2008年02月04日 12:15 [Edit]

我々全員の知的生産性を10桁上げる方法

池田先生、50点。

あなたの知的生産性を10倍上げる法 - 池田信夫 blog
知的生産性を上げるためにもっとも重要なのは、こういうお手軽なハウツー本やマスコミの通念を信じないで、自分の頭で徹底的に考えることである。

それも筆記試験だとした場合。マークシートのように、答えだけしか書かないものであれば0点。

なぜか。

知的生産力は知力とは異なるからだ。


知力というのは、「人に思いつかない事を思いつける」能力。それに対し、知的生産力は、「人が思わないことを、人に届ける」能力。

だから、徹底的に考え抜くというのは、知的生産においては査定0なのだ。むしろ「とりあえずここまで考えた」というのをさくっと抜いてしまった方が知的生産力は高いといってよい。

ダシにして申し訳ないが、典型的なLisperからみたかつてのid:higeponや、現在のid:amachangの「知力」は高いとはとても言えない。例えば遅延評価のことは、SICPを読めばちゃんと書いてある。そしてこれはまともなComputer Scienceがある大学なら、一番最初に使う教科書の一つなのだ。「まとも」に教育を受けた人なら、「遅延評価童貞が許されるのは、小学生までだよねー」とか言うかもしれない。

しかし、彼らの知的生産力は10倍どころでなく高い。その過程を逐次晒しているからだ。その過程で「知力」豊かな人々の助言も得られるし、彼らの「失敗」を通して彼ら自身だけではなく、彼らのblogの読者もそこから学ぶことができる。もし読者の知的生産力の向上も彼らの知的生産力の方にカウントしたら、知的生産力の差は十倍どころか数千倍、いや数万倍のオーダーだろう。これを繰り返しているうちに、今度は知的生産力だけではなく「地力的」な知力も向上していく。

そして昨日の知力差を見下していた君は、今日起きて途方にくれる--かも知れない。

ここで私は、「知的生産力は、『人が思わないことを、人に届ける』能力」と書いた。あくまで「思わない」であり「思いつかない」ではない。そして「人に届ける」であって「自ら思いつく」ではない。

さすれば、理論的には以下のようにすることで各自の知的生産力というのは簡単に10億倍、すなわち10桁増しになる。

  1. まずは独立した個人を考える。この個人の知的生産力を1とする。
  2. つぎに、この個人を10億人集める。これらの個人は、他の誰も思わないことを一つは思いつけるものとする。
  3. この10億人を、ネットワークで繋ぐ。このネットワークの参加者は、任意のネットワーク参加者の知識にアクセス可能とする。
  4. これで知的生産力は当初の10億倍

詭弁?しかしこの詭弁を詭弁でなくしたのが、インターネットの本質ではないのか。

実際のところ、この「理論的知的生産力10桁アップ作戦」は、そうは問屋がおろさない。まず、2.の前提が実際には成り立っているとは言えない。知識にも知恵にも重複があるのだ。次に、3.の前提も成り立っていない。仮にネットワークに繋いだとしても、ある人の知恵や知識の理解は、まず言語に阻まれ、つぎに閲覧者の偏見で阻まれる。一言で言うと、MECEになっていないのだ

それでも1000倍ぐらいには、軽くなってしまうのだ。軽くなったので、知識の単価はべらぼうに下がっている。しかしその知識単価のデフレを加味しても、換金ベースでの知的生産力を10倍にするのはわけないのだ--あなたが出力さえすれば。

そして今私は、暇が出来ると結構くそまじめに知的生産力10桁アップの方法を考えている。そのための基盤となるのが、以下だ。

404 Blog Not Found:ブロガーのための三部作
「高校生のための文章読本」pp.208
  1. 良い文章とは
    1. 自分にしか書けないことを
    2. だれが読んでもわかるように書いた文章

ネットワークの参加者の一人残らず、自分しか書けない事を持ち、そしてそれを残りの参加者が誰にでも理解できるように書いた時、「ヒト」の知的生産力と「人間」の知的生産力の比は10億倍のオーダーとなる。

