2008年02月25日 19:00 [Edit]

記憶とは、傷である。

いい機会なので、「傷つく」ということについてまとめておくことにする。

30歳から34歳が受けた心の傷
どうしたらいいの? おしえて、ダンコーガイ!
心の傷つかない人間は凄いと思う - Screw Pile Driver
少なくとも、僕は『バカ』って言われたらそれだけでも傷つく。

本entryのタイトルどおり、私は記憶とは傷であると考えている。形而上的な意味だけではなく形而下的な意味でも。詩的な意味だけではなく散文的な意味でも。

人類にとって、記録を取るとは、文字通り媒体に傷をつけていくことだった。石に石で傷つけ、粘土版にヘラで傷つけ、パピルスにペンで傷つけ、木簡に筆で傷つけ....これは現在においても、記録の基本だ。CD-Rというのは、強いレーザーでブランクに傷をつけて記録し、弱いレーザーでその傷を読む。

傷だけあって、深い傷ほど、記録の寿命は残る。羊皮紙(parchment)が記録媒体だった時代、羊皮紙は高価だったので、表面を削っては書く向きを変えて上書きするという使われ方をしていた。これをパリンプセスト(palimpsest)というが、工夫することにより、上に書かれた記録ではなく消されたはずの下に書かれた記録を読み出すことが最近できるようになった。このおかげでアルキメデスに関する記録が近年読み出されて注目されている。このあたりは「よみがえる天才アルキメデス」に詳しい。

このパリンプセストから得られる教訓は、二つある。

一つは、記憶の消し方。記憶を消すという行為も、また傷をつけるという行為であること。もう一つは、傷が深ければ、記憶もまた消えないということ。

人間の記憶というのも、こちらの記録法に近い。(光)磁気ディスクのように「きれいに記憶を消して上書き」できる媒体と違って、脳から記憶を「消す」には、他にいろいろ傷つけてその傷を「読めなく」するしかないようだ。

で、冒頭の「少なくとも、僕は『バカ』って言われたらそれだけでも傷つく」に話は戻る。私は「バカ」と言われても傷を感じない。しかしそれは傷ついていないということではない。「バカ」という傷があまりに多く、「記録面」が梨地になっているので、いまさらそこに「バカ」と追記しただけでは読めないというだけなのだ。

もちろんそうでない傷もたくさんある。ラッシュモア山の彫像のごとく、多少傷つけた程度ではなくならない奴も少なくない。それらの一部は、今も私を苛んでいる。

しかし、記憶とは傷なのだ。嬉しい記憶も怒りの記憶も哀しい記憶も楽しい記憶も、すべて傷のなかにある。結局のところ、傷つきたくなかったら何も見ず、何も聞かず、何も嗅がず、何も味わわず、何も触らないしかない。

その意味で、「傷」という言葉にネガティブな気持ちしか抱けぬ人々を私はかわいそうだと思う。しかし愛しいとは思わない。私が愛しいと思うのは、ありのままに傷つき、その傷を読ませてくれる人々なのだから。

昨日書いてデリったけどまた書いてみ増田 - finalventの日記
 ライフスタイルみたいのを作っていくといいのではないかな。

私にとって、スタイルというのもまた傷である。人によって、どこが傷で真っ白になり、どこが無傷で、どの傷を誇り、どの傷を恥じるか、それがスタイル。

いずれにせよ、人生が記憶であり、記憶が傷である以上、人生とは傷なのだ。

この記事があなたにつけた傷が、あなたをより豊かにしますように。

Dan the Scar Brain


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[労働]ロスジェネとか雇用とか(一当事者として)【syncのれんあい☆にっき ver1.1】at 2008年02月26日 11:56
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この記事へのコメント
今日になってこんなことに気付きました。

記録面に「書き込む主体」が誰かという点が抜けているのではないか、ということです。
他人に傷つけられているのか、それとも、傷つけといわれて自分が傷つけているのか。

バカバカバカと書き込めと言われて
律儀にバカバカバカと書き込むバーンプルーフな人間と、

ごく日常的にバッファアンダーランを起こしており、
バとしか書き込まない人間がいるのではないでしょうか。


ちなみに、自分は前者です。
Posted by varybin5 at 2008年03月13日 16:28

今脳挫傷で記憶喪失という物になっていた人間です。
上の表現はまさにその通りなのかなぁとおもいました。
傷がどんどん付いていく、深くなっていく事。

僕は記憶にアクセスできなくなっただけで、
リハビリしているうちにだんだんとイロイロな記憶を思い出す事、アクセスする事ができるようになりました。

で、少し思ったのが、その傷自体も立体的で、単純に上から刻めばいいだけじゃなくて、立体的に下にある傷を横からアクセスしてきたりと。

どうアクセスするかが問題なんだと思います。

記憶は面白いなぁとおもいます、病気で目が覚めたときは自分が今何処に居るのかすらわからなかったですから。
Posted by daxia at 2008年02月27日 09:02
>「記録面」が梨地になっている

いい表現だと思った。脳裏にイメージが浮かんで
そのまま傷ついたよ。^^
Posted by あい at 2008年02月26日 18:35
この文章に深く傷ついた。
アンガトぅ
Posted by 初学者K at 2008年02月26日 11:12
その記録がついたら
セットにする、別の思い込みという記録で
セット追記するという浄化作業をしておけばいいです。

紙に書いて眺めるという作業が
ずいぶんと役にたちますけどね。


飲みにいって、
ぶちまけるという作業をしている人とかもいますが。
Posted by higekuma3 at 2008年02月26日 04:23
「創」と書いてきずと読むんでしたっけね。
Posted by Roo at 2008年02月26日 01:39
心の傷をみてみたい。
それって、脳のしわのことか?
Posted by しわ at 2008年02月26日 01:26
私は男だから傷を誇ることも、茶化すことも出来る。

でも、例えば異性の女性から傷を見せられて、
それを+の要素としてみることは、私に可能だろうか?
Posted by susu at 2008年02月25日 23:36
憎しみは継続する怒りですよね。
記憶がなければ瞬間的な怒りはあっても継続する憎しみはないような気がします。
Posted by bob at 2008年02月25日 23:13
確かに記憶とは傷なのかもしれない。
Keyの作品からそれは切実に感じられる。たとえゲームだとしても。いや、ゲームだからか。
Posted by しじな at 2008年02月25日 21:42