知らなかった自分も見えてくるし、自分もまた日日変化していく存在であるということを、知識だけではなく体でもわかるようになってくる。それがわかれば、乖離した自分の虚像も受け止め受け入れることが出来るようになる。

かつての自分の「虚像」を見せられて、「あれはあなたですよね」と言われて、それが気に食わないものであれば、こう言い放ってしまえばいいのだ。

「そんな時代もありましたねえ」。

ずるい?無責任?でも本当なのだから仕方がない。

ありがとうございました。 - $ dropdb 人生
ブログを見ているというだけで“私の全てを知っている”。

これが絶対に真となりえないことを、私は知っている。

その一方で、「私が知らないがあなたは知っている自分」というものがあることも私は知っている。

「自分」には、以下の4種類がある。

私しか知らない自分私もあなたも知っている自分
私もあなたも知らない自分あなたしか知らない自分

我々の多くは、上半分が圧倒的に大きく、そして左上が最も大きいと思いこんでいるが、違うのである。

上半分、すなわち「自分が知っている自分」など、氷山の一角なのだ。実は最も巨大なのは「私もあなたも知らない自分」であり、そして「あなたしか知らない自分」、もう少し正確には「あなたにしか知り得ない自分」がいかに大きいかというのを私は日日体感している。

なぜ私が発信するか。根源的な理由は「自分こそが最大の謎」だからだ。「私もあなたも知らない自分」は、「あなた」の数が増えれば増えるほど「あなたしか知らない自分」へと転化される公算が高まり、そしてそれについて「あなた」の一人が語れば、今度は「私もあなたも知っている自分」となる。幸か不幸か「私もあなたも知っている自分」が「私しか知らない自分」へとなることはないのだが、この「公化サイクル」を受け入れれば、今まで見えなかった自分が見えてくる。

このサイクルを止める、ということは、単に「私しか知らない自分」を大きくすることに留まらず、「私もあなたも知らない自分」も大きくなることを意味している。人が日日変わっていく以上、日日この二つは成長している。

人というものは、鏡がなければ自分の顔すらわからない。

だから、私は自分を晒している。そうしないと自分がわからないから。

Dan the Public Figure

追記: Thx>西尾記者


この記事へのトラックバックURL

この記事へのトラックバック
各著作権協会が侵害者に対してかなり動き出している! 最近の共有ソフト関連のやばい記事がいっぱいありました。 新記事 ■「Share」を使った公衆送信権侵害を初摘発 新記事 ■映画の盗撮の防止に関する法律 新記事 ■RIAA訴訟の影響で、1,700万人...
各著作権協会が侵害者に対してかなり動き出している!【日本著作権侵害者撲滅協会は天下り団体??】at 2008年05月11日 22:53
ローラ・チャン20歳!魅惑の水着動画!保存版公開! 中国出身のグラビアアイドル、ローラ・チャン20歳。事務所側の戦略なのか、「第2のリア・ディゾン」という宣伝文句を大々的に使い、「週刊プレイボーイ」(集英社)や「少年マガジン」(講談社)など多くの雑誌...
中国出身のグラビアアイドル、ローラ・チャンの水着初公開!【ローラ・チャン 水着 可愛い ファン 動画 画像 公開】at 2008年02月04日 18:33
高橋祐也被告のプライベート動画、裁判で公開か?!芸能すぽ 覚せい剤を使用したなどとして覚せい剤取締法違反罪に問われた、女優三田佳子さんの二男で歌手高橋祐也被告(28)の判決が28日、東京地裁であり、秋葉康弘裁判官は「社会的責任感が弱く再犯も懸念される...
高橋祐也被告のプライベート動画、裁判で公開か?!芸能すぽ【高橋祐也 三田佳子 二男 地下室 動画 公開】at 2008年01月28日 19:12
「他人には『本当の自分』なんて分からないんだ!」 10代の頃には良く思いがちです...
●他人が知らない「本当の自分」なんてあるのか?【メルマガバックナンバー】at 2008年01月22日 16:04
でっかいお世話だとは思うけど。   虚像も自分(404 Blog Not Found) ぼーくらはちいさなぞぉー♪  ・・・・・それは小象。
中に誰もいませんよ【人生は雨の日ばかりじゃない  Ver.2】at 2008年01月16日 00:01
昨年の後半頃から度々自分の中で『ウェブ社会人』という言葉に思考を巡らせている。語...
『ウェブ社会人』という存在を考える【近江商人JINBLOG】at 2008年01月15日 07:51
この記事へのコメント
"エクリチュールとは姿を消すこと"
------------マルグリット・デュラス
Posted by でゅらす at 2008年01月15日 23:21
はてな村のネットイナゴの民度が低いってことでFA
Posted by ネットイナゴ at 2008年01月15日 13:30
この人弟扶養してるけどね
Posted by まぁ at 2008年01月15日 13:23
higekuma3さんの意見に納得。
というか、心当たりありすぎ。こうして「自分の知らない自分」をまた知れたことに感謝。