なぜどの知的生産本も、一に数字、二に英語を強調しているかといえば、条件2.を成立させるためなのだ。数字というのは英語以上にユニヴァーサルでユビキタスだが、きめが粗い。それを英語で補うわけなのだが、これは「最大値」にこだわらなければ、日本語だってかまわないのだ。

共通言語の存在は、条件1.を満たしやすくするためにも必要である。「まだ誰もそれを言っていない」ということを知るのは、過剰な車輪の再発明を防ぐためにも必要である。究極的には、ネットワーク参加者の一人がそれを知っていれば事足りてしまうのだから。実際にはバックアップも含めて数人は必要で、そこまで考慮すれば66億人のMECEな知的ネットワークというのは不可能ではないのではないか。

もちろん、中には考えに考えに考え抜いた上でやっと得られる知恵もある。しかしそういう人類のお宝クラスの叡智でさえ、思いつく奴は一人でないことを我々は歴史から学んだはずだ。ポアンカレだって特殊相対論を見つけていたのだ。

そして各自が考え抜く過程で、智慧の衝突や車輪の再発明はどうしたって出る。「これは誰々が発明した」「これは誰々が発見した」と指摘するのはあまりに容易い。しかしそれは知的生産の必要経費とみなすべきで、過剰は慎むべきではあるけれど、「原典嫁」というのは過剰な倹約の勧めなのだ。

徹底的に考え抜くのは楽しいことだし、衝突と再発明を繰り返していれば、人はいやでもそうなっていく。しかし考え抜くことそのものは、知的な行為であっても知的生産ではないのである。誰にも語られぬ熟考は、はっきり言ってしまえばどこにも出荷されない製品を、ただ黙々と作り続ける工場にも等しい。

まずは語り抜けるようになろう。考え抜く力は、後から付いてくるのだから。

Dan the Intellectual Prouser


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ダシにして申し訳ないが、典型的なLisperからみたかつてのid:higeponや、現在のid:amachangの「知力」は高いとはとても言えない。例えば遅延評価のことは、SICPを読めばちゃんと書いてある。そしてこれはまともなComputer Scienceがある大学なら、一番最初に使う教科書の一
Re:我々全員の知的生産性を10桁上げる方法【ひげぽん OSとか作っちゃうかMona-】at 2008年02月04日 15:53
かつて物書きになりたかった僕は、書き手としてどう世界に関わるかについて悩みがあった。それは結局のところ物書きにとっての成果物とは何だろうかという問いである。大学が決まってITライターとして駆け出しの頃、この業界で稼ぐには「文化的雪かき」の如く情報を右から左
知的生産の価値や成果物とは【雑種路線でいこう】at 2008年02月04日 18:13
少し前にお金は銀行に預けるなを読了、今は猪口さん、なぜ少子化が問題なのですか?を読書中。テーマはまったく異なるけれど、書かれていることがいずれも「自身の体験、経験」ベースなので、非常におもしろい。 一番新しい本、効率が10倍アップする新・知的生産術は、褒めち
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フジテレビのあいのりを見ていて、ドイツの労働環境の話しが。 年間の休日日数は5ヶ月。1日8時間労働、残業しても最大10時間。夜8時以降や休日に労働させることも法律で禁じられているそうな。 ・・・すげー。IT関連や製造業の研究開発なんかでも例外無くなのかな?
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この記事へのコメント
出荷される → 出荷されぬ
Posted by ちいちゃん at 2008年02月04日 12:47
10億倍は10桁増しではなく9桁増しですよ。
Posted by だめログ at 2008年02月04日 14:10
気持ち的には納得できるのですが、知的生産性を計測するメジャーは存在しませんので・・・。どんなに高説を垂れても、検証もできなければ、高める努力の成否を推し量る事もできません。
逆に言えば、計測不可能なものをもてあそぶと、永遠にわかったようなわからないような議論が可能になってしまうわけで。「地頭のよしあし」、「目端の利く奴」「あいつは人脈が豊富だ」とかいう古くからの概念の焼き直しで、人それぞれ自分が得意なものを吹聴するだけにしかならないのではないかと思ったりして。

というか、10倍とか10桁とか自慢しても、計測不可能なわけで、小学生の「億兆万倍凄いんだからな!」と同じレベルに見えてしまう・・・
Posted by 通行人 at 2008年02月04日 18:29
池田先生の文脈は、大学の先生あるはアカデミックな職場で何が要求されているかという前提があっての話のように感じました。アカデミックな現場で生産性といえば(一般的に)論文の生産に重きが置かれ、その内容の評価の軸は新しい知見があるかどうかが常に重視される。danさんのこのエントリを読んで、池田先生の立ち位置が知の「質」だとしたら、勝間さんを始めとするビジネス書の著者の立ち位置は知へのインデックスの「量」なのではないか、と思いました。インデックスの量が増えて、インデックスへのアクセス上位に良書が増えれば、それは「量」が「質」に変換できる事もあり得るのではないかと思うのです。知の質を上げることも重要だけど、インデックスが増えていかないと、論文も書けないですよね。ビジネス書がスタート地点でもいいけど、そこからどう行動していくか、が生産性を上げる鍵なんでしょうね。生産は何かを作り始めることでしょうから。
Posted by Sio at 2008年02月04日 18:48
そうですね.私のしたことが元ネタになっているぽいですが.
たしかに,「原典嫁」は余計なことをしてしまったのかも.

語りぬくことが大事ということは非常によく分かります.
その方が効率はいいし,利益にもなるのでしょう.

しかし私にとっては正直恐ろしく感じます.こういう世の中って.
「ネット上でまで雑談しなければならないのか」と.

いずれにしろ,度胸がなく,匿名でしか発言できない
私には関係のないことですが.
でもおそらくこの世の中には私みたいな人の方が多いという
ことも気に留めておいてほしいです.
Posted by wasisan at 2008年02月04日 23:43
お説ご尤ものように思えますが、しかし、1年ちょい前のここを舞台にした経済成長論争では、bewaad氏とか山形氏とか稲葉氏とかの当代きっての論客を含めた無名・有名の経済学通の方々が数多く参加したにも関わらず、知力が高い(はずの)ブログ主に経済学の基本を理解させるという最低限の知的生産にすらものの見事に失敗した、という反証事例がありますからね・・・。
Posted by 暇人 at 2008年02月05日 00:47
あと,記事と関係のないこと失礼致します.
気にしすぎかもしれませんが,いやな気分になったので.

最初の辺りの導入部についてです.
この誤解を招く書き方は本当に止めた方が…….
いらない衝突を招くだけです.

ここでの「知力」=「知っている知識の量」.

知識なんて時間の問題です.このお二人を始めとする
「頭のよさ」を持つ人々,本当に私は羨ましい.


あと,SICPについて.
SICPを使うのは,現在でもほんの一部の大学だけですし
理想の高い貴方様には,「まとも」なCS学科はそのほんの一部だけなのでしょうが.

私も「まとも」なCS学科出身ではないのですが,
言語系の研究室だったから知っていたというだけのことです.
Posted by wasisan at 2008年02月05日 00:59
>知力が高い(はずの)ブログ主に経済学の基本を理解させるという最低限の知的生産にすらものの見事に失敗した、という反証事例がありますからね・・・。


頭いい人の方が世の中には少ないんです。
Posted by rasras at 2008年02月05日 01:09
弾さんの意見やコメント欄にも書かれている事と重複するとは思いますが・・・
話題に上がっているブログでは、「教育・学問」の話と、「労働」の話がごっちゃになってるから、「えっ?」という結論が出てくるんでしょう。
Posted by しげ at 2008年02月05日 01:15
単に、
「おまえらは、ばかだけど、俺は偉いよ」的に
しか感じられないんよ。

あの人は。

でも、それを続ければ続けるほど、
詭弁係数が、高くなる。
Posted by higekuma3 at 2008年02月05日 09:15
Prouser → Producer ?
Posted by Zep at 2008年02月05日 18:41
>>「おまえらは、ばかだけど、俺は偉いよ」的にしか感じられないんよ。
勝間さんの物言いが、まさにそれなんだけど。
別に戦略上は間違ってないと思うけど、感想としては同類だわな。
Posted by とおり at 2008年02月06日 00:26
「50点!」の元ネタが福本漫画であることを池田先生に伝えることによって、最近ぎくしゃくしている小飼氏と池田先生との関係修復が図られると存じます。
Posted by GT at 2008年02月12日 02:47