人は晒していけばいくほど、変わっていくもの。
その子も、いつかまた、より新な変化を得たときに。
ブログを再開するのかもしれない。

そのときに「おかりなさい」といえれば、よいのではないだろうか。
Posted by こてつ at 2008年01月15日 13:14
>higekuma3さん
たて読みかと思ってしまった。。。

やっぱ「いつでも帰っといでねー」くらいのスタンスが一番良い感じかも
Posted by しゅう at 2008年01月15日 11:31
higekuma3氏と同意見。
これは別にブログやらネットやらに限った話ではないですね。
ブログ越しじゃなく直で会って会話したところで、所詮、自身の
「脳」でフィルターされた他人と会話してるだけです。
どうやったって、真実の自分なんて分かりっこないでしょう。
Posted by Neuron hacker at 2008年01月15日 11:05
自分もまた日日変化していく存在であるということを、知識だけではなく体でもわかるようになってくる
Posted by hjack at 2008年01月15日 07:31
こういうこと見逃さず、きちんとブログの記事にしてしまう点に小飼氏に敬服。
Posted by とうりすがり at 2008年01月15日 00:23
どうなんっすかね。

それは、
メディアとか言う、でかい風呂敷の話じゃなくって、
自と他
一般的なこと。


その子、
小さいコミュニティ(たとえば、会社の中)でも、
実は、
ズレてた子なのかもですな。


で、ブログという客観性のある、かつ、
偏差のある場に、
プロットされて、
自分の
自他のズレに、
やっと気づいたのでは、ないのでしょうか?

ならば、成長したということで、
エール。
Posted by higekuma3 at 2008年01月15日 00:19
>その「周囲の大切な人」というのは、同じような目で見られたらそのことであなたを責めるような人なのか?

責められなくても「申し訳ない」気持ちに耐えられない、という状況はありうるのではないかなぁ。割り切っていける人もいるでしょうけど。
Posted by ななし at 2008年01月14日 22:34
自分を中心に拡大解釈するのは致し方ないですね
こういう捨て台詞が一番誤解を生むんだけども
Posted by at 2008年01月14日 21:26
『誤解の総体が正しい理解に通じる』という村上春樹の言葉を思い出しました。。。

Posted by みんち at 2008年01月14日 21:22
なんか、いつの時代もよく見る光景ですね。
Posted by hg at 2008年01月14日 20:48
>「自分」には、以下の4種類がある。
ジョハリの窓ですね
Posted by uraichi at 2008年01月14日 19:20
とおりすがりさん、
その通りです。陳謝&Thanks
Dan the Accidental Masher-up
Posted by at 2008年01月14日 17:42
西尾泰和さんはITmediaの記者(西尾泰三さん)とは別人だと思いますけど。
Posted by とおりすがり at 2008年01月14日 17:30